6月の2公演短評|大河内文恵
6月の2公演短評
♪サリクス・カンマーコア第11回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol. 2 ~オルガヌム、ビチニウムの世界~
♪エクス・ノーヴォvol.23 スターバト・マーテル 悲しみの聖母 シリーズ1
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
サリクス・カンマーコア第11回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol. 2 ~オルガヌム、ビチニウムの世界~ 
2026年5月17日(日)@大森福興教会→曲目・演奏
5月17日に大森福興教会、5月22日に日本福音ルーテル東京教会での2回の公演のうち、大森福興教会の方に行った。会場に入ると、中央のマイク(おそらく録音用)を取り囲むように演奏者用の椅子が置かれ、その周りの四方に客席が設えられていた。
昨年6月に衝撃を受けたモノフォニー→ポリフォニーのシリーズの第2回。今回は2声の演奏であることが前回予告されていたが、プログラムの前半では、「主の昇天の祝日のミサ」がミサの式次第に則ってモノフォニーで歌われた。主の昇天の祝日というのは、復活から40日目を祝うもので、日本では当日ではなくそのすぐ後の日曜日である復活節第7主日におこなわれ、今年は5月17日にあたる。
モノフォニーではあるが、ところどころに装飾が施されている。その装飾がどことなくインド音楽や密教を思わせるもので、もしかしてこれはお経なのか?と途中から思い始めた。仏教のお経は内容を知らずに聞いていると「音」としてしか聞こえないが、意味を知ると言葉として耳に入ってきて、ただの音響ではなくなる。もしかして、グレゴリオ聖歌もこれと同じなのではないか。今回はすべてモノフォニーで歌われているので、歌われる部分と唱えられる部分との差が小さい。歌われる部分が多声でないからだ。これまで通常文の歌われる箇所は歌詞内容ではなく、「音楽」として聴いていたのだなと実感した。
後半は2声のオルガヌムから。同じ歌詞をウィンチェスター・トロープス集のものとフィレンツェ写本のもので聴く。ウィンチェスター・トロープス集の方はいかにもオルガヌムという形で2声が進んでいく。音楽史では平行オルガヌムから自由オルガヌムに移行していくと習うが、彼らの歌を聴いていると、平行オルガヌムのほうが自由オルガヌムよりも単純でプリミティブだとは言えないのではないかと思えてきた。一方、フィレンツェ写本のほうではディスカント部分、すなわち2つの声部が同じリズム(モーダル・リズム)で動いていく部分に心を動かされた。アレルヤ〈キリストは高く昇られ〉は、たった2声なのにこんなに多彩なのかと目を開かされる思いだった。
後半の後半は、4声作品中の2声で作曲された部分を、元となる旋律とともに取り上げるというプログラムだった。これらの曲が元の全曲のなかで聴いたら、声部が減ってシンプルになったと感じるだろうが、こうして2声の部分だけを並べて聴くとじつに多彩で、本当にこれは2声だけなのだろうか?と思えてくる。そのなかで、23曲目の単旋律歌「ロム・アルメ」の勇ましさに驚いた。普段、ミサ曲になったものばかり聴いていて、元の曲がこんなに勇壮な曲だとは想像していなかった。後世の私たちにとって、ミサ曲に用いられた元の旋律は、ミサ曲の元曲として後付けのように知ることが多いが、当時の人はその旋律を先に知っていたはずで、その記憶を前提に聴けばミサ曲の聞こえ方も違うだろうと想像される。
アンコールでは、2声から始まって途中から3声になる曲が歌われ、次回が3声であることが予告された。次はどんな世界が待っているのか、今からワクワクする。
エクス・ノーヴォvol. 23 スターバト・マーテル 悲しみの聖母 シリーズ1
2026年5月23日(土)@HAKUJU HALL→曲目・演奏
昨年、モンテヴェルディ《倫理的・宗教的な森》全曲シリーズを完結させたエクス・ノーヴォが新たに開始したスターバト・マーテル 悲しみの聖母 シリーズの第1回である。スターバト・マーテルといえば、ペルゴレージが作曲したものがあまりにも有名で、近年では1パート1人で歌われることが増えてきたものの、少し前までは女声合唱の主要レパートリーとして君臨してきた。この歌詞には多くの作曲家が曲付けをおこなっているが、ロマン派以降(ロッシーニやドヴォルザークなど)を別として、18世紀までの作品でペルゴレージ以外の作曲家によるものが演奏されることはめったにない。
今回ペルゴレージとともに取り上げられたのは、アントニオ・マリア・ボノンチーニの作品である。ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」の元曲の作曲者として知られるジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニを兄に持つアントニオ・マリアは、ウィーン宮廷に仕えるなど作曲家として活躍した後、故郷モデナの宮廷楽長となった。
コンサートはボノンチーニのリタニアから始まる。演奏するにあたっては、チェコの博物館に所蔵されている手稿譜(パート譜)を取り寄せ、スコア(総譜)に起こしたという。録音や映像はもちろん、近年の演奏記録も見当たらないこの作品の復活蘇演になったかもしれない本日の演奏は、福島による曲目解説にあるように「いずれの曲を取ってみても、曲想の意図やイメージが明確」で、全9曲それぞれに合唱・二重唱・独唱といったさまざまな編成が駆使されている。先唱者と会衆との応答の形をとるリタニアの原型は「われらのために祈ってください」という歌詞が繰り返されることにも現れているが、それが決して単調な繰り返しになっておらず、ボノンチーニの音楽的アイデアの多彩さを如実に示していた。
ペルゴレージのスターバト・マーテルは阿部と村松の二人で歌われた。始まった直後は、二人とも音量をかなりしぼっていて器楽に埋もれがちであったため、楽器の人数を減らしたほうがよかったのでは?と思った。しかし、徐々に歌の力が増してくるとバランスが取れ、むしろ小さな編成で演奏される時よりも、実は器楽部分の重要性が高いことに気づかされた。第13連の器楽の音のぶつかりは、この編成ならではである。1パート1人ではここまで劇的に響かないし、大人数だと濁り過ぎてここまで音のぶつかりを強調できない。
御子を失う聖母マリアの悲しみをマリアの視点ではなく、それに寄り添う第三の視点から描いたスターバト・マーテルの歌詞は、聴く者やその時の聴き手の状況によってさまざまな感情を起こさせる。今回は第6連の「だれが憂えずにいられようか」のところで、いま戦場になっている土地で苦しむ母子が脳裏に浮かんだ。
ボノンチーニのスターバト・マーテルは合唱と各パートのソロで構成されていることもあり、オラトリオに近いように感じた。スターバト・マーテルは使われる歌詞は同じでも、作曲家によって区切る箇所は異なっている。聞きなれたペルゴレージのものと違う区切りによって、これまで気づかなかった歌詞がクローズアップされる。ボノンチーニでは13連以降はすべて1連ずつ区切られており、1曲1曲が独立した結果、盛り上がりが作られている。第12連ではヴァイオリンの超絶技巧が冴えわたり、最後の20連では後半の「天の楽園の栄光が」の部分が壮大なフーガになっていて、20連全体がしんみりと静かに終わるペルゴレージとは対照的であった。
ボノンチーニのスターバト・マーテルは日本初演とのこと。現代譜が出版されておらず、今回はボローニャの図書館から手稿譜を取り寄せ、演奏譜を作成したという。素晴らしい作品のためにはこうした手間を厭わない福島の姿勢に頭が下がる。と同時に、ただ珍しい作品を演奏するというのではなく、その作品を隈なく見通した演奏解釈を提示してみせるのがEx Novoの矜持である。次回はボッケリーニとダストルガのスターバト・マーテルを取り上げるという。首を長くして楽しみに待とう。
(2026/6/15)
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サリクス・カンマーコア第11回定期演奏会 モノフォニー→ポリフォニー vol. 2 ~オルガヌム、ビチニウムの世界~
2026年5月17日(日)@大森福興教会
出演:
サリクス・カンマーコア
秋元由梨 大村燎平 金沢青児 金成佳枝
上村誠一 鏑木綾 小藤洋平 小林恵
櫻井元希 佐藤拓 鈴木隆介 徳田裕佳
西谷奈菜 松井永太郎 柳嶋耕太 渡辺研一郎
曲目:
主の昇天の祝日のミサ
1. 入祭唱 2. キリエ 3. グロリア 4. 集祷文 5. 使徒書朗読 6. アレルヤ唱I 7. アレルヤ唱II 8. 福音書朗読 9. クレド 10. 奉献唱 11. 叙唱 12. サンクトゥス 13. 主の祈り 14. アニュス・デイ 15. 聖体拝領唱 16. 聖体拝領後の祈り 17. 終祭唱
~休憩~
2声のオルガヌム
ウィンチェスター・トロープス集
18. アレルヤ〈善き人は喜び〉
19. アレルヤ〈キリストは高く昇られ〉
フィレンツェ写本
20. アレルヤ〈善き人は喜び〉
21. アレルヤ〈キリストは高く昇られ〉
ビチニウム〈二重唱〉
22. ヨハネス・オケゲム:ミサ〈プロラツィオーヌム〉より ベネディクトゥス
23. 単旋聖歌「ロム・アルメ」
24. ヨハネス・レジス:ミサ〈ロム・アルメ〉より ベネディクトゥス
25. グレゴリオ聖歌「めでたし天の元后」
26. ギョーム・デュファイ:ミサ〈めでたし天の元后〉より ベネディクトゥス
27. グレゴリオ聖歌「パンジェ・リングワ」
28. ジョスカン・デ・プレ:ミサ〈パンジェ・リングワ〉より ベネディクトゥス
29. グレゴリオ聖歌「贖い主を育てた母」
30. ジャン・ムトン:ミサ〈贖い主を育てた母〉より ベネディクトゥス
~アンコール~
オケゲム:第5旋法のミサより
エクス・ノーヴォvol.23 スターバト・マーテル 悲しみの聖母 シリーズ1
2026年5月23日(土)@HAKUJU HALL
出演:
古楽アンサンブル エクス・ノーヴォ
福島康晴(指揮)
ソプラノ:阿部早希子 岡崎陽香 小川美羽
アルト:木下泰子 新田壮人 村松稔之
テノール:鏡貴之 前田啓光 山中志月
バス:金子慧一 目黒知史 薮内俊弥
第1ヴァイオリン:池田梨枝子 宮崎蓉子
第2ヴァイオリン:廣海史帆 高橋亜季
ヴィオラ:伴野剛 中島由布良
チェロ:懸田貴嗣 高橋麻理子
ヴィオローネ:櫻井茂
オルガン:新妻由加
曲目:
アントニオ・マリア・ボノンチーニ:リタニア~聖マリアの連祷~
~休憩~
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ:スターバト・マーテル~悲しみの聖母~
~休憩~
A.M. ボノンチーニ:スターバト・マーテル~悲しみの聖母~
