《トリコロール》と《時之會》|能登原由美
♪若手作曲家による新作工房プロジェクト トリコロール
2016年11月3日 京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
♪時之會 第壱回演奏会 尾形光琳没後300年・伊藤若冲生誕300年記念
2016年11月10日 京都芸術センター フリースペース
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
♪若手作曲家による新作工房プロジェクト トリコロール
Photos by 大澤正/写真提供:京都コンサートホール
<演奏>
ソプラノ・サクソフォン:井上ハルカ(1)
ピアノ:安田結衣子(2)
指揮:伊東恵司(3)
十七絃箏唄:中川佳代子(3)
バリトン:池田真己(3)
メゾソプラノ:中坂文香(3)
合唱:みやこ・キッズ・ハーモニー、合唱団「葡萄の樹」(3)
演出:二口大学(3)
シンセサイザー、ヴィブラフォン、打楽器:山本祐介(4)
<曲目>
坂田直樹作曲:チルトシフト〜ソプラノ・サクソフォン・ソロのために〜(1)
坂田直樹作曲:アフターイメージズ(様々な残像)II〜ピアノ・ソロのための〜(2)
増田真結作曲:歌と語りのためのシアターピース《戻り橋》(3)
山本祐介作曲:緑のながれ(4)
山本祐介作曲:シンセサイザーとヴィブラフォンの即興(4)
山本祐介作曲:ヴィブラフォンと3種の素材の為の小品(4)
11月に入り、関西にゆかりのある作曲家の新作発表展が相次いで行なわれた。そのうち、若手作曲家の作品に興味を覚えた2つの公演を取り上げたい。
1つ目は京都コンサートホールが手がけた「若手作曲家による新作工房プロジェクト トリコロール」。「トリコロール」というタイトルが示すようにテーマは「3」で、3名の若手作曲家に各自30分ずつの持ち時間を与えて作品を発表してもらうという企画。もちろん、「3」は作曲家にお題として与えられている。
テーマをもっとも楽しんでいたと思われるのは山本祐介。旧作を含む3つの作品を用意するとともに、本公演のための新作《ヴィブラフォンと3種の素材の為の小品》では、「打楽器の三大素材」となる木、金属、皮の3つの素材を使用。さらに、拍子やフレーズなど「3」を作品のあちこちに潜ませた。だがもっとも筆者を魅了したのは、打楽器奏者としてキャリアをスタートさせた山本自身によるその演奏。呼吸や「間」の部分さえも貫く独特のリズム感。それぬきでは作品もそこまで生きてこなかったかもしれない。
「音による空間的表現」に関心があるという坂田直樹の場合、「三次元」という視点で「3」というテーマに応答。ただし、カメラの撮影方法をヒントに奥行きを追求した《チルトシフト》にせよ、網膜の残像現象をピアノで捉えようとした《アフターイメージズ》にせよ、こうしたコンセプトを作品から掴みとるのは容易ではなく、むしろ音の連なりやそれによって生じるエネルギーの推移を、言うなれば「二次元的に」楽しんだ。
30分を1曲のためにフルに使用したのが増田真結。いや、正確にいえば30分では収まりきれず、全3段からなる作品のうち「弐の段」と「参の段」のみを上演した。日本古来の音楽にも関心をもち、東西の「あわい」の世界を追求してきた増田の場合、ここでは西洋音楽と日本音楽の(「融合」ではなく)「併存」を試みる。さらに、西洋声楽としての「歌」と邦楽的な「唄」の併置に「詩」を仲介させた、3つの「うた」に焦点を当てることでテーマに応じた。その結果、総上演時間が1時間にもなるという大作が誕生。ただしこの度の公演では、全体を上演できなかったこともあり、彼女の意図するところがうまく見えてこなかったのが残念だ。
♪時之會 第壱回演奏会 尾形光琳没後300年・伊藤若冲生誕300年記念
Photo by 岡本伸介
<演奏>
L’ensmble du Temps
バスーン:中川日出鷹(1)
フルート:森本英希(2)、若林かをり(2)、(6)
チェロ:山根風仁(3)
ギター音源:山田岳(4)
エレクトロニクス:有馬純寿(4)
指揮:中村典子(1)、松岡貴史(2)、前田克治(3)、松本直祐樹(4)、南川弥生(5)、若林千春(6)
<曲目>
中村典子作曲:暁環(1)
松岡みち子作曲:キャロル(2)
前田克治作曲:エピタフ(3)
松本直祐樹作曲:語られたもの、語るもの(4)
南川弥生作曲:波の呼吸(5)
若林千春作曲:木霊…凍れる華〜フルートとオーケストラのために〜(6)
さて、もう一つの公演は、京都ゆかりの2人の絵師、伊藤若冲と尾形光琳の生没300年記念をうたった「時之會」。3年前のプレ公演に続いて二回目の公演となる。その主旨は、「時之會」という名称にもあるように、300年もの時を隔てて今なお息衝く先達へのオマージュといったところだろうか。古都で展開される現代音楽ならではの発想といえるかもしれない。ただし、披露された6人の作曲家の作品を見る限り、若冲や光琳というより、「時」あるいは「時の流れ」を意識した作品が目についた。
紙幅もあるためここでは心に残った作品を一つだけ挙げたい。前田克治の《エピタフ》である。東日本大震災の5周年追悼公演で初演された独奏チェロのための作品を、弦・打楽器群を加えて改作したものだ。かすかに鳴り響く弦・打楽器群と独奏チェロの小さな唸り声。ほとんど変化のない静かな音の波に、石塊を擦る音が時折裂け目を入れる。墓碑、あるいは大地の浸食を思わせるかのようだ。メッセージらしきものはほとんどない。けれども、見えない変化の中で、かすかに、だが確実に変容し続ける音響に浸っていると、時の経過を意識せざるを得なくなる。ただしそれは永遠に続くかのようだ。5年前のあの日と、そこから今に、そして未来に続いていくであろう時の流れを感じた瞬間であった。
———————————————————————-
能登原由美( Yumi Notohara)
広島大学大学院教育学研究科博士課程後期修了。16世紀後半のイングランドの楽譜出版活動に関する研究で博士号(学術)を取得。その後、「ヒロシマ」に関わる音楽作品の研究にも取り組むとともに、コンサートの企画・運営や、新聞・雑誌などに連載、演奏会批評を執筆。著書に『「ヒロシマ」が鳴り響くとき』(春秋社、2015年)。現在、大阪音楽大学非常勤講師、音楽クリティッククラブ会員。