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Pick Up (2024/12/15)|フランツ・シュミット生誕150周年記念コンサート|能登原由美

フランツ・シュミット生誕150周年記念コンサート

Text by 能登原由美
写真提供:國重裕

ドイツの作曲家、フランツ・シュミット(1874~1939)が生まれてから150年。同じ年に生まれたシェーンベルクについては記念行事や上演が方々で行われているのに対し、こちらはほぼ何もない。アニバーサル・イヤーである今年さえ、である。だからコンサートを企画した、というのは音楽関係者ではなく、ドイツ文学研究者の國重裕氏。確かに、交響曲こそ演奏される機会はあるものの、そのほかの作品についてはあまり馴染みがない。ましてや、この作曲家の室内楽に特化した演奏会というのは稀なのではないか。歴史的建造物としても知られる京都文化博物館内のこぢんまりとした空間に、おそらく100名にも満たないと思われる聴衆が集まった。いや、数は関係ない。大作曲家の陰に隠れたままの彼の存在を確かめるべく、会場まで足を運んだ人たちのボルテージは実に高かった。終始ピリリとした熱気に包まれていたのだから。

実際、その生涯についてもまだそれほど明らかにされていないようだ。企画した國氏によるプログラムノートは、シュミットに関する唯一の論考をもとにしているとのこと。ゆえに、この作曲家のことをほとんど知らない筆者にとっては大いに参考になった。もちろん、それ以上に関心があったのはやはり、この日演奏される2つの作品と、そこから見えてくるシュミットの音楽だけれども。

前半は《弦楽四重奏曲第2番ト長調》。「ト長調」という表示に加え、ソナタ形式などの伝統的形式に基づいている。…と、形は明確なはずなのだが、調性ばかりか旋律やリズム、拍についても絶えずぼやかされていて捉えどころがない。輪郭も中心もはっきりしないまま、さまざまな色が混じり合い、溶け合いながら絶えず流動変転していくよう。固体というより液体のようなぬるりとした触感だ。新鮮ではあるが、筆者には「冷たく」感じられもした。ただし、第3楽章に入って民謡調の節が表れたことで、幾分弾みが出てきた。それをもとに奏者の息がまとまり、徐々に熱を帯び始める。そうなればこちらもつい身を乗り出してしまう。だが、それも束の間。終楽章では冒頭からフーガで進行していくこともあり、まさに追いかけても捕まらない、するりとかわされてしまうような感覚が舞い戻ってきた。ユニゾンになってもどこか掴みきれない。そして突然の了。呆気に取られてしまった。

打って変わって、後半の《ピアノ五重奏曲ト長調》は実に馴染みやすい。同じ「ト長調」。その爽快さが存分に堪能できる。何よりも、冒頭の主題からして茶目っ気のある、どこか民族的な色合いをもつ(國氏曰く、「ハンガリー語のアクセント風?」とのこと)。続いて現れるモチーフのいずれも像が明確で、曖昧模糊としていた前曲に比べると耳奥に残るのだ。第2楽章も子守唄のようなメロディラインで安らぎを感じさせる。もちろん、筆者自身がこの種の音楽に慣れているということなのだろう。けれども、奏者の側もその感覚は同じだったのではないか。というのも、終楽章は軽やかなステップのごとき主題が対位法的テクスチュアで展開されることもあり、声部間のやり取りが弾き手のエネルギーをグイグイと引き出していくのだ。前曲の時とは大きく違う点だ。その熱量が伝わってくることでこちらの体もヒートアップ。おそらくここにいる観客皆がそうであったに違いない。誰もが前のめりになっていたのだから。その相互作用がさらに大きな空気のうねりを生み出していく。最後の一音を弾き終えた途端、会場全体が大きな拍手の渦に。前半の冷たさはどこへやら。なんとホットな音楽なのだろう。

なお、プログラム・ノートによれば、本作は第一次世界大戦で右手を失ったピアニスト、パウル・ヴィトゲンシュタインの委嘱によるものだそうで、ピアノ・パートはもともと左手のために書かれたものだったらしい。入手できたスコアがFriedrich Wuhrerによる両手への編曲版だったとのことだ。この作曲家の演奏需要が十分ではないことの証左といえよう。いずれは作曲家の構想した左手のみによるヴァージョンでの演奏を聞きたいものだ。

それにしても、物珍しさもあって足を運んだ演奏会で、ここまで楽しめるとは思わなかった。もちろん、2つの対照的な楽曲を聴くことでシュミットの一面を知ることができたのは良かったが、それ以上に、作品が奏者を乗せ、奏者が観客を乗せていくという、生でしか味わえない音楽体験の醍醐味をたっぷり味わえたのは想定外であった。改めて、こうした貴重な機会を提供してくれた企画者と出演者に賛辞を送りたい。

(2024/12/15)


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フランツ・シュミット生誕150周年記念コンサート 

2024年11月20日 京都文化博物館別館ホール

〈出演〉 

フランツ・シュミット祝祭弦楽四重奏団
 第1ヴァイオリン 堀江恵太
 第2ヴァイオリン 西村彩
 ヴィオラ     四家絵㮈
 チェロ      大谷雄一
ピアノ 原由莉子 

〈曲目〉
 弦楽四重奏曲第2番ト長調
 ピアノ五重奏曲ト長調