注目の1枚|雅楽《秋庭歌》をめぐる伝統と未来―NMGEの挑戦―|齋藤俊夫
雅楽《秋庭歌》をめぐる伝統と未来―NMGEの挑戦―
Gagaku Tradition and the Future From the Perspective of In Autumn Garden Toru Takemitsu, Naoyuki MANABE GAGAKU Ensemble
ALM Records/有限会社コジマ録音
2026年9月7日発売
Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
<演奏>
()は持管以外の担当楽器
Naoyuki MANABE GAGAKU Ensemble
笙:真鍋尚之(***,****指揮)、豊剛秋(*太鼓)、永井大志(****箏)、
青木総喜、川上彩子(***琵琶)、下宮弘聖(*,**鉦鼓、****鞨鼓)
篳篥:三浦元則(***箏)、國本淑恵、春日るり子
笛:太田豊、岩﨑達也、藤脇亮(****琵琶)、纐纈拓也
特別出演
笙:豊英秋(*,**鞨鼓、***,****太鼓)
賛助出演
笙:佐々木麻結
篳篥:柏木理(****鉦鼓)、中村朋子(***鞨鼓)
笛:大谷忠平(***鉦鼓)
<曲目>
『盤渉調調子(ばんしきちょうちょうし)』(*)
『蘇莫者(そまくしゃ) 序』(**)
『蘇莫者 破』(**)
武満徹:『秋庭歌(しゅうていが)』(***)
中堀海都:『星霜(せいそう)』(****)
一、二、三
「丈(たけ)高き音声(おんじょう)」、本CDを聴き始めた時に心に浮かんだ言葉である。「気高くのびのびしている。崇高で壮大な美しさがある」(大辞泉の「丈高し」より)「雅楽で、管絃の音楽」(大辞泉の「音声楽」より)、その言葉がぴったりと当てはまる、実に若々しく伸びやかな声の群れがスピーカーからこちらに泳いでくる。これが自分たちの音楽だという自由闊達な心がそこにはある。
『盤渉調調子』の序盤から中盤にかけての雅やかな音に陶然とするも、やがて現れる終盤の「木霊吹(こだまぶき)」(1)によるヘテロフォニーの宇宙的広がりに今度は目が覚まされる。
『蘇莫者 序』での「序の退吹(おめりぶき)」(2)、『蘇莫者 破』での「加吹(くわえぶき)」(3)によるこれもヘテロフォニーの圧倒的迫力は雅楽の通念、島国日本という小さな世界で発達した典雅だが線の弱い音楽という通念を打ち破って余りある。
そして武満徹『秋庭歌』もまた「丈高き」秋庭歌。始まってすぐの笙の(西洋的に見れば)不協和音が散りばめられる中での笛たちの舞のその線の美しさに酔わされる。だがトラック8分30秒から11分30秒あたり、各楽器が複雑極まりないテクスチュアを作りつつ猛々しいまでの「競奏」を繰り広げるその押しの強さたるや! ここは「何吹」という技法を用いているのだろうか? さらに終曲少し前での喜び歌い合う管楽器の群れ、そこから笛の優しい後奏に至って、雅(みやび)なる雅楽に立ち戻って、了。
日本のルーツと西洋のルーツが出会い、斬新な、他に見ない輝きを放つアマルガムがここに生み出された。
さてここで問題なのは、本CDで初録音の中堀海都『星霜』である。
第1曲、〈すべてを包み込む音の宇宙〉〈押し寄せる精神世界の波の中〉とブックレットにはあるが、果たしてこの音楽に内在するのはそのようなものであろうか? 「宇宙」や「精神世界」とはこのように線の細い、全くと言って良いほど肉感の無いものであろうか?
第2曲、〈その結晶のような絃楽器の一つ一つのストロークによって、根源的な存在の発生や次々に生まれてくる命の姿が宿っていく〉(ブックレットより)果たして箏と琵琶に命が宿っていっただろうか? 〈本質的な音の姿が静かに浮かび上がっていく〉(ブックレットより)トラック6分あたりでの、それまでの管絃の昇り立つような響きが消え去った後のあの極小音の中に聴こえたのは「本質的な音の姿」か?
第3曲、〈すべての命が終わりゆく宿命のように、冬の霜に無数の星の光が溶けていく〉(ブックレットより)CD前半の丈高い音楽に比して、あまりにも肉の無い筋張った音の線を「すべての命」として美的感傷をもって見つめる、その姿勢に筆者は「日本表象」の致命的な力の無さを感じざるをえない。
かつて筆者は本誌でこのような日本表象を批判的に書いた事があるが(4)、何もないところに何かを見て、何かがあるところにはそれを否認する、という陰画的な「日本」を筆者は見たくないのだ。丈高き雅楽は確かにここにある。肉体なき雅楽には何もない。そういう単純明快な自分の(日本の)音楽観を述べさせてもらった。
(1)NMGEが開発した、会場の中に散りばめられた演奏家が、さまざまな場所よりこだまのように掛け合ったり、追いかけたりするように演奏する技法。
(2)「退吹」とは無拍節の曲の旋律をずらして演奏する奏法。さらに本演奏では演奏者を二群と四群に分けている。
(3)拍節のある曲で旋律をずらして演奏する「追吹(おいぶき)」をさらにNMGEが改良した「加吹」を今回録音した。
(4)Italy meets Noh! 能×イタリア現代音楽|齋藤俊夫
CROSSING 衢 PROJECT Vol.3 異人の秋、呼び交す夢。|齋藤俊夫
(2026/10/15)