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コンポージアム2023「近藤譲の音楽」|西村紗知

コンポージアム2023「近藤譲の音楽」
COMPOSIUM 2023 The Music of Jo Kondo

2023年5月25日 東京オペラシティ コンサートホール
2023/5/25 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 西村紗知(Sachi Nishimura)
Photos by Ⓒ大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団 

<演奏>        →foreign language
ピエール=アンドレ・ヴァラド(指揮)
読売日本交響楽団
国立音楽大学クラリネットアンサンブル(ソロ:田中香織、佐藤拓馬、堂面宏起)*

<プログラム>
近藤 譲:
牧歌(1989)
鳥楽器の役割(1975)
フロンティア(1991)*
ブレイス・オブ・シェイクス(2022)[世界初演]
パリンプセスト(2021)[世界初演]

 

会場に向かう道すがら、私に近藤譲の作品について書けることはない、という強い直感があった。こういうことは普段あまりないので、どうしてそう思うのか、会場で着席してからも演奏会が始まるまでは、プログラム・ノートを読みながらぼんやり考え続けたものだった。
上の世代が達した「境地」に価値判断をせよ、というのは厳しい話である。他に、もう少し掘り下げようのある理由もある。プログラム・ノートをみて、それから聞いて、そこで、両者の間の「相違のなさ」に気づかされる。作品の説明文を読むと、もうこれ以外には言いようがなく、各々の解釈を差し挟む余地はほとんどないように思える。それに、何を聴いたか振り返ったら随分素っ気ない言葉しか出て来ない。
「牧歌」では長7度、9度、半音の響きが耳に届いてくる。縦の線を聞くので、スタティッシュな印象が強い。「鳥楽器の役割」は横を聞くよう促されるようであった。断片の受け渡し、グリッサンドが重なって、音の断片がつながり、同時にぼやかされていく。クラリネットアンサンブルにより演奏される「フロンティア」は、その音色のモノ性ゆえに、差異やズレを聞き、一から多が出来上がっていくよりも、あらかじめ潜在的に存在していた多をひとつずつ分割するような、そういう逆巻きの時間を感じつつ聞く。「ブレイス・オブ・シェイクス」は、対等な楽器群相互の掛け合いを、「パリンプセスト」は、soliとtuttiのアンサンブル上の対比でもって、オリジナルであるピアノ独奏版とはまったく別物の音楽がかたちづくられていく。そうして、筆者はいざ聞いたものを記述しようとすると、こうしたふうにつまらない記述になってしまった。

しかし、近藤譲の作品が素っ気ないわけではない。何が起こったかを本当に説明しようとすればそれなりに複雑なことを言わざるを得ない。
この日の作品は、素材にまとわりついた主観を剥ぎ取るように、主観が作用している場だと思った。聴き手に開かれて、委ねられてもいるが決して意のままにならない。作品に込めた作曲家の意図、なんてものは棄却されているだろう。でも近藤譲作品だけにしかない音の響き、というのは確かに存在する。私は聴いた。おそらく全員聴いているはずである。
近藤譲の作品は徹底的に間カテゴリー的である。音高に関してであれ、リズムに関してであれ、音楽素材の名称を、どこかで一旦カッコに入れないと聞くことが難しい。この日の「牧歌」のプログラム・ノートにある文言を引き合いに出すならば、この作品に限らずこれらの作品は多かれ少なかれそれに該当するに違いないと思われるのだが、「「音楽」についての音楽」なのであるし、そのカッコや「について」という、音楽を媒介するものを含めて聞かなくては、決定的に何かを聴取経験から欠落させてしまう。そういう緊張感を避けられない。音の数々が聴き手を導いていく。導くのは作曲家ではない。

作品と聴取経験とを絶えず往復し続けねばならない。聞いた瞬間その度ごとに、ではあなたは何を聞いたのか、と問われる感覚がある。そして聞き終わってからもまた、では改めて、と聞き返されるような感じがする。
だが、率直に美しい、と思う心の動きをどうすることもできないのも事実である。私はこの日の作品を、率直に美しいと思った、いや、思ってしまった。私のこのたったひとりきりの経験は、近藤の「理論」に根拠をもつものとも思えないでいる。

(2023/6/15)

 
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<Artists>
Pierre-André Valade (Cond)
Yomiuri Nippon Symphony Orchestra
Kunitachi College of Music Clarinet Ensemble*

<Program>
Jo Kondo:
Pastoral for orchestra (1989)
Birdphone Functions for orchestra (1975)
Frontier for 3 solo clarinets and 5-part clarinet choir (1991)
Brace of Shakes for orchestra (2022) [World premiere]
Palimpsest for orchestra (2021) [World premiere]