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自選<ベスト・レビュー>&<ベスト・コラム>(2023年)

自選〈ベスト・レビュー〉        →〈ベスト・コラム〉

本誌 2023/1/15 号〜2023/12/15 号掲載のレビューよりレギュラー執筆陣中8名が自選1作を挙げたものである。

◆秋元陽平(Yohei Akimoto)
都響スペシャル【リゲティの秘密-生誕100年記念-】
2023/5/15号 vol.92

筆舌に尽くしがたいソリストがいるところで、どうやって筆舌をふるうかということが問題になった。このような際だったコンサートについて書くことはかえって難しいのだが、ソリストの演奏が他のプログラムの解釈に波及し、そこから聴き手のなかで演奏会全体がひとつの形をとっていくという経緯を辿った。

◆大河内文恵(Fumie Okouchi)
Poesia Amorosa イタリアの詩人と17世紀の音楽
2023/7/15号 vol.94

コンサート・レビューというのは、当然ながら聴いたコンサートに左右される。だからといって、コンサートの良し悪しとレビューの良し悪し(と敢えていう)はかならずしも比例しないのが書く側にとっては窮するところである。それが比較的比例させられたと自分では思うのと、関西を本拠地にしている団体を聴けたというのが選んだ理由である。

◆丘山万里子(Mariko Okayama)
ミュージカル・オペラ 『A Way from Surrender ~降福からの道~』
Musical Opera『A Way from Surrender』
2023/2/15号 vol.89

引退宣言をしている指揮者井上道義のオペラ第4作世界初演で、戦争とは、平和とは、正義とは、人とは、愛とは、私とは、幸福とは、そして私たちは、未来は、と、多くの問いを投げかけつつ、気張らず、わかりやすい音楽劇に仕立てた井上の力量とそれに応えるステージ一丸となっての白熱放熱、その両者に歓呼浴びせる聴衆の沸騰ぶりをひとまとめに、楽しく書けた。沸騰するステージは執筆者を沸騰、読者を沸騰させる。
これだから書くのをやめられない!

◆柿木伸之(Nobuyuki Kakigi)
シューベルト 約束の地へvol. 3 答えなき“謎” ハーゲン・クァルテット
2023/12/15号 vol. 99

今年書き継いできたなかで、演奏の作品へのアプローチとそれによって鳴り響いた音楽と共振する経験から生まれたものとして、11月5日にいずみホールで聴いたハーゲン・クァルテットによるシューベルトのト長調の四重奏曲の演奏を焦点とする拙稿を挙げておきたい。そのような経験が作品像を更新するものだったことをしっかりと伝えていくには、さらなる精進が必要だと考えている。演奏会評とともに、展覧会評、書評、そして時評を含むエッセイを載せていただいたが、どこから批評を書いているかをふり返るうえで、「プロムナード」として「真夏の花からの美学」を執筆する機会が得られたことはありがたかった。

◆齋藤俊夫(Toshio Saito)
東京都交響楽団第975回定期演奏会Aシリーズ【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】
2023/6/15号 vol.93

批評を書いていると、ごく稀に、「対象についての批評を書いている」のではなく「対象に批評を書かされている」といった感覚に――書いているときはひたすら苦しくとも――襲われることがある。この山田和樹・都響の三善晃三部作評では音楽が評者に取り憑いて書かしめたとしか言いようがない、その背を押されながら書いているようなスピード感が(我ながら)噛み締められ、これを年間ベストレビューとしたい。

◆藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)
東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ:歌劇《オテロ》
2023/8/15号 vol.95

オペラの批評の場合、演奏だけでなく、ストーリーや舞台の様子といった要素にふれることも必要となる。十全な形とは言えなくとも、ある程度は達成できたのではないかと考える。その助けとなるのは、限られたシーンではあるが優れた写真が掲載されていること。この日の撮影は、今年お亡くなりになった林喜代種さん。1枚1枚の画面構成や動きの捉え方が見事。音楽面についてもバランスのとれた記述となっていると思っている。

◆西村紗知(Sachi Nishimura)
コンポージアム2023「近藤譲の音楽」
2023/6/15号 vol. 93

批評を書く上で最も苦労するのは自分の経験をディスクリプションすることだ、と思っている。その点当該演奏会からは、聞くこと、というより書くことに備わる困難さに向き合うよう要請されたような気がする。書くことに慣れてくると、現実の出来事ならだいたい書く対象にできるような気がして、尊大な気持ちにもなる。今後は一層気を引き締めて、無理なく、執筆を続けていきたい。

◆藤原聡(Satoshi Fujiwara)
シャイニング・シリーズvol.12 北村朋幹 ピアノ・リサイタル
2023/3/15号 vol.90

音楽に限らないが、総じてコンセプチュアルなものに興味を惹かれる。北村朋幹はそのプログラミングにおいて常に「点が線になること」を意識しているように見受けられるが、それは聴き手/書き手にとっても愉しいものだ。それを存分に味わったのがこのリサイタルであり、本稿、自選ベストなどと大仰なことはさておき、それなりに読ませるものにはなっていたかと。

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自選<ベスト・コラム>

本誌 2023/1/15 号〜2023/12/15 号掲載のコラムよりレギュラー執筆陣4名が自選1作を挙げたものである。

◆丘山万里子(Mariko Okayama)
カデンツァ|ヒロシマ―戦争と人間―
2023/6/15号  vol. 93

ゼレンスキー登場で霞んだ広島サミットから戦争と人間について考えたもの。ウクライナはもはや話題にもならず、ガザでのイスラエル、パレスチナの戦闘に明け暮れるが、それとてやがて忘却の彼方だろう。日常とはそういうもの。生態系を破壊する人類の暴虐にも無力な自分をどこにどう置いたら良いか、抱えきれぬさまざまのうちにも音楽に何がしかを見出す日々。虚しくとも絵空事でも綺麗事でも、それでも言い続けたい、と改めて思う。

◆田中里奈(Rina Tanaka)
プロムナード|「安心して仕事を頼める若手」は存在するのか|田中 里奈
2023/02/15号 vol. 89

ここ1年間に書いた評では「過去と現在をどうつなぎ直せるか」を問い続けてきたが、このコラムだけ後ろ向きで未来の方を見ようとしていたので、選んだ。公開から10カ月が経ち、私は当時よりもずっとバテた。頭まですっぽり土に埋まりそう。
これとは別に、自分にとって一番書いて良かったレビューは鳥公園の『ヨブ呼んでるよ』評(2023/04/15号, vol. 91掲載)。「自分の身を守るために、想像しすぎないように適切な距離を保ち、割り切って言語化して、日常へ戻っていく。棘に自らを刺し貫かせないことで、自分の痛みに向かう力を失っていく。[…]演劇における消費の構造の再生産[…]に加担しながら自らを擦り減らしていく」。いい加減、その循環から離脱したい。

◆能登原由美(Yumi Notohara)
イギリス探訪記|(6)音楽の力?:ロンドンのヘンデル
2023/4/15号 vol.91

目の前の演奏(現在)から作品(18世紀)を通してその題材(古代)まで。一つの演奏をきっかけに、「音楽(芸術)の力」という普遍的な問いを歴史的スパンの中で捉えることが出来たかなと思います。これは、私が目指す批評のあり方に通じるものでもあります。

松浦茂長(Shigenaga Matsuura)
パリ・東京雑感|戦争の狂気を描き、罰された『お菊さん』の海軍士官
2023/07/15号 vol.94

軍人であり作家だったピエール・ロティが、1883年フランス海軍のアンナン襲撃を目撃し、新聞に寄稿した。3時間で現地人1200人を殺し、フランス側は死者ゼロという植民地戦争の生々しい描写だ。血の匂いに酔い、殺戮に狂喜する水兵を正直に描き、「祖国が必要とするおぞましい残虐行為に彼らを引き入れるために」戦場の狂気は必要だと擁護している。「崇高な」勇気とは、ロティに言わせれば狂気なのである。植民戦争礼賛の目で見抜いた真理。
戦場の狂気がリアルタイムで伝わってくるいま、ロティの一言一言が記憶にこびりついて離れない。