ベトナム便り│賑わい、勢い、ざわめきの中で|加納遥香
ベトナム便り│賑わい、勢い、ざわめきの中で|加納遥香
Text & Photos by 加納遥香(Haruka Kanoh)
9月2日、今年もベトナムの建国記念日を迎えた。盛大なセレモニーと軍事パレードが開催された80周年の昨年とは異なり、今年はそのようなことはなかったが、5連休ということもあり、街は家族連れや友人同士の集まりで賑わいを見せていた。私も週末に、留学時代からお世話になっている方と会うために旧市街に行き、その賑わいの空気に溶け込んだ。
連休最中の旧市街(筆者撮影)
その日は久しぶりに、旧市街のすぐ南にあるホアンキエム湖のほとりに位置するトゥイ・タ・レストランカフェに入った。東洋的な建築が特徴的なこのレストランカフェは1950年代から運営されており、店内やテイクアウトで食べられるアイスクリームも名物だ。私が訪れた日には、店内には家族連れや夫婦、友人同士と見られる集まり、観光客の姿があり、賑わいを見せていた。暑さからか屋外の席に座る人はいなかったが、ホアンキエム湖特有の翠色の水面が太陽の日射しを浴びてきらめいている。
この日訪れたのは古くからある老舗カフェだが、全国チェーンで安定した人気を誇る大手カフェもあれば、写真映えを狙うカフェ、レトロ映画グッズが展示されたカフェ、本が並ぶブックカフェ、おしゃれな独自メニューの豊富なカフェなど個人経営のカフェも数えきれないほどあり、ハノイの街は個性豊かなカフェで溢れている。ベトナムでは、どこのカフェでもロブスタ種の豆で特有の金属のフィルターを用いて淹れるベトナムコーヒー(これに練乳を入れたものが日本ではよく知られている)が欠かせない一方で、アラビカ種のドリップコーヒーにこだわりを見せるカフェも最近増えつつある。
最近観光客の間でも有名なのは、配給制時代をイメージした内装を特徴とするコンカフェで、現在国内70店舗以上、海外ではカナダ、韓国、マレーシア、フィリピン、台湾、フランスにも店舗を構える。日本には未出店だが、昨年の瀬戸内国際芸術祭のベトナムプロジェクトでも出展され、盛況を博した。外資系で言えば、スターバックスもベトナムに進出していて、一般的なカフェよりも値段が高いものの、客が途絶える様子はない。
アンティーク調の店舗とおしゃれなスイーツでインスタ映えを狙うカフェ。
季節の果物のメニューを出している(筆者撮影)
独自メニューに力を入れるカフェ。見栄えだけではなく味もおいしかった。(筆者撮影)
コーヒー豆にこだわりハンドドリップで提供するカフェ。(筆者撮影)
ハノイの街を歩くと、信じられないほどのカフェが街中に建ち並んでいる。カフェの隣はカフェ、その隣もカフェ。忙しそうなカフェもあれば、客より店員数のほうが多くて経営が心配になるカフェもあるのだが、そういうカフェでも潰れる気配がない。たとえあるカフェが店を畳んだとしても、間もなく同じ場所に違うカフェがオープンする。
カフェの跡地にできたカフェ。(筆者撮影)
人びとは好みのカフェに足を運び、家族や友達と集まったり、パソコンを持ってきて作業をしたり、写真撮影が目的でひたすら友達同士で(あるいは専属カメラマンが)写真をとったり、それぞれがそれぞれのペースで自分(たち)の時間を過ごす。なかでも、ゆったりとした時間の流れのなかで語らう人びとの姿は印象的だ。彼らを見ていると、急激に変化するハノイの街中でも失われることのない時間感覚が、彼らのカフェタイムに流れているように感じられる。
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さて、五感で感じ捉えたベトナムをタイムリーに伝える……。それを軸に執筆してきた「ベトナム便り」だが、事情により近々帰国することになったため、今号で最終回とさせていただくことになった。
前回のベトナム長期滞在は2018年から2019年にかけてのことで、博論執筆に向けた資料の収集に必死で、どうしても視野が狭くなりがちであった。そうでなければ到底資料収集が間に合わなかったのだが、そのせいで、感覚をオープンにしてありのままのベトナムを感じる、ということがなかなかできなかった。それに対して今回の滞在は、ひたすら視野を広げ、そこで感じるベトナムに身を委ねる時間であった。
これを書こう!とすぐに決まっている月もあれば、何を書こうかと悩んだ末に文章にする月、書きたいテーマが決まっていても時間切れで書きあげられない月もあり、結局、2年半で16本のエッセイとなった。ある月は日常生活を書き、ある月は映画や舞台のレビューのような内容となり、ある月はもはやベトナムの話ですらなかった。また、論文とは違って根拠も考察もなく、流れゆくような記述であったが、自分の体験と主観とちょっとばかりの思考を通して、ベトナムの「今」を私なりに書き留めてきた。このような場をいただけて、『メルキュール・デザール』には本当に感謝している。
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今、ベトナムでは、経済発展を掲げ、現代的な都市をめざし、管理を強め、国民の統合を図る改革が、トップダウンで強力に推し進められている。その勢いは急激で、圧倒的で、狂気的ですらある。
建国80周年の盛りあがりについては昨年記したが、それ以降、多少ブームは落ち着いたとはいえ、国旗や愛国的なフレーズは引き続き街に溢れている。「愛国」的な行為を見せるベトナムの人びとは、「愛国」的なものを、盛り上がるためのエンタメとして、また、他者とのつながりを感じるための道具として利用しているようにも思われる。同時にそれらの行為が、現体制下のベトナム国家を受け入れるマインドを実際に醸成することにつながっているようにも感じられる。
国旗をイメージしたスイカジュース。
建国記念日に日本料理店でサービスされた。(筆者撮影)
一方で、ハノイの街に舞う異常なほどの土埃は、都市計画に伴い故郷の家を取り壊される人びとの存在をハノイ中に知らしめる。有無を言わさぬ改革の流れに加勢する者、ただ身を任せる、あるいは身を任せざるを得ない者が大半を占めるなかで、異議を唱える者もいる。もちろん抗議の声は水面下に押しとどめられ、水面に顔をのぞかせようものなら公安によって即座に抹殺される。しかし最近は、隠しきれない声が、ネット空間を中心とする公の空間に姿を現したりもする。
ハノイ市中で急速に進む建設工事(筆者撮影)
変化、勢い、ざわめきが渦巻いている。この国で、この土地で、この人たちに、今何が起こっているのだろうか。これから何が起こるのだろうか。知れば知るほどわからないことが増えていく。ベトナムから離れることは心底寂しいのだが、これからもベトナムを見つめ続け、同時に、視野を、世界を、広げていきたい。
(2026/9/15)










