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2023年 第9回年間企画賞

Mercure des Artsは執筆陣による選考の結果、2023年(2022年11月1日〜2023年10月31日までの公演)の年間企画賞1〜3位を選出し、ここに発表いたします。

常日頃ステージの企画・上演に携わる関係者各位に改めて敬意を表します。
今回票数が集まったのは、偶然にも、ハンス・アイスラー、ジェルジ・リゲティ、三善晃、一柳慧などの、現代音楽の著名な固有名詞にフォーカスを絞った記念碑的な企画です。「20世紀」の遺産のうち、汲み尽くされきれていない側面に光を当て、作品の再解釈を実践し、私たちの生きてきた歴史の振り返りとなるような、そうした意欲的な取り組みが評価されました。なお、評が異なる演奏会ごとに分散したため今回は上位に入りませんでしたが、 濱田芳通&アントネッロの取り組みにも支持が集まったことを付言します。

【1位】
読売日本交響楽団 第632回定期演奏会
2023年10月17日 サントリーホール

【2位】
東京都交響楽団第971回定期演奏会Bシリーズ (都響スペシャル)
【リゲティの秘密-生誕100年記念-】
東京都交響楽団第971回定期演奏会Bシリーズ:2023年3月27日 サントリーホール
都響スペシャル:2023年3月28日 サントリーホール

【3位】
東京都交響楽団第975回定期演奏会Aシリーズ
【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】
2023年5月12日 東京文化会館

青山実験工房第7回公演「追善・一柳慧」
2023年5月19日、20日 銕仙会能楽研修所

 

◆選定にあたって
【1位】
2019年から読売日本交響楽団の常任指揮者を務めてきたセバスティアン・ヴァイグレによる、非常に意欲的で攻めたプログラム構成であった。なによりもアイスラー「ドイツ交響曲」の日本初演をやってのけたことに拍手を送りたい。今日の時代の流れを徒に汲むわけでも、過ぎてしまった歴史を懐かしむだけでもなく、歴史にきちんと向き合い、現代への接続につなげる姿勢を体現していたコンサートだったと思い、本企画に推薦した。だが、評を執筆した11月当時から1月後の今日、ドイツの歴史を振り返ることの意味がこうも大きく変質してしまったことに対し、この演奏会の意義を改めて考えさせられている。アイスラーとブレヒトが批判したドイツから何が変わっただろうか。

★参考レビュー
読売日本交響楽団 第632回定期演奏会 |藤堂清
読売日本交響楽団 第632回定期演奏会|田中 里奈

 

【2位】
たしかにコパチンスカヤというカリスマの存在だけですでに演奏会が祝祭的性格を帯びてしまうのだが、ただし、では素晴らしいソリストをそれに相応しいオーケストラの演奏で迎えたことに企画賞が与えられるのかというとそうではなく、むしろ彼女の声とアンサンブルを触媒としてバルトークやリゲティの作品における人間の声のメタフォリカルな役割について、ソリスト起点の楽曲の再解釈を誘発するプログラムであった点を、「企画」の妙と考えることができるのではないか。またこの夜の都響のように、個性あるソリストを歓待するだけでなく、共同制作としてみごとな丁々発止を繰り広げるさまに出会うことは、地元で音楽を聴き続けるひとの大きな喜びである。

★参考レビュー
東京都交響楽団第971回定期演奏会Bシリーズ|齋藤俊夫
都響スペシャル【リゲティの秘密-生誕100年記念-】|秋元陽平
カデンツァ|裸足のコパチンスカヤ|丘山万里子

 

 

【3位】
生者と死者の絶対的な断絶を音楽で形象化した三善晃の傑作「レクイエム三部作」を1舞台で再現する挑戦は、現実世界のミャンマー、ウクライナを追い、パレスチナに追われる形で悲劇的に実現した。チラシにある「この声が、聴こえるか――。」のキャッチコピーの通り、満席の聴衆のスタンディングオベーションが「その声を聴いた」ことを証していた。山田和樹・都響・東混・武蔵野音大合唱団・東京少年少女合唱隊の見事な再現と、現実世界と芸術世界の悲劇的な連関を高く評価したい。

★参考レビュー
東京都交響楽団第975回定期演奏会Aシリーズ【三善晃生誕90年/没後10年記念:反戦三部作】|齋藤俊夫
カデンツァ|ヒロシマ―戦争と人間―|丘山万里子
特別寄稿|三善三部作を東京で聞き、広島で思う|中村寛

 

 

【3位】
一柳慧の追悼に捧げられた青山実験工房の公演は、同時代への真摯な問いを貫きながら「音楽」の制度を越え出る音響の力を作品に解き放とうとするこの作曲家の実験を、能との協働により、能舞台で展開するとする試みとして実に刺激的だった。とくに一柳の《アプローチ》(1972年)の上演には、瀧口修造の下、さまざまなジャンルの芸術家が集った実験工房の精神も生きていた。今回の公演で世界初演されたバーバラ・モンク゠フェルドマンの《松の風吹くとき》が、現代のピアノ音楽と謡、そして舞を呼応させることによって、魂の邂逅をその光景とともに伝えていたのも印象に残る。子を失った世阿弥の無念の思いを一語一語に込め、死者の魂と共振する空間を開く高橋悠治の《夢跡一紙》の初演に接することができたのも感銘深い。

★参考レビュー
青山実験工房第7回公演「追善・一柳慧」|柿木伸之

 

(2023/12/15)