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9月の1公演短評|齋藤俊夫

9月の1公演短評

Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

♪武満徹没後30年記念企画 武満徹の肖像
2026年9月26日 水戸芸術館コンサートホールATM →曲目・演奏

演奏会第1曲の北村朋幹のピアノによる『二つのレント I』の時点でその音に心を射抜かれた。金属弦をハンマーで叩いているのではなく、何か透明な結晶的なものを打っているかのような清澄で軽やかな、そして儚い音。確かに楽器から浮かび上がってくるが、こちらの耳と心に達した瞬間にほのかな香りとともに消えていく音。
北村と成田達輝のデュオによる『妖精の距離』の、その2人の「距離感」にも唸らせられる。ピアノがふわわわっとあっちに飛び、ヴァイオリンがふわわわっとこっちに飛び、2人が交差して、ぶつかりそうでも決してぶつからない「距離感」。武満が生涯愛した映画の美しい一連の構図が見えてくる。
さらに北村による『遮られない休息』『フォー・アウェイ』、重く悲劇的に弾こうと思えばいくらでも重く悲劇的に弾けるこれらの作品を北村は決して重くしない。音を奏者が躾けて鳴らせるのではなく、あくまで音が音自身の命を生きるように奏でる。音に対する倫理的態度とも言うべき姿勢を堅持している。
『オリオン』で山澤慧のチェロが現れるとホールの空気がガラリと変わる。そのダイナミクスと勢いの幅が並のチェロ弾きとは段違いである。それまでの妖精的な音楽世界は宇宙的・神話的世界へと変貌する。そうだ、このオリオンとは天の星座の音楽ではないかと納得しつつ、手に汗握りながら傾聴せざるを得なかった。
武満徹生涯最後の作品『エア』のたゆたう高木綾子のフルートの線の美しさは、線と言ってもユークリッド幾何学的な太さのない線ではなく、筆の流れと勢いによって太さが揺り動く毛筆の書のそれ。それでも水墨画的禁欲ではなく、印象派的色彩感が勝る。それが武満徹という作曲家の音楽。
武満と言えばこれも無視することのできない『SONGS』を波多野睦美の歌、北村朋幹のピアノで聴けるとはなんたる喜びか。『MI・YO・TA』の悲しいというにはあまりにも美しすぎるメロディー、少しやんちゃなフリをしているがどこか寂しくセンチメンタルな『うたうだけ』、戦後のプロテストソングの一つの達成とも言える『死んだ男の残したものは』、「ひとは夢み 旅して いつか空を飛ぶ」という爽やかで温かな夢を見させられる『翼』、武満が音楽に込めたヒューマニズムに永遠と一瞬の時間を過ごす。
演奏会最後を飾った『ビトゥイーン・タイズ』、寄せては返す潮の優しい脈動。この地球が生まれてから無限の時間寄せては返してきた潮の運動を少しだけ切り取ったかのよう。3人の奏者の呼吸が絶妙に合致し、音が引くことはあっても音が途切れることはない。潮は毎回形を少しずつ変えて現れるが、どれも同じ潮のようにも聴こえる。満干に心委ね、そして会場に訪れる凪の時間。

素晴らしい没後30年企画であった。だが、企画も演奏も素晴らしかったからこそ、ナビゲーターを務めた片山杜秀の多弁饒舌は過ぎていたと思えて仕方がなかった。これだけ雄弁な音楽を味わわせてくれるのに、あの話体口調での多弁饒舌はあまりにも、甘くジューシーな西瓜に蜂蜜をぶちまけてもてなすような所業だった。その話芸を愛好するファンもいることは知っているが、もっと音楽の力を信じて自分は裏方に回る心構えを持ってほしいと心底思った。

(2026/10/15)

♪武満徹没後30年記念企画 武満徹の肖像
<演奏・出演>
ピアノ:北村朋幹
ヴァイオリン:成田達輝
チェロ:山澤慧
フルート:高木綾子
メゾソプラノ:波多野睦美
ナビゲーター:片山杜秀
<曲目>
(すべて武満徹作曲)
『二つのレント I』ピアノのための
『妖精の距離』ヴァイオリンとピアノのための
『遮られない休息』ピアノのための
『フォー・アウェイ』ピアノのための
『オリオン』チェロとピアノのための
『エア』フルートのための
『SONGS』(歌:波多野睦美、ピアノ:北村朋幹)
  『MI・YO・TA』谷川俊太郎・詞
  『うたうだけ』谷川俊太郎・詞
  『死んだ男の残したものは』谷川俊太郎・詞
  『翼』武満徹・詞
『ビトゥイーン・タイズ』ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための