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注目の1枚|ピアノ・チェンバロ:大瀧拓哉 フレデリック・ジェフスキ『「不屈の民」変奏曲』『ノース・アメリカン・バラード』|齋藤俊夫

ピアノ・チェンバロ:大瀧拓哉
フレデリック・ジェフスキ『「不屈の民」変奏曲』『ノース・アメリカン・バラード』

ALM RECORDS/有限会社コジマ録音
ALM-141,142
11月7日発売

Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

<演奏者>        →foreign language
ピアノ・チェンバロ(*):大瀧拓哉
<作品>
フレデリック・ジェフスキ(1938-2021)
Disc I
『「不屈の民」変奏曲』(1975)
Disc II
『ノース・アメリカン・バラード』(1978-1980)
 第1番「恐ろしい記憶」
 第2番「お前はどちら側の人間だ?」
 第3番「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド(川岸を下って)」
 第4番「ウィンズボロ綿工場のブルース」
 第5番「終身刑の男はやり切れない」
 第6番「ハウスワイフの嘆き」(*)

フレデリック・ジェフスキ『「不屈の民」変奏曲』は基礎教養として一応CDを買って聴いてはいた。だが、今回改めてこの大瀧拓哉盤でジェフスキ作品を本腰を入れて聴いてみて驚愕した。いくらでも掘り下げられる音楽的深みを持ち、音楽だけが描きうる理想の世界像が映し出されているではないか。

まず、ジェフスキの擬古典主義的とも言える譜面について。この2枚組CD収録作品は皆技巧的に難しいものだが、トーン・クラスターや口笛などの一部を除いてほぼ全部が古典的な五線紙に音符と通常使われる記号だけの整った譜面で書かれている。ここにジェフスキの、ヨーロッパ前衛・アメリカ実験音楽の両者が陥ってしまった一種の選良志向から自らを引き離す姿勢を見て取ることは間違いではないだろう。
その擬古典主義的な譜面から溢れ出る『「不屈の民」変奏曲』は変拍子とポリリズムの群れ、さらにポリフォニックで複雑極まりない音楽構造によって、力強くも哀愁ある主題が目も鮮やかに変奏される1時間以上の極上の大変奏曲。一分たりとも隙が見つからず、じっくり聴いても飽きがこないというこの二十世紀後半のマスターピースをそうともわからずに放置していた筆者の耳も当てにはならないが、大瀧のジェフスキ読解・再現力が他から並外れていることの証でもあろう。

CD2枚目の『ノース・アメリカン・バラード』は筆者も初めて聴いた作品である。
第1曲「恐ろしい記憶」、一聴すると優しく温かい民謡調の歌だが、実は1931年の炭鉱ストライキでの痛ましい事件を記憶した歌が原曲だという。音楽の表象可能性と不可能性に思いを馳せる。
第2番「お前はどちら側の人間だ?」、第1番と同じストライキでの歌。冒頭から対位法が凄いが、その後その対位法を捨ててミニマル・ミュージックのように反復される同音型は労働者たちの声の表象だろうか? さらにその後の宙を舞うようなアルペジオを経てミニマル・ミュージックがさらに過激になり、崩壊して下行し、何もかも無くなったかと思えばテーマの労働歌は再び復活する。
第3曲「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド(川岸を下って)」の原曲は黒人霊歌で、その後反戦歌として受け継がれている歌。爽やかな旋律が流れている、と思ったら突如暴力的な打撃音が続き、さらに荒野を思わせる音のごく少ないシーンが現れる。それでもテーマが再生しきった⋯⋯と思うと、最後にテーマは掻き消えてしまう。悲劇だ。
第4曲「ウィンズボロ綿工場のブルース」、冒頭、トーン・クラスターによるミニマル・ミュージック的反復で工場の過酷な労働環境を描写し、その後もクラスターこそ減るものの反復は続く。それが消え、主題であるブルースが登場。ジャズ的な変奏やミニマル的反復で拡大され、最後はやけっぱち的に破裂する。
第5曲「終身刑の男はやり切れない」、南部の刑務所における黒人の囚人の作業歌をテーマとして24の変奏からなる、本録音で26分を越える、小「不屈の民」変奏曲と言えるかもしれない大曲。特筆すべきは終盤の、鎖を鳴らしながら演奏するという受刑者のイメージを直截的に表現する野趣あふれる演出。音楽はどこまで暴力に近づけるのか。
第6番「ハウスワイフの嘆き」、民謡や奴隷の歌を交えての典雅なチェンバロ曲⋯⋯と見せかけて一筋縄ではいかない様々な奇妙な変奏やトーン・クラスターなどが現れ、最後にはどこかにさ迷いながら消えていく。ジェフスキのサービス精神が音楽的・思想的に作品を貶めることはないことがよくわかる。

ジェフスキの音楽が思い描く理想の世界像、それはトルストイやドストエフスキーからレーニンに至らない社会、魯迅から毛沢東に至らない社会という、まだ人類がたどり着いたことのないオルタナティブな理想郷と喩えることができるだろう。
21世紀も四半世紀が過ぎようとしていながら人間たちが何も学ばずに自らを滅ぼさんとするこの時代に、ジェフスキの魂が受け継がれ音盤として広く聴かれることを喜びたい。

また、大瀧の演奏のキレもさることながら、筆者が持っていた昔の録音とは格段に音の解像度・透明感が違う、コジマ録音の卓越した録音技術の冴えも注記したい。またさらに、大瀧自身によるブックレットの詳細な作品・人物解題がこのアルバムの理解をぐっと深めるものとなっていることも注記しておこう。

(2024/12/15)

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<Players>
Piano, Harpsichord(*): Takuya Otaki
<Pieces>
Frederic Rzewski (1938-2021)
Disc I
The People United Will Never Be Defeated!(1975)
Disc II
Six North American Ballads(1978-1980)
1. Dreadful Memories(1978)
2. Which Side Are You On?(1978)
3. Down By The Riverside(1979)
4. Winnsboro Cotton Mill Blues(1979)
5. It Makes A Long Time Man Feel Bad(1979, rev.1997, 2004)
6. The Housewife’s Lament(1980)(*)