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自選<ベスト・レビュー> &<ベスト・コラム>(2021年)

自選〈ベスト・レビュー〉      →〈ベスト・コラム〉

本誌 2020/12/15 号〜2021/11/15 号掲載のレビューよりレギュラー執筆陣中10名が自選1作を挙げたものである。

◆秋元陽平(Yohei Akimoto)
篠原眞 室内楽作品による個展
2021/8/15号 vol.71

私は日本の現代音楽に別段明るくないし篠原作品には初めて相まみえたが、感銘を受けた以上怖じけずに書こうと思い立った。
同時掲載の齋藤氏とは何ら示し合わせていないのに、異なる言葉で確かにコンサートの同じある側面が浮き彫りになったように思え、ああ立体評とはこういうことかと腑に落ちたのだった。

◆大河内文恵(Fumie Okouchi)
東京芸術劇場開館30周年記念公演 読売日本交響楽団演奏会
2020/1/15号 vol.64

いつもなら、ベストレビューを選ぶために1年分のレビューを読むという作業は、過去の自分と向き合う苦痛を伴うものだが、この1年については、時空が歪んだのか、「あれ、この演奏会ってこんなに前だったの?」とか逆に「ついこの間だと思っていたのに○か月も前だったのか!」と驚いたりと、自分のレビューそのものよりもこの1年の音楽世界の流れと向き合う時間となった。そういう意味で最も感慨深いのは、(結果的に)ブレイク直前の演奏家を取り上げたレビューである。1年たってみて、上記レビューの最後の「予言」は今のところ当たっていると言ってよいと思う。

◆ 大田美佐子 (Misako Ohta)
コロナ禍の試み – 師走に考えるヴァイル生誕120年、没後70年 –
2020/12/15号 vol.63

私がレビューを書く理由は、その舞台に偽りなく「突き動かされた」からである。コロナ・ショック下のメモリアル・イヤーとなってしまったクルト・ヴァイル作品をめぐる三つのプロダクションは、無観客(リーズ) とハイブリッド(ニューヨーク、渋谷)で行われたが、内容自体もそれぞれが新しい挑戦に満ちていた。メモリアル・イヤーのグローバルな受容は、コロナ以降の舞台にも、様々なレベルで真のダイバーシティーが展開する機運を予感させる。このレビューでそのことを記録できたことが、とても嬉しい。

◆丘山万里子(Mariko Okayama)
郷古廉 ヴァイオリンリサイタル
2021/1/15号 vol.64

コロナ禍によりピアニストが来日できず、オール無伴奏に変更してのリサイタル。その凄まじい気迫に打たれ、滝のように烈しく、あるいは静謐に、言葉が落ちてくる。優れた演奏は必ず、執筆者の筆を勝手に動かす。書き手はそれを受け止めるだけだ。

◆齋藤俊夫(Toshio Saito)
NHK交響楽団 12月公演 NHKホール
2021/1/15号 vol.64

友人に「お前に必要なのは文体だ、自分の文体を磨け!」と言われたことがある。今回選んだのは「自分の文体」が最も良く(も悪くも)現れたレビューであり、それが伊福部昭絡みの演奏会であったこともまた嬉しい。書き始めるまで相当に悩んだが、書いている最中はえらく楽しかった記憶もあり、少々の恥ずかしさもこめてこれを年間の自薦ベストレビューとする。

◆クリスチアン・チコーニャ(Cristian Cicogna)

雅楽-現代舞踊との出会い
2021/2/15号 vol.65

寒空に佇(たたず)む太陽の光を浴びる凍原の如く

黄金(こがね)の波に現じる狭霧(さぎり)

一角獣が棲息(せいそく)する浮島

波のうねりと共に踊る人魚たちの輪

細砂(さざれすな)の砂漠を渡るヒトコブラクダのキャラバン

燃えゆる結晶の蜃気楼

このような摩訶不思議で人跡未踏の世界が拡がって行く体験。
これぞ舞台鑑賞だ。
辛い二年間を後にして、安全で楽しく舞台が観られる年になるよう願うばかりだ。

◆藤堂清(Kiyoshi Tohdoh)
プラチナ・シリーズ第5回 フランチェスコ・メーリ
2021/3/15号 vol.66

コンサートが開催されなければ、演奏評の書きようもない。人々の行き来がなければ海外の演奏家の作り出す音楽を味わうことはできない。コロナは予定されていたオペラやリサイタルの中止や延期という形で影響を及ぼした。日本だけでなく、欧米でも演奏会やオペラの多くが中止され、トップクラスの歌手たちもインターネット配信を行うことで、演奏機会を得るという時期が続いた。音楽家にとって聴衆が見えない場所での演奏、彼らの反応のない状況は、それ自体が苦痛であっただろう。我々聴衆にとって久しぶりのイタリア声のコンサート、それとともにメーリにとっても聴き手の熱気を感じられる場となったことだろう。その空間・時間をいくぶんなりとも言葉にできたと考える。

◆戸ノ下達也
オーケストラ・ニッポニカ第37回定期演奏会
2021/4/15号 vol.67

1964年という時代と邦人作品をフォーカスし、社会状況と音楽文化について表現豊かな演奏で再考させてくれた。

◆西村紗知(Sachi Nishimura)
アンサンブル・アンテルコンタンポラン
2021/09/15号 vol. 72

評を執筆することを通じて、私のうちである種の「目覚め」の体験が得られたものを選んだ。
近頃ネットで言われていた「推す批評」と「斬る批評」という二者択一は、批評にとってそれほど本質的ではないように思える。確かに、批評にはこれからますますそういう社交的な機能が期待されていくのかもしれないが、まだ、なんとかなるだろう。批評の独自領域の探求へ向けて、この「アンサンブル・アンテルコンタンポラン」評は私自身を勇気づけてくれる。

◆能登原由美(Yumi Notohara)
雅楽ー現代舞踊との出会い
2021/2/15号 vol.65

音楽や舞踊といった抽象的な表現行為を言葉で表そうとする苦しみ・・・。いつもこれで終わりにしたいと思いながらもまだもがき続けているが、あとで読み直してある程度納得できるものがあればまだ救われる。このレビューはそういうものの一つ。

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自選<ベスト・コラム>
本誌 2020/12/15 号〜2021/11/15 号掲載のコラムよりレギュラー執筆陣4名が自選1作を挙げたものである。

◆丘山万里子(Mariko Okayama)
カデンツァ|緊急入院〜声、闇と薄明の狭間で
2021/10/15号 vol.73

入院体験の中で、感じ考えたことは結構きつく、深かった。しかもコロナで病院そのものが切迫した状況だったし。関わりのない他者の中に健康でない心身を放り込まれた時、人が何を感じ考えるか。それぞれだろうが、私は「恋歌」を詠み続けた自分を愛おしく思う。ははは。式子内親王の「見しことも見ぬ行末もかりそめの枕に浮ぶまぼろしの中」はもはや私の人生のテーマソング。

◆小石かつら(Katsura Koishi)
Books|『資本論』(講談社まんが学術文庫)
2021/5/15号 vol.68

コロナ休校で小中学生3人が家にあふれて漫画三昧。そんな中で出会った漫画だった(私も負けじと読みまくり。笑)。学校が再開されても読み続け、いつしかシリーズも多数揃い、読み込んでボロボロになった。原書に進んだ?ものもある。その結果、今ではコロナ禍を「群衆心理」に喩えて小学生と会話できる幸せ、かみしめ中。

◆田中里奈(Rina Tanaka)
Pick Up|サントリーホールでバレンボイムを聴くことには、どんな意味があるのだろうか?
2021/7/15号 vol.70

自薦するのがものすごく居心地悪いが、読み返してみて、コロナ禍における(来日)公演の意義について考える際の「問い」がはっきり打ち出されていたので選んだ。「彼の演奏から感じたものと、この演奏会を興行として見た時に感じた違和感とは、私の中に分かちがたく共在している。その矛盾を私は見つめたいし、その現実から私たちは考え始めるしかない」という当時の私の問いに対し、誠実でありたいと思う。

◆松浦茂長 (Shigenaga Matsuura)
パリ・東京雑感|宗教警察の効用 ジュネーブの神権政治とその遺産
Freedom Inherited from The Theocracy in Geneva
2021/11/15号 vol.74

スイス、オランダ、英国は自由を大切にする寛容な国のお手本だが、歴史を遡ると、この3国、タリバン顔負けの神権政治、カルヴァン独裁のジュネーブにたどり着く。血塗られた強権支配がなぜ最良の民主主義につながるのか?
保守陣営もリベラル側も自分らだけが絶対に正しいと原理主義にこり固まり、敵側を憎み軽蔑し合う分断の世界。この先どうなるのか、途方に暮れているところに、ツヴァイクの描く、カルヴァンと彼に滅ぼされたカステリオンの物語を見つけたのは慰めだった。ただ、あまりに重く、切迫した問題なので思いが錯綜し、尊敬する政治史研究者から「拝読して、抑圧や差別と闘っている人々へのオマージュとして、普遍的な意味をもっていると思いました。」というメールをもらって、遅ればせながら、これが正しいテーマ設定だったと気づいた次第。