注目の1枚|松平敬『オトコト OTO=KOTO』|齋藤俊夫
ALM RECORDS/コジマ録音
ALCD-137,138
Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
<演奏> →foreign language
バリトン・声:松平敬
ピアノ:中川俊郎(CD1:2/CD2:1-3,4,7-10)
ピアノ:篠田昌伸(CD1:1,6,7-8/CD2:5,6)
声:工藤あかね(CD1:2,5)
<曲目>
CD1
1:松平頼暁:『イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア』(1980/2005)
2:西村朗:『猫町』[詞:萩原朔太郎](2015)
3:山本和智:『アンダンテ・オッセシーヴォ』(2020)
4:高橋悠治:『母韻』[詩:藤井貞和](2001)
5:鈴木治行:『口々の言葉』(2016)
6:福士則夫:『それなあに?』[詞:福士則夫](2018)
7:中ザワヒデキ:歌曲『順序』第一番[詩:松井茂](2006)
8:[付録]中ザワヒデキ:歌曲『順序』第一番(ピアノ・パート)(2006)
CD2
新実徳英:『魂舞ひ』(2022)
1:[詞:明恵上人/空海上人]
2:[詞:万葉集]
3:[詞:恩納ナベ/石垣島の毛遊び/おもろさうし]
4:中川俊郎:『マタイによる福音書第7章3-5節』(2023)
5:稲盛安太己:『ワルツをひとりで口ずさむ』(2019)
6:篠田昌伸:『すみだがわ』[詩:廿楽順治](2007)
佐藤聰明:歌曲集『死にゆく若者への挽歌』(2005-2020)
7:『死にゆく若者への挽歌』[詩:ウィルフレッド・オーエン]
8:『凶器と少年』[詩:ウィルフレッド・オーエン]
9:『草』[詩:カール・サンドバーグ]
10:『今日は死ぬのにとてもいい』[詩:ナンシー・ウッド]
人類のために奇人は居る・要る。奇人、それは時局におもねって体裁を変え整えることなく、ストイックに自分の信念のままに道を切り拓く者のことである。これまでの人類とその芸術の進歩発展は奇人が担ってきたと言っても過言でもない。およそ想像できるあらゆる奇想を導く奇人作曲家たちの信念が、およそ想像できるあらゆる奇想を実現する奇人歌手松平敬のイマジネーションに通じたとき本CD『オトコト』は完成した。
CD1枚目、論理的奇想の巨匠・松平頼暁『イッツ・ゴナ・ビー・ア・ハードコア』の人声とアコースティック楽器によるテクノポップのような無機質な楽想にまず痺れる。ピアノ2台と人声が別々のポリリズムを刻み、人声で”It’s gonna be a hardcore!”という台詞が延々と反復されてその意味が剥奪されていく中に突然意味のある”What time is it now?”等の台詞が挿入されて脳内で〈音〉と〈意味〉が撹乱される。
西村朗の萩原朔太郎を詞とした『猫町』は表現主義的な悪夢の中に惑う歌。「自らの頭脳と精神が最終崩壊するような予感が鋭く迫りくる」という西村のライナーノーツの通り、松平の圧倒的な声量・音圧に呑まれるような体験を味わう。
余談に近いが、本CDブックレットには”In memory of Yori-aki Matsudaira and Akira Nishimura.”の一文が記されている。
電子音響を伴った山本和智『アンダンテ・オッセシーヴォ』は伝統的前衛派電子音楽の趣きながら、21世紀も20年を過ぎた時代の垢抜けた様相はいっそ爽やかですらある。「テツ/キン/コン/クリート」の4音節が耳を吹き抜ける。
高橋悠治『母韻』、母韻だけの老母の歌と、行方不明の子音を求める身振りと歌が交互に現れる。聲明や長唄を極端に引き伸ばしたかのような母韻の曲線が始めは可笑しく、やがてこれは只物ではないと感じられてくる。「海のいろは青、「うみのいろはあお」 ゆびのむこうに、まっさおな、空間のひろがり」で終わった時にこちらも空間の広がりを感じる。
鈴木治行『口々の言葉』の鈴木の「反復もの」シリーズならではの記憶と認知作用の錯視的聴覚体験は形容し難い。思わず思わこのCD評評も思わ鈴木の真似をしたああああくるるるくなるるるる。
福士則夫『それなあに?』は子供向けのなぞなぞ遊びの歌。本CDの激しい奇想の嵐の中にある箸休め的音楽の遊びに心安らぐ。だが合奏のエクリチュールの完璧さに唸る。
中ザワヒデキ『順序第一番』は松井茂の数字の漢字のみで書かれた「方法詩」を用いて、音楽から人間性を一度リセットした空白状態から音楽的秩序を組み上げる奇曲。人間なんて音楽には、いらない?
CD2枚目の新実徳英『魂舞ひ』は明恵上人、空海上人、万葉集、おもろさうしなどに材を取った非常に〈人間的な〉歌曲で、1枚目の中ザワヒデキ作品で遠くに行ってしまった人間性を呼び戻すかのような気がする。だが人間性とはかくも漲るような怨の籠もったものであったか。
日本・東洋の新実作品から西洋へと飛んでの中川俊郎『マタイによる福音書第7章3-5節』もまた洋の東西の違いはあれど〈人間的〉〈宗教的〉な、遊びではなく実存的な投企としての音楽。聴いていて何かを強く問われている気がする。
稲森安太己『ワルツをひとりで口ずさむ』は空トボケているようで懐に刃を忍ばせているワルツの奇品。聴いていて妙に心の座りが悪いワルツ。
篠田昌伸『すみだがわ』はユーモアとペーソスが鬼気迫って押し寄せるという逆説的音楽。ひらがなで書かれた歌詞の通り、声がひらがなで聴こえる歌唱力はさすが松平。
CD最後の大作、佐藤聰明『死にゆく若者への挽歌』は全編に渡って死を想い続ける音楽的ヴァニタス・シンボル。「どんな弔いの鐘があるというのか 家畜のように死にゆく者たちに」「さあ君にこの銃剣を触らせてやろう」「高く積み上げよ アウステルリッツの死体と ワーテルローの死体を」と戦争での無意味な死を歌い上げ、最終曲「今日は死ぬのにとてもいい」で「わたしの家は 笑いに満ち 子供たちは みな戻ってきた」と安らぎの中で死へと身を委ねる。
人類が育ててきた文明とその文化が地球ごと終着点に落下しそうな今だからこそ、このような〈真剣な奇想〉による芸術の想像力を人類を救う力として信じてみたい、そんな意思に満ちたCDアルバムだ。
(2024/2/15)
<players>
Baritone&Voice: Takashi Matsudaira
Piano: Toshio Nakagawa CD1:2/CD2:1-3,4,7-10
Piano: Masanobu Shinoda CD1:1,6,7-8/CD2:5,6
Voice: Akane Kudo CD1: 2,5
<pieces>
CD1
1:Yori-aki Matsudaira: It’s gonna be a hardcore!
2:Akira Nishimura: Cat town [Words: Sakutaro Hagiwara]
3:Kazutomo Yamamoto: Andante ossessivo
4:Yuji Takahashi: Bo-in [Words: Sadakazu Fujii]
5:Haruyuki Suzuki: Mouth and Words
6:Norio Fukushi: What is it? [Words: Norio Fukushi]
7:Hideki Nakazawa: Song “Order”No.1 [Words: Shigeru Matsui]
8:[Appendix] Hideki Nakazawa: Song “Order” On.1(Piano Part)
CD2
Tokuhide Niimi: Tama-mai
1:[Words:Myōe/Kūkai]
2: [Words:Man’yōshū]
3:[Words:Onna Nabe/ Ishigaki-jima Mōashibī/Omoro Sōshi]
4:Toshio Nakagawa: Evangelium Secundum Matteum 7:3-5
5:Yasutaki Inamori: Waltz, singing to myself
6:Masanobu Shinoda: Sumida River [Words: Junji Tsuzura]
Somei Satoh: Anthem for Doomed Youth
7:Anthem for Doomed Youth[Words: Wilfred Owen]
8:Arms and the Boy[Words: Wilfred Owen
9:Grass [Words: Carl Sandburg]
10:Today is a very good day to die [Words: Nancy Wood]