Menu

カデンツァ|三井寺〜うたの邂逅 雑感|丘山万里子

プロムナード|世紀転換期ウィーンの音楽と向き合う|佐野旭司

ルネサンスと鳩時計——東京人から見たスイス|終章 子どもの領分|秋元陽平

タンペレゆるゆる滞在記|2 白夜の真っ只中|徳永崇

特別寄稿|作曲家と演奏家の対話・IV|『インスピレーション』|ダムニアノヴィッチ&金子

パリ・東京雑感|アメリカのルネッサンス 疫病の破壊力がもたらすもの|松浦茂長

小人閑居為不善日記|アメリカン・ユートピア――デヴィッド・バーンの旅の終わり|noirse

西村朗 考・覚書(12)『慧可断臂』(1976)と『華開世界』(2020)|丘山万里子

Разговори између композитора и извођача :  IV.  | Инспирација | Јоко Канеко и Александар Дамњановић

五線紙のパンセ|古典はアイデアの宝庫〜ベルリオーズ『幻想交響曲』|横島浩

Dialogue entre compositeur et interprète | IV. L’inspiration | Alexandre Damnianovitch et Yoko Kaneko

カデンツァ|音楽の未来って (10)クラシック音楽の近未来を語らってみた〜生と配信|丘山万里子

プロムナード|混沌の中でアメリカ音楽について考える|谷口昭弘

カリフォルニアの空の下(最終回)|ロサンゼルスでのコロナ禍を経て|須藤英子

(新連載)タンペレゆるゆる滞在記|1 渡航の訳と出発前後|徳永崇

パリ・東京雑感|勉強する女は殺す アフガン少女の勇気|松浦茂長

小人閑居為不善日記|一度きりの神々の話――萩尾望都とジャスティス・リーグ|noirse

評論|伊福部昭―独り立てる蒼鷺―6.敗戦、故国喪失の民となりて……『ギリヤーク族の古き吟誦歌』|齋藤俊夫

評論|西村朗 考・覚書(11)永平寺と『慧可断臂』(1976)|丘山万里子

五線紙のパンセ|ケンハモと現代音楽と私(3)|野村誠

カデンツァ|音楽の未来って(9)新しい波・新しい地図〜3、4月の若手演奏家たち5公演|丘山万里子

パリ・東京雑感|『蝶々夫人』からアトランタのマッサージ嬢殺害まで|松浦茂長

カリフォルニアの空の下|サマープログラムに見る音楽教育の現在|須藤英子

小人閑居為不善日記|孤独な少女と放浪する老人たち――《スーパーカブ》と《ノマドランド》|noirse