Pick Up (2023/9/15)|追悼 林喜代種さん|丘山万里子
追悼 林喜代種さん
Text by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
毎年本誌の表紙を飾り、毎号誌面を彩っていた写真家の林喜代種さんが9月7日に急逝された。
氏の本誌での最後の作品はご自身のPhoto Column撮っておきの音楽家たち『前橋汀子vn』『ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ奏者・指揮者)』(7/15号)、Pick Up『東京二期会オペラ劇場《椿姫》』(8/15号 執筆:藤堂清、写真:林喜代種 7/12ゲネプロ)、そしてレビュー:東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ:歌劇《オテロ》』『森野美咲ソプラノ・リサイタル』(いずれも8/15号 執筆:藤堂清 、写真:林喜代種)の5作となる。
◆『撮っておきの音楽家たち』前橋汀子vn
◆『撮っておきの音楽家たち』ハンスイェルク・シェレンベルガー(オーボエ奏者・指揮者)
◆『東京二期会オペラ劇場《椿姫》』
◆『東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ:歌劇《オテロ》』
◆『森野美咲ソプラノ・リサイタル』
* * *
私と林さんとのお付き合いは長い。
初めてお会いしたのは1981年のことだから42年になる。
「毎日新聞」「音楽旬報」「ブリーズ」「JAZZTOKYO」そして本誌「Mercure des Arts」に至る私の批評人生で、常にそばに居てくださった。「ブリーズ」では『撮っておきの男たち』を担当、「JAZZTOKYO」では『撮っておきの音楽家たち』他クラシック公演のレビュー用写真を撮影。さらに本誌創刊メンバーとして『撮っておきの音楽家たち』を続行、たくさんの公演にせっせと出かけてくださった。氏なしには、本誌はこれほど豊かな誌面にはならなかった。
掲載された写真を使いたいという海外メディアからの申し込みもあったから、その表現力は国際的だったと思う。
私はコンサート会場であまり人と立ち話などしないのだが、休憩時に林さんが撮影室から出てきたり、ロビーにいるのを見かけると、やあやあと小さく手を振り、「よろしくお願いしまーす」とにっこり、おしゃべりしたりもするのであった。
音楽の現場に長く、関係者の方々との繋がりもあるキャリア豊富な写真家であれば、いわゆる業界と距離を置いてきた私のような偏屈批評人には、社会というものを教えてくださる先輩のような存在でもあった。いつだか何気なく歳を聞いたら「失礼だよ」とものすごく怒られたので、たぶん先輩だろう、と思ってきたが、訃報に80歳とあったので仰天したのである。
コロナ以降、疲れちゃったよ、とあまり公演に足を運ばなくなっておられたが、このところ復活のご様子だったので、草津夏期国際音楽祭から戻られたら色々お話を聞こうと思っていた矢先の訃報。
茫然自失であった。
氏が第29回新日鉄住金音楽賞特別賞を受賞したおり、本誌Pick Upに『林喜代種さん 第29回新日鉄住金音楽賞特別賞受賞に寄せて』を書いた。
また、その2年前に個展を開かれた時のPick Up記事もある。
その人となりと美学を、お読みいただければと思う。
『林喜代種さん 第29回新日鉄住金音楽賞特別賞受賞に寄せて』
『林喜代種写真展「響Ⅱ』
最近、氏が嘆いておられたのは、フリーカメラマンが写真を撮れなくなったこと。
コロナで撮影室が密になることを避けるという理由もあるが、ステージをスマホ撮影、拡散を客に奨励するような状況も珍しくなくなった昨今であれば、写真家による撮影という創造行為がもはや意味を失いつつある、とも言えよう。一方で、事前のチェックもどんどん厳しくなる。
撮影者の多様な視点が失われ、平均的一律的な写真が蔓延していく。
表現の自由と不自由のせめぎ合いはこんなところにもあるよね、と私たちはたまに言い合った。林さんはもはや最後のフリーカメラマンなのかもね、と笑ったりして。
本誌はweb媒体だから点数は限らず、かなりの数を掲載することが可能で、林さんはオペラとなると十数枚送ってくることもあり、写真だけで物語になる。
氏は「僕の写真は文章の説明じゃないから、全部まとめて掲載してね。」とはっきりおっしゃっていた。したがって、よほどのことがない限り、氏の作品が文章中に挿入されることはなかった。
かなりのボリュームの写真が文章下に並ぶのは実に壮観であった。
ヴェテランから若手新人まで、幅広く、こまめに撮影なさった。
どれほど名の知れたひとであろうと、知られないひとであろうと、分け隔てなく同じ眼差しを注いだ。氏から、有名な誰それを撮った、とかいう話を聞いたことがなく、噂話もしなかった。
以下、本誌8年間の『撮っておきの音楽家たち』全作品である。
氏に全てをお任せした自由な枠であったから、「今度はだあれ?」と毎回楽しみだった。
これが氏の仕事であり、愛で、いつも私たちの背を押してくれた。
ステージでの音楽家、ステージを離れた音楽家の姿を活写する林さんの眼差し。
その尊さを私は忘れない。
デジタル時代の撮影に異を唱えてもいて、ブレている写真にだって、いやそこにこそ人間を見る眼差しが、熱量がある、とおっしゃった。
氏の信条「一期一会」は、私自身の根幹でもある。
時代は変わるよねえ。
でも、変わらないものもあるんじゃないかなあ。
氏が草津に行かれる前、私たちは電話で、そんなことを言い合った。
林さーん。
長い間お付き合いくださり、本当にありがとうございました。
合掌。
9月8日記
(2023/9/15)
註)写真は、本誌「自選<ベスト・レビュー> &<ベスト・コラム>」2017年、2018年で林さん自身が選定されたコラムより転載。
1)スティーブ・ライヒ: 2006 年第 18 回高松宮殿下記念世界文化賞受賞時、他の受賞者と並んだ貴重なショット(絵画の草間彌生、演劇・映像のマイヤ・プリセツカヤら)
2)ニコラ・アルトシュテット:指揮者として、チェロ奏者としての未来形を感じさせ、耳目を奪われシャッターを切った。