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三つ目の日記(2025年12月)|言水ヘリオ

三つ目の日記(2025年12月)

Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) : Guest

 

2025年12月5日(金)
海のある町へ。駅前で食事して港まで歩く。何枚か写真を撮る。一時間くらい潮風に吹かれているようなつもりだったがすぐに海から去る。ゆるい坂道。腰かけて清涼飲料を飲む。すこし陽がかげってきたころ、駅への道を歩く。行きはくだりで苦にならなかった階段をのぼって息がきれる。石垣を背の低い草が覆っている。
暗い窓の向こうに一面の海。空に円形の光が浮かんでいるのは幻影だろう。二人掛けの狭い優先席に座っている。左隣の人から「ちょっとお願いできますか?」と声をかけられる。荷物を見ておいてほしいとのこと。そして、車内すぐそばに設置されている化粧室へと走っていった。数分後その人は戻ってきて「着くまでまだ時間がかかりそうだったから」とひとこと。わたしは次の駅で乗り換えのため、挨拶をしてわかれる。

 

12月10日(水)
図書館で借りたCD『響きの現在Ⅰ‖石井眞木作品集』を聞く。ブックレットをめくる。CDに付属の冊子は文字が小さくてほとんどの場合読まないが、執筆者の「丸山圭三郎」という名前が目に入り、その文章の分量も少なかったのでちょっと読んでみる。興味深く読みながらも、この人の文章ではありながら先達の固有名詞に語らせていることが多く、遡ってそれらに当たらなければわたしにはこの文章は伝わらないと思った。最後のパラグラフにある文章に注目した。そこには「作曲家も造形美術家も詩人・作家・思想家も、最初こそ意識的人称行為として〈書く〉ことしかあり得ないのだが、その〈創る意志〉の強度・・次第で、既成の価値の表現・・に終ってしまう場合もあれば、おのずと非人称的に〈書かされる〉生成の場に達して、自らも知らなかったものの表出・・に驚く場合もあるのだ」(丸山圭三郎「響層のアナグラム」p. 3)と記されていた。わたしは「表現」ということばがわからない。丸山の文章のこの部分には触れるものがあった。だが、「表出」ということばも、内から外へ、裏から表へという方向をほのめかしていることに変わりはない。あるものごとをただかき集めてなにかをなす、ということはできないのだろうか。

 

12月13日(土)
新宿三丁目駅のC5出口を出てすぐ右にあるビルの階段をのぼる。篠原宏明の「new horizon」という写真展。萌え声のヴォーカルとそれに伴う重低音のビートが上の階からそれなりの音量で聞こえている。その音も、渚へ寄せる波の無音にかき消される。暗闇が光に照らされてもなお暗く、目をこらしても見えない。波打ち際のはじけない泡。砂。
遠景。雲の、もっと手前の空間に不在があるのではないかとそれを見る。または、それにより想起された異なる風景や関係のないものごとが頭に浮かんだということが写真にあらわれる。
物体とそれを取り囲む空間の接する場所で、これまでのこととこれからのこと、が提示される。これからのことというのは、あたらしい状態のことである。この場所、これらの生命はやがて。
特定の物、場所、人ではないなにか、どこか、だれか。記録であったとしても、虚構であったとしても、名や位置情報ではなく、イメージとしてそこにある。
小さな写真。大きな紙に余白を多く取り額装されている。余白は画面に含まれている。余白は画面の外側に属して囲んでいる。
単色の写真。人が地に足をつけてからだを反らせて舞っている。人は服を身につけている。服には色があるかもしれない。屋根の色の違いをことばで描写する、ジャン゠ピエール・メルヴィルのモノクロ映画『モラン神父』のいち場面のことを思う。服の色が気になったのは、黒であると思い込んだことに疑念を抱いたからかもしれない。
2024年11月6日の日記)(2025年5月27日の日記)

 

12月27日(土)
エアコンの送風音が室内を支配する。スマホで聞いているポッドキャストの音量を上げる気にならず、聞きとれないままただ流している。いつのまにか眠っている。ハーブティーを飲む。ティーバッグを包むパッケージに「DETOX & SLIM」と記されている。音に耐えられずエアコンを停止する。寒くなる。

 

12月28日(日)
着席すると目の前に「モバイル・オーダー」と記載のある紙。QRコードで注文せよということなのだろう。スマホの画面に表示されたメニューがわかりづらく、食べたいものを選ぶ気が失せ「888円」のものを注文する。食後、会計は店員と対面で行うことになる。このようなシステムの過渡期なのだろうか。とても中途半端に思う。
神保町の視聴室でoono yuukiのライブ演奏を聞いた。家に帰ってきてまず洗濯をする。洗濯機が古くて底から水が漏れてしまう。大量に漏れるようになったら買い替えるしかないと、以前修理の人に言われた。スーパーで安売りされていたうえにさらに半額になっていた豚肉を100グラムずつにわけて冷凍する。「きょう、あめふらないかな」という音が頭のなかに聞こえる。冷凍してあった炊き込みご飯を加熱して大根おろしとキムチをのせてスプーンでかき込む。0時を過ぎている。目をつむる。ライブ会場から駅へ向かう途中、星がひとつ、街路樹の枝に隠れて、見えなくなったりまた見えたりした。立ち止まって眺めることをしなかった理由を考えて、星よりも明滅を見たかったのだと想像する。門のなかに音を置いて、ちいさな穴を塞ぐ。ちいさな穴を開く。
2025年8月10日の日記)

 

12月31日(水)
郵便受けに速達が届いていた。開封すると、手紙、本のページのコピー、本、切手が収められたちいさな赤いファイルが入っていた。切手のファイルを開く。60〜65年くらい前のものと思われる記念切手がたくさん。一枚ずつパラフィン紙にていねいに包まれたものも多数。送り主が小学生のころに集めていたものだという。ほとんどが5円か10円のこれらの切手。手紙には「自分では使いきれないのでどうぞ使ってください」と書かれている。

 

〈写真掲載の展示〉
篠原宏明写真展 new horizon 会場:サードディストリクトギャラリー 会期:2025年12月9日〜12月21日

(2026/1/15)

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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、2024年にウェブサイトとして再開した『etc.』を展開中。https://tenrankai-etc.com/