更なる深みを求めて |三浦謙司 ピアノリサイタル|大田美佐子
三浦謙司 ピアノリサイタル
2026年9月20日 西神中央ホール
2026/9/20 Seishin Chuo Hall
Reviewed by 大田美佐子 (Misako Ohta)
写真提供: 西神中央ホール
<曲目>
ロベルト・シューマン:『子供の情景』 Op.15
見知らぬ国と人びとから
- 不思議なお話
- 鬼ごっこ
- ねだる子供
- 満足
- 重大な出来事
- トロイメライ
- 炉端で
- 木馬の騎士
- むきになって
- こわがらせ
- 眠っている子供
- 詩人のお話
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 Op.57 熱情
ー休憩ー
モーリス・ラヴェル:『鏡』
- 蛾
- 悲しき鳥たち
- 海上の小舟
- 道化師の朝の歌
- 鐘の谷
アレクサンドル・スクリャービン:幻想曲 ロ短調 Op.28
アンコール
プーランク: 3つのノヴェレッテ
ピアニスト百花繚乱の時代である。日本人にとって最も身近な楽器であるピアノ――。アマチュアの「ピアノ熱」の広がりにも支えられて、プロの世界でも内外で研鑽を積んだ個性豊かな奏者たちが群雄割拠している。そうした層の厚さのなかで、真に心の琴線に触れる何かを表現し得るひと握りの奏者だけが、歴史にその名を刻んでいくのだろう。国際コンクールの堂々たる覇者として、世界一流のピアニストとしての眩い輝きとともに、その人間味あふれるキャリアの紆余曲折を含めて、いま大きな親しみと注目を集めているのが三浦謙司である。
今回のプログラムは、前半にドイツ音楽の神髄、シューマンとベートーヴェン。後半にラヴェルとスクリャービンを配した構成。誰もが耳にしたことのある名曲から、新鮮なピアニズムの奥義を堪能する難曲までを揃えたその多様性の内に、一人の芸術家の思考の軌跡を覗き見るようなエキサイティングな一夜となった。
冒頭のシューマン『子供の情景』では、全体をひと続きの物語として構築する手腕に唸らされた。冒頭の「見知らぬ国と人々から」では、右手と左手のほんのわずかな間合いから生まれるあたたかく絡み合うような歌があふれ出す。ハイライトの「トロイメライ」では前後に置かれた「間」が深い余白を生み出し、作品が内包する情感と詩情が見事に際立った。こうして「詩人のお話」に至るまで、明晰な構成力は、端正に整えられた美しい軸を物語に通した。第一部の後半は、三浦にとって「新たな挑戦」でもあったというベートーヴェンのソナタ『熱情』。この作品が秘めたハイリゲンシュタットの遺書後の作曲家の決意と重みが、いかに表現されるのか、期待は高まった。そこに響いたのは、奇を衒うことが微塵もなく、正攻法のベートーヴェン。第一楽章の主題提示で見せた弁証法的な乾いた潔さと、終楽章の圧倒的なカタルシスをもたらす疾風感との対比は、まさに三浦ならではのドラマトゥルギーの真骨頂であった。
後半では一転、三浦の手中にある微細で美しいピアニズムが際立つフランスものと、ロマンチックでドラマチックなスクリャービン。精密で繊細なラヴェルの響きと残像がピアニズムの技術の粋を尽くして奏でられ、浮かび上がるひとつひとつの情景の影が愛おしい。特に「鐘の谷」の暗闇に溶け入るような響きの余韻は至福の時であった。なんと豊かな音のパレットを持つピアニストなのだろう…。
シューマンで見せた情感豊かな歌心、ベートーヴェンにおける芯のある構築性とダイナミズム、そして後半のラヴェルやスクリャービンで見せた浮遊感あふれる空間を創出するピアニズム。そのすべてを支えていたのは、極限までコントロールされ、音の芯を確実にとらえる彼の卓越した柔軟な身体性であると感じた。
三浦の故郷でもある神戸の西神中央ホールでのリサイタル。神戸の聴衆の熱い拍手に応えて、アンコールにはプーランクの「3つのノヴェレッテ」を情感豊かに、しかも、さらりと届けてくれた。実に満足度の高い、素晴らしい凱旋リサイタルだった。
そして、ここから、三浦はどう進むのだろう……。芸術という「正解」のない果てしない世界で、奏者も聴者も、それぞれの納得のいく「解」を求め、技術のその先にある何を希求し続けるのだろう…。一人のアーティストの世界観を映し出す響きを堪能したあと、あらためて「音楽に向き合う」とはまさに全人的な所業なのだという思いを深めた。古典とは、こうして重ねられ、深められ、醸成されていくことにこそ価値がある。この地点から三浦謙司のピアノによって、どのような景色がさらに切り拓かれていくのか、ふたたび、神戸の地でどんな響きを聴かせてくれるのか、彼の今後の展開を心から楽しみにしたい。
(10/15)



