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パリ・東京雑感|人種主義に感染しないために奴隷貿易をふりかえる|松浦茂長

人種主義に感染しないために奴隷貿易をふりかえる 

Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura) 

ブラジルの奴隷市場

3月25日、国連総会で、大西洋奴隷貿易を「人道に対する最も重い罪」とする決議が、賛成123ヵ国で採択された。15世紀から19世紀まで、1200万人以上のアフリカ人が、アメリカに売られた。運ばれる途中、大西洋上などで死んだ黒人は数百万人……消耗する商品として取引された奴隷の働きによって莫大な富が西欧に蓄積され、その富の上にやがて資本主義が花開いた……
決議に反対したのはアメリカをふくむ3ヵ国。(いまのアメリカでは、うっかり人種主義や奴隷制について批判的に教えると、学校への補助金がカットされたり、教師がクビになったり! 過去の反省は自虐史観とみなされる。)ヨーロッパがそろって棄権したのは分かるが、大西洋奴隷貿易の罪を犯していない日本も棄権した。
「棄権組」の言い分は、「人道に対する罪」に「最も重い」などとランク付けできるのか?というのだが、黒人奴隷と人種主義には、もろもろのジェノサイドなどとは次元の違う異様なものがありはしないか? その〈罪〉が、いまのアメリカの異様さの根っこにあるのではないか? だから、トランプ政権は、それを「なかったこと」にしたいのではないか?
欧州「棄権組」の中で、フランスのマクロン大統領は、先月、奴隷貿易の罪に対する「償い」が必要だと発言して、一歩先を行く姿勢を見せようとしてはいる。 

奴隷は古代ギリシャにもいたし、イスラム世界にも奴隷市場があった。(『千夜一夜物語』に登場する男に、「妻は奴隷のなかから見つけた方が楽だ。妻の親族とつきあう面倒がないから」とつぶやきながら、奴隷市場にでかけたのがいたっけ。)でも、ギリシャの奴隷には、イソップのような超有名人もいたし、銀行家になった奴隷もいた。もちろん、重労働させられ、拷問された奴隷も多かったけれど、奴隷は外国人と決まっていたわけではないし、家庭教師や医者や会計士のような仕事もさせられたのだから、自由人と奴隷が「別の種」に属するなどという妄想は生まれようがない。
ローマ帝国では、上層市民にまで出世した奴隷が少なくなかった。イスラム世界では戦争に強い奴隷王朝マムルークが、モンゴルの侵略を食い止め、十字軍に勝利した。 

こうしてみると、奴隷の歴史の中で、大西洋奴隷貿易はむしろ例外である。故郷から海の向こうへ送り込まれ、非人間的な労働条件で酷使されたアフリカ人奴隷。この使い捨て労働力によるプランテーション経済は大成功し、ヨーロッパに巨万の富をもたらした。アフリカからアメリカへ労働力商品をふんだんに注入し、アメリカからヨーロッパに低コストの砂糖を運んで売る、なんとスケールの大きな仕掛け! でも、奴隷の境遇に胸を痛め、残酷な経済システムを批判する人はいなかったのか? ヴォルテールの描いた黒人はこんな具合だ。 

そんな犠牲と引き換えに、あなた方はヨーロッパで砂糖を食っていられるわけでして

二人が町に近づくと、地面に寝そべった一人の黒人奴隷に出会った。黒人はその服、といっても青地のふくらはぎまでのズボンを、いまはもう半分身につけているだけだった。その哀れな男には左足と右手がなかったのだ。
「ああ!君、そこでなにをしているのだね」と、カンディードはオランダ語で言った。「そんなひどい様子をして」
「ご主人さまを待ってるんで。ファンデルデンデュルさまとおっしゃる高名な大商人でしてな」
「君にそんな仕打ちをしたのは」と、カンディードは言った。「そのファンデルデンデュルさまなのかね」
「ええ、そうですよ、ムッシュー」と、黒人奴隷は言った。「これがしきたりなんですよ。着る物は一年に二度、麻の短いズボンをいただくだけ。製糖工場で働いて指が挽き臼に引っかかりでもすると、わしらは手を切り落とされる。逃げ出そうとすると、足を切り落とされる。わしは両方の場合に当てはまった。そんな犠牲と引き換えに、あなた方はヨーロッパで砂糖を食っていられるわけでして。(中略)犬や猿や鸚鵡のほうがおれたちより千倍も仕合わせだ。」(ヴォルテール『カンディード』植田裕次訳) 

こんな痛烈な風刺もあったし、奴隷貿易システムで富を蓄えた人たち自身も、いくぶんか負い目を感じたかもしれない。そこで、奴隷制の「言い訳」となる理屈がひねり出された。「人種主義」である。
色の黒いアフリカ人は、自分たち白人と別の種に属するとみなし、黒人を〈人間〉の範疇の外に追い出しさえすれば、悩まなくてすむ。人類起源多元説だ。聖書には、神がアダムをつくり、彼が全人類の祖であると書いてあるのに、その外に〈人間〉に似た別の「種」があると考える。皮膚の色が黒く、動物に近い「種」だ。ニグロ=黒人という語が奴隷の同義語とされ、アフリカが奴隷=黒人の産地とされる。「人種主義」の誕生である。
1732年に出版されたトレヴー辞典には「ニグロ」についての記述が登場する。 

ニグロは隣人を捕えて、スペイン人、ポルトガル人、オランダ人に売り飛ばす。あるいは自分の妻や子供を売ることもある。彼らの体は黒く、ニジェール川の南の人々は、北よりも一層黒い。彼らはたくましい体をもっているが、無知で、意気地なく、なまけ者とみなされている。大部分はマホメットの教えを信じているが、他の宗教の信者もおり、まったく宗教的感情を持たない者もいる。 

フランス議会で、先月28日、「嘘でしょう」と言いたくなる決議が通った。341年前ルイ十四世が署名した「黒人法典」を廃止したのである。法典は、黒人の自由を奪うかわりに、慈悲深くも、彼らにキリストの永遠の救いを与えることを定めている。奴隷に洗礼を授け、アフリカの「邪教」を行う者にはひどい拷問が待っていた。
イギリス植民地の奴隷は、洗礼を受け、キリスト教徒とされる「恩恵」が与えられなかったのにくらべ、フランスは彼らをアダムの子孫と認めただけマシだったのだろうか?
大西洋奴隷貿易の「言い訳」理論を痛烈に皮肉った、モンテスキューの傑作がある。 

罰せられる奴隷(リオデジャネイロ)

もし、われわれのもっている黒人を奴隷にする権利を支持せねばならないとすれば、私は次のように言うだろう。
ヨーロッパの民族はアメリカの民族を根だやしにしてしまったから、あの広大な土地を開拓するには、アフリカの民族を奴隷状態におき、使役せねばならなかった。
砂糖は、それを奴隷によって作るプランテーションを動かさなければ、高すぎるものになるだろう。
問題となっているのは、足から頭まで黒い連中である。彼らの鼻はひどくひしゃげているから、彼らに同情することなど、ほとんど不可能なほどである。
きわめて賢明な存在である神が、魂を、とくに善良な魂を、まっくろな肉体に宿らしめたもうたなどということは考えられない。
人間性の本質を構成しているのは色であると考えることは、きわめて自然である。だから宦官を作るアジアの民族は、黒人がわれわれと持っている共通点を、よりはっきりととり除くのをつねとしている。(中略)
これらの連中が人間であると想像することは不可能である。なぜなら、もしわれわれが彼らを人間と考えるならば、人々はわれわれをキリスト教徒ではないと考えだすであろうから。(モンテスキュー『法の精神』井上堯裕訳) 

人間性の本質を構成しているのは色である」とは途方もない暴言だけれど、待てよ……アメリカの警官が罪もない黒人を殺してもおとがめなし。(5月末、ミネソタ州の共和党大会で、6年前黒人フロイドさんの首を膝で押さえて窒息死させ有罪になった元警官に、黙祷が捧げられた。黒人を殺して何が悪い!義務を果たした警官こそ犠牲者だ!)MAGAトランプ信者は、白人キリスト教国家があやういと叫ぶ……人間性の本質を構成しているのが色でなければ、こんなヘンテコなことは起りようがない。 

それというのも、色の黒い連中を「人間であると想像することは不可能」だから。もし彼らが人間なら、われわれ白人はキリスト教徒=人間でない!「人道に対する最も重い罪」犯しながら、なお良心をそなえた人間であると確信するためには、黒人を人間の範疇から追放するしかなかった。モンテスキューの透徹した論理だ。 

宗教に代わって科学が幅をきかす18世紀になると、もっともらしい人種の「科学」が編み出され、大多数がその理論を信じた。
リンネは、人類を4つの人種グループに分類し、人種間におおきな不平等が存在するのを生物学的差異によって説き明かそうとした。
いわく、白人の気質は「多血質」であり、黒人は「粘液質」である。
古代ギリシャ以来、「多血質」は男性、「粘液質」は女性の気質とされ、支配、力は「多血質」、弱さ、劣等性は「粘液質」に属する。
フランスの外科医・人類学者ピエール・ポール・ブローカは、頭蓋骨を測ることによって知能の優れた人種と劣った人種の違いを証明できると主張し、頭蓋骨測定の器具をみずから考案した。ブローカの考察はこんな具合だ。 

人種による知能の差は周知の事実だ。この問題を研究した者は、頭蓋骨前頭部の萎縮にともなう突顎(あごが出っ張った顔)は劣等人種にしか見られないと報告している。突顎型人種においては、前頭部縮小の反面、後頭部増大が指摘される。(中略)しかし、前頭部の小ささを、おぎなうにはまったく足りない。 

ずっと以前、ロンドンの小学校に入った息子の教室を見に行ったら、ずらっと並んだ子供たちの中に、お月様みたいに顔が丸く大きいのが二人いた。息子と中国人の友だちである。日本人と中国人の顔は平べったくて面積が広いのだ。イギリス人の頭は正面から見ると細長くて面積が小さいかわりに、後ろに向かって奥行きがある。驚くほどの違いだが、頭蓋骨の形をくらべてどちらが劣等か議論する人には、さいわい出会わなかった。でも、つい最近まで、ブローカ先生の理論は正統な科学と信じられ、学問の世界だけでなく、社会、とりわけ植民地政策におおきな影響を与えた。 

見せ物にされたサーキ・バートマンさん

頭蓋骨のサイズによって、黒人の知能の劣等性を「科学的」に証明したのと並行して、性に関連する器官の突出をとらえ、性的活動が過剰な証拠とされた。つまり、頭が良く抑制の効いた白人にくらべ、黒人は頭が悪く淫らな、「獣」に近い種だといいたいのだ。
お尻の大きなサーキ・バートマンさんは、南アフリカからイギリスに連れて来られ、「ホッテントット・ヴィーナス」の見せ物にされたあげく、死後キュビエによって解剖された。遺体はホルマリン漬けにされ、パリの人類博物館に展示さたが、マンデラ大統領の要請で、2002年南アフリカに返され、ていねいに埋葬された。 

さて、人種主義は奴隷制の「言い訳」のためにひねり出された理屈だとすると、奴隷制がなくなれば人種主義も不要になるのか? いや、奴隷制の存続が危うくなるのに歩調を合わせて、人種の〈科学〉は一層過激化・空想化し、このエセ科学、奴隷制廃止後に絶頂期を迎える。
アメリカの医者サミュエル・カートライトが1851年に、黒人だけがかかる精神病ドラペトマニアなるものについて発表した。南北戦争直前、プランテーションを脱出して、自由な北部に向かう奴隷が続出した時代だ。カートライトによると、黒人は、とりわけ従順で管理がらくな人種なのだから、逃亡を試みるのは、精神病のせいとしか考えられない。ご主人が奴隷と親密になりすぎ、同輩のようにあつかうと、ドラペトマニアにかかる危険が増す。彼らを子供のようにあつかうことが、この病の治療と予防に有効だという。
解放を「狂気」と診断するドラペトマニア――奴隷の反抗と逃亡に恐怖した当時の農場主の妄想にマッチした政治病である。
プランテーションの苛酷な労働に対する〈科学的〉弁明はまだある。黒人は苦痛を感じない、鈍感だというのである。タリーという医師はこう書いている。 

黒人の感受性について考察するとすれば、彼らの知能水準および強い陽差しが彼らの皮膚におよぼす作用から、次のような考察が導かれる。暗愚であればあるほど、感受性も鈍い。黒人が不平を言わずに苦痛に耐えるのは、彼らの勇気のためではなく、受動的無感動による。無知と奴隷の境遇のためまったく思考力を失った(アメリカの)黒人から、それなりの文化をもつアフリカの原住民に目を移しても、やはり、苦痛に対する完全な無頓着がみてとれる。 

フランス植民地の奴隷解放

黒人は痛みに無頓着というのは当時の通念だったのだろう。新しい外科手術の開発で名をはせたジェームズ・マリオン・シムズは、黒人奴隷の女性を麻酔なしで手術した。
黒人は痛みを感じないとすれば、なぐっても、拷問しても、手足を切断しても気にするに当たらない! アフリカ人を消耗する商品として取引した過去に負い目はない!
痛みに鈍感というのは、奴隷虐待の「言い訳」として広められた偏見なのだが、おどろいたことに、今も医療の世界に「地中海症候群」と名づけられた差別的ステレオタイプとして、この偏見が生き残っている。医者・看護師の一部が、「アフリカ出身(ブラック・アフリカだけでなく、アルジェリアなど北アフリカ諸国を含む)の患者は、オーバーに痛がる」「実際より症状を大げさに見せたがる」と思い込んでいるというのだ。その思い込みのため患者の訴えに耳を貸さず、その結果、重態・死亡にいたった例も報道されている。アフリカ人は「痛みに鈍感」とされた偏見が、裏返しにされ、彼ら・彼女らの「訴えは大げさ」という偏見としてアフリカ出身者を痛めつけているのだ。
地球上に優秀な人種と劣等人種がいるとすば、優れた人種にとって混血は罪だ。『諸人種の不平等に関する試論』を書いたアルテュール・ド・ゴビノーに言わせると、貴族が優秀なのは、庶民のように混血していないからなのだ。アーリアが最高の人種と唱えたゴビノーからヒトラーへと、劣等人種排除の狂気は過激化した。そして、いまは? 

朝日新聞に、トランプに惚れ込んだ人々の気持ちを読み解いた美しいインタビュー記事が載っていた。働く誇りを失い、喪失感と深い恥に苦しむ非大卒の白人にむかって、トランプは、恥を報復に転換させ、誇りを回復させる手品をやってみせたというのだ。 

経済的に落ち込んだ地域に向けては、「あなたは米国生まれの白人で、異性愛者の男性だ」と言い、これらは『プライド経済』において非常に価値が高いことだ、と語りかける。周囲が「いや、いや、ここは移民の社会だ」「全員が何世代かさかのぼれば移民だ」と反論しても、彼は「いや、いや。今や米国生まれの白人であることはすごいことだ。あなたはそれを誇りに思うことができる」という。ご存じの通り、(現代社会では)そうした肌の色や性別に特別な価値は認められませんが、彼はその値札を付け替えているのです。「あなたは何もする必要がない。あなたがしなければならないのは、白人であり、異性愛者であり、男性であり、米国生まれであることだけだ」と(アーリー・ホックシールド『トランプ氏の行う〈人々の感情の操作〉』〈朝日新聞〉5月2日) 

トランプの魔術にも人種主義の亡霊が取り憑いている。 

(2026/6/15