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Pick Up(17/04/15)|林喜代種写真展「響Ⅱ」|丘山万里子

林喜代種写真展「響Ⅱ」

text by 丘山万里子(Mariko Okayama)

本誌の『撮っておきの音楽家たち』コーナーで様々な音楽家を活写、コンサート写真も引き受けてくださっている林喜代種氏が、武蔵野市民文化会館のリニューアル・オープンに伴い、展示室で「響Ⅱ」というタイトルで林喜代種写真展を開く。
このホール主催公演の8割は撮影しているという氏は2004年、ホール開館20周年記念に写真展の第1回を開いており、今回は13年ぶり、第2回となる。チッコリーニ、クレーメル、スコダ、東京クァルテットなどなど、2004年以降撮りためた150点がずらりと並ぶ。会期は4/20~30日。入場自由。

写真展開催に際し、少し林氏からお話を伺ったのでざっとご紹介したい。

写真を始めたきっかけは大学の商学部に在学中、アルバイト先で知り合った学生が写真をやっており、暗室というものに初めて入り、「水に紙を浸すと絵が浮かんでくるのに驚いた」。その奇跡に心奪われた氏は、写真の虜となり、大学卒業後、直ちに多摩芸術学園に入学、日本の第一線で活躍する写真家たちの教えを受ける。
ドギュメンタリー写真の東松照明、映画の品田雄吉らの講義に接し、写真に撮影者の「思い入れ」は邪魔になる、といった事ごとを学んだという。これは氏の姿勢の基本となった。
まだ駆け出しの頃は、相手(被写体)に対し、こうしてくれればもっといい絵が撮れるのに、といった邪念(思い入れ)が入っていた。今は極力そういうものを排除するように努めている、と明かす。「表現」全般に言える奥義だろう。

一方で、氏の写真の原点は、アルバイトで請け負った最初の仕事、東京銀行社員の社員証撮影にあったとのこと。その数、およそ1000人。椅子に座るやいなや、あれこれ角度や写りに注文をつける人もいれば、押し黙ってカメラに向かうだけの人もいる。人間様々、1000人1000色、と、人間観察の貴重な体験となった。そこで得たものが、人に向き合う時の氏の根本的なスタンスを作ったのである。
「相手のことを理解しなければ、いい写真は撮れない」が氏の信条。氏の写真を見れば、これはおのずから伝わってくる。

プロとしての仕事は、自由国民社のカメラマン募集に応募、音楽関連を撮り始めてから。主にロックやフォークで、武道館に通い詰めた。ディープ・パープル、吉田拓郎、かまやつひろし(大変気に入られたそうだ)、小室等ら錚々たるスターを軒並み撮影。やがてクラシックへと対象は広がってゆく。
この頃、「音楽やるなら楽譜を読めないと」と言う先輩の言葉に自分の無知を思い悩むが、結局「わからなくとも素直に、とにかく聴くこと」というところに落ち着いた。
一方で、いつも、もっと勉強していれば、と思う気持ちも抱き続けている。
自分の方法論を持つ、ということと、謙虚であり続ける、ということはカメラマンとしての氏の有りようの両輪だろう。

それからの活躍は周知のように、各日刊紙、雑誌の紙面を飾るトップ・カメラマンとして音楽界で知らない人はいない存在。
そのような大家にコンサート撮影と『撮っておき』コーナーを担当していただいている本誌は、全く贅沢というほかないが、氏と筆者の初めての出会いは草津の音楽祭。まだ30代(多分、林氏も)の頃だ。

1999年4月1日/ブリーズ創刊号
「撮っておきの男たち」

それから1999~2001年の3年間、筆者が編集・発行人だった音楽批評紙ブリーズで『撮っておきの男たち』月2回の連載とコンサート写真を引き受けていただき、その後、ウェブ・マガジン JAZZTOKYOで『撮っておきの音楽家たち』を、そうして今日のメルキュール・デザールに至る、という長いおつきあい。筆者の批評活動にずっと伴走していただいていると言っても良いくらい。
林さん、ありがとうございます。

氏の語る、思い出深いエピソードを一つ。
1991年チェコ・フィルと来日したラファエル・クーベリック指揮の『わが祖国』@サントリーホール。1948年チェコから亡命したクーベリックは1989年の民主革命の後、1990年故郷に帰国、「プラハの春」の『わが祖国』で歴史的名演を行う。その翌年の訪日。カメラを持つ手が震えた(そんなことはこの時だけ、だそうだ)という。
「自分だけに演奏してくれているような気がした。」
一方で、ホール全体がある想いに満ち満ちていた、そのたとえようない一体感も。
「通奏低音のように音楽が流れ、その流れに乗って夢中でシャッターを切っていた。」
夢中、なのだ。自分(我という邪念)が飛んでいる。やはりすごい。

カメラマンとして目指すところは。
「誰が撮ったかわからなくてもいいから、残るものを撮りたい。」
「こういう人だからこういう音楽なんだ、というその人らしさが出た写真が撮りたい。」
「先入観を捨てることから、自分の写真は始まる。」
木村伊兵衛 の「出会い頭の居合抜き」ですよ、と氏は言う。

ぜひ、写真展に足を運んでいただけたら、と思う。

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林喜代種写真展「響Ⅱ」@武蔵野文化会館展示室
4/16 プレ・オープン・デー 9:00~16:00
4/20~30 9:30~18:00 (4/20,21 9:30~20:30 )

★武蔵野市民文化会館リニューアル記念特別公演
4/20~23@武蔵野市民文化会館
マルティン・ハーゼルベック指揮ウィーン・アカデミー管弦楽団によるベートーヴェン
交響曲全曲演奏会