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撮っておきの音楽家たち|ホアキン・アチュカロ |林喜代種

撮っておきの音楽家たち|アンゲリカ・キルヒシュラーガー|林喜代種

カデンツァ|音楽の未来って (14)梅本佑利作品・考 (3) 私はなぜ、あんな文章を書いたか|丘山万里子

プロムナード|フルートと私|大河内文恵

五線紙のパンセ|いかにして現代の音楽に興味を持ったのか?|渡辺俊哉

生活三分|Relish Expert|葉純芳

パリ・東京雑感|「人が神になる」宗教がなぜウクライナ侵略を祝福するのか? 「第三のローマ」の幻影|松浦茂長

小人閑居為不善日記 |テロリストと透明人間――《輪るピングドラム》と《ジュラシック・パーク》|noirse

作曲家と演奏家の対話 XIII(最終回) 翻訳者は裏切り者?|アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ & 金子陽子

西村朗 考・覚書(22)『星辰神楽』(1992)までの5年とは|丘山万里子

評論|伊福部昭―独り立てる蒼鷺―8.故国喪失者の〈うた〉……『シンフォニア・タプカーラ』|齋藤俊夫

撮っておきの音楽家たち|アレクサンダー・ガジェヴ|林喜代種

撮っておきの音楽家たち|アレクサンドル・カントロフ|林喜代種

生活三分|Relish Expert|葉純芳

Dialogue entre compositeur et interprète XIII (notre dernier dialogue) : « traduttore-traditore »|Alexandre Damnianovitch et Yoko Kaneko

Разговор између композитора и извођача XIII (наш последњи дијалог)  : « Traduttore-traditore »|Aлександар Дамњановић – Јоко Канеко

カデンツァ|音楽の未来って (13)梅本佑利作品・考(2)|丘山万里子

プロムナード|音楽のネガティブ・ケイパビリティー|大田美佐子

特別寄稿|作曲家と演奏家の対話 XII:紙芝居・ギバニッツァと寿司|アレクサンダー・ダムニアノヴィッチ & 金子陽子

パリ・東京雑感|KGBの人間学 プーチンの悪を理解するために|松浦茂長

小人閑居為不善日記 |アメリカ神話という名の玩具――バズ・ライトイヤーとエルヴィス|noirse

五線紙のパンセ 2)音楽と社会、音楽の真理|佐原詩音

西村朗 考・覚書(21)邦楽器領域の作品(Ⅱ)尺八と雅楽|丘山万里子

撮っておきの音楽家たち|村松稔之|林喜代種