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パリ・東京雑感|スパイのお仕事 スパイの毒|松浦茂長

スパイのお仕事 スパイの毒

Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

MI6秘密情報部ビル(ロンドン)

モスクワで、フランスの軍人に「日本ではどこがスパイ活動をするのですか?」と聞かれたことがある。ソ連で暮らす外国人は、職場でも家庭でも、昼も夜も、KGBを意識させられるので、ついこんな質問をしたくなったのだろう。「日本にはCIAや(ジェームズ・ボンドが所属する)MI6みたいなスパイ機関はありません」と答えたら、「スパイ組織のない国なんてあり得ない」と、信じてもらえなかった。

でも、7月には「国家情報局」なるものが作られたし、もうじき日本にもMI6のようなスパイ機関が誕生するかもしれない。わたしたち日本人は、戦後80年スパイなしで大過なくやってきたので、スパイとはどんな人たちか知らないし、どうやってスパイ文化と民主主義の折り合いをつけるかのノウハウもない。スパイに対する備えがない国なのだ。

BBCの海外向けラジオ放送に勤務していたとき、休暇でソ連や東欧に行く人は、アジア局長に会う義務があった。スパイにやられないための心構えを伝授されたのだ。
日本の放送局は、どうだっただろう? 大臣に同行して各社の記者がモスクワの最上級ホテルにやってきたとき、プレスセンターの置かれたフロアーには美女たちが行き来し、にっこり英語で話しかけてきた。(アメリカが同行記者のための準備をするときは、まっさきにプロ女性を排除したようだが。)日本の記者たちのうち何人かは、BBCとちがって、彼女らがKGBのエージェントであり、「使命」を帯びていると聞かされてないんじゃないか?予定されていた正午の大臣会見に姿を見せず、午後遅く「しけ込んじゃって……」と照れながら現われた男がいた。ベッドの写真が10年後、脅しの材料にされ、「××の情報を手に入れなさい」と難題を吹きかけられるかもしれないのに。

外務省や公安が、記者連中ほど無防備だとは思わないが、(ぼくらモスクワ特派員は、帰国すると国と警視庁の公安によばれ、根掘り葉掘り探られるしきたりになっていた。KGBに弱みを握られ、エージェント候補にされてしまった記者がいないか、手間暇かけて観察する態勢ができていたわけだ。)『ニューヨークタイムズ』によると日本はスパイ天国、ヨーロッパから追いだされたスパイどもが、大挙して日本に押し寄せ、ロシアの戦争技術を支える拠点になっているという。

ロシア軍がウクライナを侵略したとき、欧米各国は、ロシアが戦争遂行に必須な技術を盗み出さないよう、数百人のスパイを追放。追い出されたスパイの多くは日本にやって来て、ハイテク製品密輸の拠点を築いてしまった。ロシアのミサイルとドローンの90パーセントから日本製パーツが出て来るというのだから、在日ロシア・スパイの力量のほどがうかがえる。たとえば、5月にキーウの住宅を破壊し24人の死者を出したロシアの巡航ミサイルの残骸をしらべたところ、ミサイル誘導に日本の製品が使われていた。もちろん、ロシアへの輸出が禁止されている部品である。
ウクライナ政府は、プリント基板、送信機、半導体などロシアの兵器から見つかった日本製パーツの写真をつけて、「どうかロシアへの輸出を規制してください」と求める手紙を繰り返し日本政府に送った。2025年4月にはひと月に8通も送ったそうだが、その後もNEC、パナソニック、東芝などの部品があいかわらず使われていたという。
『ニューヨークタイムズ』の調査によると、ハイテク密輸ネットワークを構築したのは第20局と呼ばれる軍のスパイ機構であり、そのかなめの人物はマクシム・フィルチェンコフ。2024年にアエロフロートのスタッフとして東京にやって来た。『ニューヨークタイムズ』の記者はアエロフロート支社を3回訪問したが、フィルチェンコフに会うことはできなかったと書いている。
(ぼくらモスクワ特派員も、滅多に席にいない役人に対しては、かれの「本職」への敬意を表して、丁重につきあったものだ。外務省に決して電話に出ない日本語の達人がいた。エリツィン大統領が訪日したとき、ぼくも同行し、自宅に着いて、シャワーを浴びたところで電話のベルが鳴った。受話器を取ると、その「外交官=KGB将校」の声で「松浦さん。東京でお目にかかれますね」とのたもうではないか。久しぶりに東京の空気を吸い、ここではもうKGBの目は届かないぞと、ウキウキした気分になった瞬間に、ぴったりねらいを定めて電話してくるなんて、人をがっかりさせる見事な技倆!)
なぜ日本はアエロフロートの仮面をかぶったスパイを追放しなかったのだろう。外務省も警察も、日本に送り込まれたロシアのスパイを完全に把握しているはずだ。しかも、欧米は、日本政府にハイテク密輸ネットワークの情報を提供し、対策を取るよう求めていたという。スパイ追放は、日本の国益にならないという政治的判断だろうか?

もし本気で日本にいるスパイを取り締まろうとしたら、敵国の意図と戦略を探り出さなければならない。そのためには日本もスパイを送り込み、エージェントを獲得しなければならないだろう。だから「日本にもMI6を!」
いや、ちょっと待って。その前にスパイとはどんな人間か、良く知ってほしい。

リヒャルト・ゾルゲ

名誉を回復し切手になったゾルゲ

ぼくが付き合わされたKGB将校は、例外なく外国語を完璧に話し、頭がキレるだけでなく、教養がある。外国人をリクルートしてロシアのエージェントにするのが大切な任務なのだから、相手を喜ばせ、信頼させる人間的魅力を備えていなければ務まらない。どんな職業についても輝きそうな、優秀な連中ばかりだ。
なぜそんな有能な人間が、スパイなどという陰気な職業を選んだのだろう? 仕事の中味は秘密だから、家族にもしゃべれないし、友人に自慢することもできない。社会に評価されないうえ、もし失敗し、外国で捕えられても、祖国の政府は知らん顔。犯罪者として処刑されて終わりだ。
戦前の日本で、ソ連のためにスパイ活動をしたドイツ人ゾルゲが逮捕されたとき、スターリンは彼を見捨て、捕虜との交換などの取引に応じなかったため、ゾルゲは処刑された。それでも、さいわいなことに1961年、岸惠子の発案で『スパイゾルゲ/真珠湾前夜』が製作され、フルシチョフがこの映画に感動してソ連での上映を許可。ゾルゲは名誉回復して「ソ連邦英雄」になった。若きプーチンはこの映画を見て、スパイを志したとか。

ヘリコプターに向かうエリザベス女王とジェームズ・ボンド

2012年のロンドン・オリンピック開会式に、あっと驚く映像が披露された。一分の隙もなく正装したジェームズ・ボンドがバッキンガム宮殿に到着し、エリザベス女王の愛犬を従えて女王の執務室に入る。二人はヘリコプターに乗り、オリンピック会場の上空から、英国旗をあしらった大凧のような落下傘で会場に降下する、という映像だった。
16世紀にもう一人のエリザベス女王が、海賊の親分ドレークの船を訪れて、ナイトの称号を授けたのを思い出す。イギリス人は、冒険野郎が好きなのだ。ともあれ、イギリスではスパイは最上級の貴族的職業。女王陛下と並んで降下しても不釣合いでない。
とはいえ、ホンモノの英国スパイはジェームズ・ボンドとは大分様子が違う。(『007』シリーズの生みの親であるイアン・フレミングと、初代CIA長官アレン・ダレスは親友で、ダレスは『ロシアより愛をこめて』に登場する仕込みナイフ付きの靴が気に入って、CIAに試作させたとか。二人は協力してスパイの神話化に貢献したのである。)ラジオ・フランスはスパイを取り上げたシリーズ番組の中で、何人かMI6の元職員にインタビューし、スパイたちの意外な素顔を見せてくれる。

サー・リチャード・ディアラブ元秘密情報部長官

一人目は1999年から2004年までMI6秘密情報部長官を務めたサー・リチャード・ディアラブ。ケンブリッジ大学卒業後、外務省に入ろうかとも思ったが、当時憧れの的だった諜報機関を選び、ナイロビ、プラハ、パリなどで秘密工作員として活躍した。びっくりするのは、スパイのボスの退職後だ。ディアラブは、ケンブリッジの学寮長や副学長を歴任したのである。スパイというと、私たちはジェームズ・ボンドを連想してしまうので、ケンブリッジの副学長なんて想像しにくいけれど、ディアラブに言わせると、諜報も大学も高度の知的世界、昔から深いつながりがあるのだそうだ。

元スパイが多いのはケンブリッジだけではない。貴族院もスパイの再就職先だ。ポーリン・ネヴィル・ジョーンズ男爵夫人は諜報機関に在職中、合同情報委員会の議長をつとめたあと、内務省で治安・対テロリズム担当副大臣のポストにつく。そして、貴族院議員として政界入り。貴族院には、そこそこの数の元同僚(スパイ)がいるそうだ。

奇妙なことに、MI6もMI5も文字通り秘密組織であって、1994年まで政府はその存在を認めなかったし、当然どんな仕事をしたかの発表もない、カゲの組織だった。議会で、情報機関について質問されると、「女王陛下の政府は、この種の問題についてコメントする慣例はございません」と答えることになっていた。だから、一般国民はスパイ機関の仕事を何も知らないはずなのに、MI6にはアウラがある。映画やスパイ小説が作りあげたMI6神話のおかげで、冷戦のあいだ、諜報活動に身を捧げたいと志願する若者に事欠かなかった。

さて、その存在すら秘密にされる超エリート集団を想像してみよう。無謀な冒険に打って出たり、間違った情報をまきちらしたり、国をあやうくする危険はないのだろうか?
ディアラブ元長官は、MI6の独断専行を防ぐための仕組みを説明してくれる。

情報活動、とりわけMI6について理解するうえで根本的なことは、国の委任を受けて動くのであり、委任なしに勝手に動かないという点です。20世紀を通じて私たちは、要求制Requirement Systemと呼ぶやり方を育ててきました。どんな情報が必要かを決めるのは、情報を利用する側だという原則です。具体的には、首相直属の委員会によって、必要な情報が明文化され、MI6はこの文書にしたがって作業を分担します。もし諜報機関が自分たちで情報収集のプライオリティを決めるようになると、政治的コントロールがきかなくなるからです。(ラジオ・フランスのポッドキャスト『スパイの貴族階級:英国』)

満州で関東軍が勝手に武力行動を企み、日本を戦争に引きずり込んだみたいな悲劇が起こらないために、イギリスも知恵をしぼったわけだ。でも「決定しない」諜報機関というルール、本当に守れるのだろうか?

スパイが愛されるイギリスとはいえ、国内の団体にスパイが潜り込むのは話が別だ。敵国の秘密を盗み出すスパイは命がけのヒーローだが、自分の国の団体に潜り込んで彼らの動静を報告するスパイには、たとえバレたところで何のリスクもない。2011年に、マーク・ストーンという偽名を使って環境保護団体に潜入していた警察官の正体(マーク・ケネディ)が暴露され、衝撃を与えた。情報を得るために、(上司の承認を得て)活動家の女性を多数「愛人」にするなど、007流の諜報テクニックも駆使。
マーク・ケネディの工作が暴露されたのをきっかけに、1960年代から、さまざまの団体に数十人のスパイが潜入してきた実態が明るみに出た。

ところで、あらかたの個人情報がサイバー空間に流出しているのに、まだ古典的スパイの出番があるのだろうか? おそらく98パーセントの情報は、サイバー空間から得られても、一番重要な2パーセントは、人間が危険を冒してもぎ取らないかぎり、隠されている。
諜報にとっての究極の「秘宝」、それは敵の意図だ。「なぜ?」「何のために?」は、人間からじかに聞き出さないとわからない。敵国が国境付近に50台の戦車を集結したとしよう。衛星写真、将校同士の連絡の傍受などいくら情報を集めても、その戦車で何をするつもりなのか――侵略するのか、脅しなのか――彼らの意図はわからない。命令する人間から盗み出すしかないのである。
ボスニアのセルビア人指導者カラジッチのボディーガードはフランスのエージェントだったので、カラジッチが何をするかは見え見えだった。
プーチンの側近の中から情報提供者をリクルートできれば、大事な会話に電話は使われないのだから、どんな高度な盗聴技術によっても得られない情報を得られるだろう。

アラン・シュエ元治安情報局長

ではどうやって情報提供者を獲得するのか?
フランスの元スパイは、よい友だちになることだという。困ったことが起こったら、まっさきに相談したくなるような、こころの友になる。さもなければ、いつでもテニスの相手をしてくれる便利な友だち……

情報を得られそうな相手を見定めたら、どうやって彼に近づくか、ここが微妙なところです。彼の子供が通っている学校に、自分の知合いの子も通っていないか? 彼の所属クラブは? ブリッジ? チェス? テニス? バッハをむやみに聴きたがらないか? この男について、さらにできる限りの情報を集めます。何か弱みはないか? アル中? 薬物中毒? こんな風にして彼の人物像が一まとめになったら、その中から彼にアプローチするのに一番良いのを選びます。そこまでたどり着くのに数ヶ月、時には数年かかることもあります。(ラジオ・フランスの番組『DGSE:フランス対外治安総局 諜報の舞台裏』から、アラン・シュエ元治安情報局長のインタビュー)

振りかえってみると、ぼくがモスクワに赴任し、引越し荷物が着いたとき、トイレットペーパー3年分、米、本など段ボールの山に圧倒され、女中さん(監視役だから、雇うことが義務だった。)に、2000枚のレコードを「取りあえず棚に並べてください」と頼んだ。するとモンテヴェルディからはじめて、生まれた順にバルトーク、シェーンベルクまで正確に並んでいた。KGBは音楽のわかる女中をよこしたのだ!
ぼくの趣味をどうやって探ったのだろう? そういえば、ぼくのモスクワ赴任が決まってしばらくすると、いつもの散歩コースの公園で話しかけてくる男がいた。ジャーナリストだという。何度か公園で出会い、楽しくおしゃべりし、あるとき、「ご出発前にぜひわが家で夕食を」と招待され、奥様の豪華な料理をご馳走になった。KGBは日本にも人好きのする知識人エージェントをかかえているのだ。彼らからの報告をもとに、どんな女中、どんな秘書、どんな運転手を用意して特派員を迎え入れ、洗脳し、とりこむか、事前に作戦を練るのだろう。

そういえば、着任後すぐ取材レポートしたとき、助けてくれたモスクワ放送のコーディネーターはカトリック信者だった。ぼくが「教会に行く」と報告したのも、あの愛想の良い「ジャーナリスト」だろうか?
何度も取材を手伝ってくれた正教会の合唱指揮者は、ガンで亡くなる前に、「私たちは外国人と仕事したければ、いやでもKGBと契約を結ばなければなりません」と、深刻な顔で言った。本当は「KGBから使命を託されて、君に接近した。あざむいて申し訳ない」と、告白したかったのだろう。あんな情熱家を送り込んでくれたKGBに感謝しなくては。これも、東京でぼくのプライバシーを探った日本人エージェントの報告が正確だったおかげかもしれない。

スパイとは、国のために人をあざむき、誘惑し、法を破って、秘密を盗む行為だ。その偽りの毒が、じわじわと社会を濁らせる。
とはいえ、国と国の「友好」とか「信頼」が、死語になりつつある国際社会、この乱世をスパイなしに生きのびることができるのか? 第一次大戦前夜に似てきたともいわれる今の世界。子、孫たちの命が奪われないよう、狡知をめぐらしてでも、戦争に巻きこまれないためには……

(2026/8/15)