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注目の1枚|ピアノホライズン 里見暁美|齋藤俊夫

里見暁美「ピアノホライズン」ピアノ音楽の地平を求めて
Akemi SATOMI, PIANO HORIZON

ALM Records/有限会社コジマ録音
2026年8月7日発売

Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

<演奏>
すべて里見暁美
<曲目>
松平頼暁作曲
『エリクサトーン』
(楽器)電気ピアノ、クラヴィネット
『セレブレーション』
(楽器)ピアノ
藤枝守作曲
『フォーリング・スケール第6番』
(楽器)プリペアド・ピアノ
『虹の共振I』
(楽器)プリペアド・ピアノ

オビに「ピアノ音楽の地平――ミニマルを超えて」と書かれた本CDの元となったLPが発売されたのは1981年、丁度ミニマル・ミュージックの雄、スティーヴ・ライヒが『テヒリーム』を書いた年である。1970年代のアメリカにおけるミニマル・ミュージック勃興後、松平頼暁は自己の作品で旋法的な音組織を使用し始めていた。一方藤枝守は1980年頃当時は現在の「植物文様」シリーズを始める前で、現在より、より禁欲的で観念的な、メロディーをなさない音組織を扱っていた。その松平、藤枝という2人の異なる個性がどのように「ミニマルを超えて」現れてきたのか――それが聴きものである。

3分の1音ずつずれて調律された3台の電気ピアノとクラヴィネットのために書かれた『エリクサトーン』、今回は多重録音により里見暁美一人によって全パートが演奏されている。旋法的音場を、作曲家や詩人や画家や評論家の仮面劇をモールス信号化した音で多層化したという本作は始めから終わりまで構造のみがあって、作曲家の感情や情緒は関与していない。しかし、確かにこれは〈音楽〉であって、そして〈美しい〉。
里見清司、里見暁美夫妻に捧げられたピアノ独奏曲『セレブレーション』はモールス信号化された2人の名前と、モールス信号に類似した印象を与えるリズムとを素材としている。音組織は旋法的である。それらの信号を2人の名前のローマ字A,K,E,M,I,S,T,O,H,Yという十種の異なったテクスチャーの中に埋め込み、さらにこの十種のテクスチャー(ここでは音楽の様式、種類と考えて良い)を2人の名前のローマ字順に配列して曲が構成されている。モールス信号は先の『エリクサトーン』と同じアイディアであるが、この十種のテクスチャーというのが面白い。ロマン派的、前衛音楽的、実験音楽的、ジャズ的、そしてミニマル・ミュージック的といった具合に全く異なる十種のテクスチャーが並べられ、繋げられているのだ。松平頼暁がこんなに〈ポップな〉音楽を書くこともあるのか、と考えを改めさせられ、実にウキウキとして聴き惚れる。

藤枝守『フォーリング・スケール第6番』はプリペアド・ピアノのための作品。題名の通り、下行音型が延々と繰り返され、その周りに微細な装飾的音の戯れが散りばめられる。プリペアド・ピアノということで現れる音は通常のピアノとは音高、音色ともに全く異なり、そこにも微細な音の戯れが感じられる。音楽の中に潜む悪戯心や良し。
こちらもプリペアド・ピアノで演奏される『虹の共振I』は前衛的点描音楽の色が濃い。沈黙の中にプリペアド・ピアノの多様な音がまた1つ、また1つ、と現れては消えていくのだが、その中に身を委ねて聴くと、音が現れる瞬間と音と音との間の沈黙に実に豊かで優しい何かが感じられてくる。
藤枝2作品は、一聴すると味気ないプリペアド・ピアノ作品のようで、一度聴き方、身の委ね方がわかると、現在の「植物文様」シリーズに通じる、藤枝の優しい音世界の前身だということが判明する。

何らかの論理構造にのっとった空気の粗密波の群れが何故か〈音楽〉に聴こえる。ランダムなような音の連なりに、ある種の秩序と、それによる〈音楽〉を聴き取ることができる。この相反する因果が相即のものとして成り立つ、音楽の不思議というより〈人間の不思議〉とでも言える、〈美〉を認識できる喜びと感謝を新たにする、そんな音盤だ。このCDがミニマル・ミュージックを超えたのかどうか――そもそも音楽に何かを超える超えないがあるのだろうか――はわからないが、確かにここには個性と未来が今でも存在している。

(2026/10/15)