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ぽりぽりの会:京都ポリフォニー・ラボ発表会−−ポリフォニーから「視る」音楽のむかしといま|小石 かつら

ぽりぽりの会:京都ポリフォニー・ラボ発表会−−ポリフォニーから「視る」音楽のむかしといま

2026年9月27日(日) 京都文化博物館別館ホール
2026/9/27 The Museum of Kyoto, Annex Hall
Reviewed by 小石 かつら (KOISHI, Katsura)

〈プログラム〉
レクチャー「日本と西洋音楽のファーストコンタクト――16世紀」
レクチャーと実演「16世紀の西洋音楽教育と楽譜」
ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ(1525/26–1594):《教皇マルチェルスのミサ曲》よりキリエ、サンクトゥス

休憩

レクチャー「楽師たちのサウンドスケープ」
クリストバル・デ・モラーレス(1500–1553):聖アンデレ、キリストの仕え人
作者不詳(16世紀):パウレ・パウレ(酒歌)
マテオ・フレッチャ(1481–1553):リウ・リウ・チウ
レクチャー「東洋に渡った西洋のポリフォニー」
ドゥアルテ・ロボ(1564/69–1646):第八旋法によるマニフィカート

〈演奏者〉
ぽりぽりの会:京都ポリフォニー・ラボ(代表:菅沼起一)
カントゥス:小野恵子、鏑木綾、黒原みどり、田中好子、長井和泉、三原しのぶ、矢内香代子
アルトゥス:今井耀子、兼坂美子、樋口洋子、枡田佳子、山本馨
テノル:今井翔太、江口拳志朗、尾上魁、木戸哲也、柴田大、中野広、山田陽博、和田大乗
バッスス:雨森勝治、井口日文、小牧高広、酒谷直樹、忠末恵佑、田中翔大、畑中則宏

アルタ・カペッラ(古楽器による管楽アンサンブル)
コルネット:上野訓子
リコーダー:桐畑奈央
サックバット:小野和将
ドゥルツィアン:淡島宏枝
楽長見習い・お話・リコーダー:菅沼起一

「ぽりぽり」なんていう、かわいらしいタイトルで目を引く。しかも「楽長見習い・お話・リコーダー」という肩書き。「見習いだって!」と、わくわくしながら会場に到着した。京都文化博物館の別館ホールは1906年に竣工した日本銀行京都支店で、明治を代表するレンガ造りの洋風建築だ。建物内部は、2階分(といっても通常の3階分くらい?)の吹き抜けの大空間。白い壁と重厚な木の組み合わせ。広い空間の照明は控えめで、薄暗い。舞台となる場所は、客席と同じ高さのフロア。そこに、背丈よりもずっと高い譜面台がしつらえてあって、大きな楽譜がセットされている。足を踏み入れた瞬間、期待でいっぱいになる。

演奏会は、自称「楽長見習い」の菅沼氏によるレクチャーで始まった。私たちは、日本人が西洋音楽に初めて触れたのは明治維新ごろだと思いがち。だから、16世紀の「ファーストコンタクト」について、情景が目に浮かぶような「お話」を聞くと、会場が洋風建築なのもあってか、自分が実際に宣教師に出会っているかのような気になる。しかも、会場は銀行の旧営業室で、部屋の外側には窓ガラスを挟んで廊下や応接室などがあるのだが、レクチャーのあいだ、黒い服を着た合唱団のメンバーが、外の廊下から窓越しに会場をじぃっと覗き込んで出番を待っている。そう、まるで16世紀の「あちらの世界の人たち」に、私たちが見られているような錯覚。異世界との境界が、すごくあいまい。

合唱は、客席に向かって歌うのではなく、中央に高く設けられた譜面台に向かって歌われた。譜面台は高いから、全員が楽譜を見上げて歌う格好になる。伝えられた楽譜を囲んで、その音楽に全員が一緒に向き合う。こういう「音楽」のスタイルは、とても新鮮だった。

ドイツ語には「演奏する」という言葉以外に、「音楽する」という言葉がある。それはまさに、こういうことではなかろうか、と思った。自室でひとり、作曲家が遺した楽譜に向き合って音楽する場合とは異なり、聴者がいる場合には、通常、演奏者は聴者に向かって「音楽する」。しかし今回は、聴者がいる場所であるにもかかわらず、楽譜に向かって「音楽する」のだ。しかも、少し上に向かって。ほの暗いなか、照明が、それぞれの顔を照らす。音楽に向かう顔が、美しく光って、空間に浮き上がる。

そしてそれは、配布資料に掲載された図像と同じなのだ。メトロポリタン美術館所蔵の、バルトロメオ・ゴッシ・ダ・ガッララーテによる1476年の「クワイアブック」の挿絵では、黒い服を着た聖歌隊が、前方上方に置かれたひとつの楽譜を、みんなで見ながら歌っている。楽譜に向かって、「音楽している」のだ。配布資料の別の図像資料、ベルギー王立図書館所蔵の1589年ごろのアントワープの資料では、アルタ・カペッラ(古楽器による管楽アンサンブル)を伴う聖歌隊が、やはり前方上方のひとつの楽譜に向かって演奏している。この日も、アントワープの絵のとおりに、合唱とアルタ・カペッラが一緒に演奏した。人間の声と管楽器の音には、これほどまでに親和性があるのか。うっかりすると、全部声に聴こえる。交わり合うという美しさ。

最初のお話で、合唱団の紹介もあった。ルネサンスのポリフォニー曲を歌うから「ルネポリ」だったのが、ルネサンス以外も歌いたいと名前を考えているうちに「ぽりぽり」になったと。公募で集まった合唱団の、初めての発表会も兼ねている演奏会だと。できたてほやほやの合唱団とは思えない、凝縮された「ポリフォニー」。音楽が語り、交わって昇華していく。

あとひとつ。楽長見習いはリコーダーまで吹いた。他の管楽器とは異なる、高く澄んだ木の音色が、息づかいとともに鮮やかに立ち上がる。しゃべって指揮してリコーダー吹いて、八面六臂の大活躍。これで「見習い」とは、なんと愉快!

聖歌隊を「指導」するリーダーの人柄は、むかしもいまも、音楽の在り方と深く関わっているのだろう。この日の演奏会では、楽譜に記された音を歌い手たちが読み取り、互いの声を聴き合いながら、ひとつの音楽を作り上げていく、その過程までもが見えるようだった。練習風景を見せているわけではないけれど、みんなで「音楽する」営み全体を共有する時間だった。

そして思う。ドイツ語の「音楽する」という言葉は、これほどまでに「祈る」ことと重なり合う。かつて聖歌隊がひとつの楽譜を囲んで声を合わせたとき、「祈る」ことが前面にあった。本質の問題として、祈ることと、音楽することは、通じている。それを、確信した演奏会だった。

                               (2026/10/15)