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ベトナム便り|V-POP日本上陸、そしてアジアとポピュラー音楽と世界地図 |加納遥香

V-POP日本上陸、そしてアジアとポピュラー音楽と世界地図

Text & Photos by 加納遥香(Haruka Kanoh) 

 

少し前のことになるが、レコーディングアカデミーが6月中旬に、次回グラミー賞にて5つの部門を新設することを発表した。5部門のうちの1つが、「Best Asian Pop Music Performance」という、アジアに特化した部門である。発表直後、読売新聞はこれをアジアのポップスへの注目と見て、J-POPの世界進出を後押しするという見方の記事を掲載した(読売新聞、2026年6月17日付)。一方韓国の聯合ニュースでは、アジア音楽をグローバルな賞から排除し地域枠に押しとどめるものであるという批判的な見解が紹介された(聯合ニュース、2026年6月17日付)。実際に、第68回グラミー賞では、Netflix配信映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の主題歌〈Golden〉がK-POPで初めて最優秀視覚メディア楽曲賞を獲得している。

グラミー賞におけるK-POPの存在感が大きくなる中でのこの発表だったが、さらに7月末に新たな動きがあった。この発表を受けて、韓国歌手グループBTSが、「地域や言語によって分断されるのではなく、音楽は音楽として聴かれ、愛されることを願っています」というメッセージとともに、2027年2月開催予定の第69回グラミー賞にエントリーしないと表明したのである。

 

ベトナム国営テレビオンライン記事「BTS、第69回グラミー賞に参加せず」 (7月29日付)
ベトナムでも各種メディアが記事を掲載した。 

 

アメリカや韓国が世界のポピュラー音楽界をざわつかせているその横で、日本はといえば、同じ土俵に上がるべく奮闘している。その動きの中核に据えられているのが、昨年日本版グラミー賞をめざして新設された「MUSIC AWARDS JAPAN(MAJ)」だ。MAJは、日本の5つの音楽業界団体によって構成される一般社団法人カルチャーアンドエンターテインメント産業振興会(CEIPA)が運営する音楽賞で、民間が運営するとはいえ、経済産業省、文化庁、日本貿易振興機構(JETRO)が協力する、国を挙げてのプロジェクトである。第2回を迎えた本年の授賞式は、6月13日にトヨタアリーナで大々的に行われ、NHKで生中継された。SNSを見ていたら、授賞式でスピーチをする高市総理の姿が表示され、ここまで政府肝いりのプロジェクトなのかと驚かされた。

MAJもまた、アジアに重点を置いていて、同賞の主要6部門のうちの一つを、東アジアおよび東南アジアの国々(韓国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール)のアーティストの楽曲を対象とする「最優秀アジア楽曲賞」としている。他の多くの部門と同様に、音楽関係者5000名以上の投票により受賞作品が決められるもので、今年はグラミー賞でも受賞した『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の主題歌〈Golden〉が受賞し、東南アジアからは〈Tabola Bale〉(Sliet Open Up、インドネシア)、〈Multo〉(Cup of Joe、フィリピン)の2曲がノミネートされた。

もっとも、グラミー賞の「Best Asian Pop Music Performance」とMAJの「最優秀アジア楽曲賞」は、同じアジアといっても相違点が多い。対象とする条件は、前者はアジアの言語で歌われるポピュラー音楽、後者は東アジアおよび東南アジアの国々のアーティストによる楽曲、と異なっている。アジアとの関係性についても、ポピュラー音楽分野において世界的に高いプレゼンスと人気を誇っているアメリカから見たアジアと、アジア内でのJ-POPのプレゼンスを高めようとしている日本から見た(日本以外の)アジアとでは、関係性も意味合いも違う。それでも、世界的権威を確立しているアメリカ発のグラミー賞と、それを目標としながらアジアの一角で産声を上げたばかりのMAJ、それぞれがアジアに特化した部門を持つこととなった点は大変興味深く、西洋中心的な文化と脱西洋中心化、あるいはアジアにおける日本の立場性などから、この状況をクリティカルに見つめ、分析、考察していくべきであると感じている。

 

***

 

さて、J-POPの世界進出を主眼に置くMAJは、日本以外のアジアの音楽を表彰することを通してそれらを日本に届ける仕掛けにもなっていると言えるが、ベトナム研究者の私としては残念なことに、ベトナムの楽曲が「最優秀アジア楽曲賞」でノミネートされたことはまだない。ただ、MAJの別の部門ではV-POPも受賞しており、今年6月の授賞式には、2つの部門でベトナム人アーティストが姿を現したので、ここで紹介させていただきたい。1つは「特別賞:ベトナムポピュラー音楽」である。今年表彰されたのは、昨年4月の「ベトナム便り~故郷バックニンを歌う「Bắc Bling」」で紹介したホア・ミンジー(Hòa Minzy)の〈Bắc Bling〉だ。

 

ホア・ミンジーのFacebook投稿

 

「特別賞」とは、MAJが連携する韓国、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムという5つのアジアの国の音楽賞が推薦するアーティスト・楽曲を表彰する枠組みで、アジア各国の音楽賞と連携することで、アジアでのMAJおよびJ-POPの知名度の向上を狙うものとみられる。ベトナムでの連携相手は、同国の「スポーツ文化紙」が運営する音楽・スポーツ賞「貢献賞(Giải Cống hiến / Dedication Awards)」である。2025年に開催された第1回では、同様の枠でベトナム音楽業界の実力派歌手トゥン・ズオン(Tùng Dương)の楽曲〈Tái Sinh(再生、の意)〉が表彰された。

今年の授賞式に姿を現したもう一人のアーティストは、2000年生まれのズオン・ドミック(Dương Domic)。彼は、「ベスト・オブ・リスナーズチョイス:海外楽曲 powered by Spotify」部門で、〈Mất kết nối(つながりを失って、の意)〉がノミネートされ、受賞は逃したものの、一般リスナーの人気に支えられた出場という快挙を果たした。彼はかつて韓国のIF Entertainmentという韓国のエンタメ企業(現在は倒産している)の研修生であり、2年前に大ヒットした音楽リアリティ番組「お兄さん、こんにちは!(Anh trai “say hi”)」に出演して爆発的な人気を得た(この番組については、「ベトナム便り ~今をときめく音楽リアリティ番組」で触れている)。

 

ズオン・ドミックのFacebook投稿

 

 

〈Bắc Bling〉がベトナムの色濃い文化を歌詞やメロディ、映像で重層的に表現したリズミカルな作品であるのに対し、こちらは、切ない心が隅々まで染みわたった歌詞とメロディを多彩な声色で歌いあげた失恋の歌。コーラス部分の歌詞を仮訳してみると、こんな感じだ。

 

長い長い夜に、君への恋しさが募る
僕の生きる理由になっていた
あの柔らかな唇に触れたい
耳元では甘い言葉を囁いたね

僕たちは本当に離れてしまったと
二つの極が砕けて割れてしまった
君のことは必ず覚えていよう
この体の細胞の一つ一つに

 

昨年からV-POPでは、伝統文化や愛国心を前面に押しだす歌曲が多く生産されていて目に留まりがちなのだが(またまた過去の記事の紹介だが、これについては「ベトナム便り~赤く染まったハノイ」で触れている)、今も昔も恋愛歌の力をあなどることはできないものだ。MAJのリスナーズチョイス部門でノミネートされたという結果を鑑みれば、この曲は、リスナーに愛される一曲として、V-POPの今を伝える一曲と言えるだろう。

V-POPを日本で耳にする機会はほとんどない。日本で開催される各種ベトナムフェスティバルには、ベトナム人歌手やアーティスト、アイドルなどが出演することもあるが、そのような場所だとメインの聴衆は在日ベトナム人やベトナムに関係のある日本人が多いうえ、そもそも機会はそう多くない。ドラマや映画もそうだが、韓国や中国、またタイなどに比べて、ベトナムのポップカルチャーの知名度はまだまだ低い。次々に新作が出るV-POPを私自身うまくフォローできないし、ベトナム以外のアジアのポピュラー音楽となればなおさら疎いのだが、聴こうと思えば世界中どこの音楽も配信で瞬時に聴けてしまうご時世である。MAJにてV-POPやそのほかのアジアのポピュラー音楽に触れた人たちが、それらの音楽、さらには音楽を通じてアジアの文化、社会、人々により関心を持つようになったら嬉しいなと思う。

 

ある島より、日本、アジア、世界をつなぐ海を眺める(筆者撮影)

 

(2026/8/15)