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2月の5公演短評|丘山万里子

2月の5公演の短評。

『Note to a friend』
アンサンブル・ノマド結成25周年記念vol.3
藤田真央モーツァルトピアノ・ソナタ全曲演奏会
札幌交響楽団東京公演2023
神戸市室内管弦楽団東京特別演奏会

Reviewed by 丘山万里子 (Mariko Okayama)

 

♪新作オペラ『Note to a friend』***
2023年2月4日@東京文化会館小ホール

芥川龍之介『或る旧友へ送る手紙』『点鬼簿』『藪の中』を原作にデヴィッド・ラング作曲・台本、笈田ヨシ演出の室内オペラ。全編自死した主人公のモノローグで、手紙を受け取った友は黙役。演唱、弦楽四重奏ともにマイク使用であれば音響的にはミュージカルに近いが、連作歌曲形式での全体のトーンは静かな抒情の波で特段の印象は薄い。舞台は室内だが蒼暗い海の浜辺のように思え、私はなぜか『シンドラーのリスト』テーマ曲、赤い服を着た女の子の姿を思い浮かべてしまった。人間の「生」とは「死」に囲まれた、あるいは包まれた一瞬の生命の発光であって、それを生まれ落ちて以来日々に知る性向の人間はいずれ自死に至る、もしくはその願望から逃れられないように思う。
が、この舞台で描かれる主人公は、その「ぼんやりした不安」の果てにどこか「神」を振り仰ぐところがあり、それは「向こう岸にわたる(逝く、往く)」と「天にまします神へと昇る(上る)」という魂(あるいは精神)の平行と垂直の移動方向の相違を筆者に意識させた。キリスト教で自死は禁じられるが、といって欧米に自死がないわけではない。
芥川は本当のところ、どうだったのだろうか。
『点鬼簿』の終節「先の午後の日の光の中に黒ずんだ石塔を眺めながら、一体彼等三人の中では誰が幸福だったろうと考えたりした」の一文に続く「かげろふや塚より外に住むばかり」(俳号:我鬼)を思い出すのであった。

いずれにせよ、舞台は非常に美しく、音楽も優しく、紗幕の後ろの弦楽四重奏(成田達輝、関朋岳、田原綾子、上村文乃)もやはり秘めやかに美しかった。歌曲連作は小さなタブローのようであり、浜辺を想起したのはむろんミニマルな音句の繰り返しからでもあろうし、演者の身振りもやはり美しく洗練、どこといって尖ったところや刺さるところもなく静かに穏やかに1時間は終わった。
筆者の胸に降りてきたのは芥川のこのアフォリズム。

「あらゆる神の属性中、最も神の為に同情するのは神には自殺の出来ないことである。」
                            『侏儒の言葉』「神」より

note to a friend|西村紗知

 

♪アンサンブル・ノマド結成25周年記念vol.3「ノマドの時代 “委嘱・献呈作品集”」***
2023年2月5日@東京オペラシティ リサイタルホール

ロビーに積まれた分厚く壮麗な(そのクロニクルはまさに壮麗という他ない)冊子は25年の集積を熱く示すもので、改めて彼らの活動の真摯に頭が下がる。第3回に並んだ5作品それぞれは、それぞれの作品の立ち方、個々の相貌を克明に伝えるもので、それは彼らによってこそ描きえたものと思う。
冒頭、ベネト・カサブランカス『俳句の手帳〜9つの俳句』(2021年版/日本初演)は俳句からの心象を音化したもので洗練はされているが、ありがちと聴いた。演奏が作品を引き立てた形だ。
プログラム最後のアレハンドロ・ビニャオ『ノマドの時間』(2021/世界初演)は、「目覚めるノマド」「終わりなき旅」「ノマドと道のお喋り」という構成からして、まさに献呈にふさわしい作品。あちこちを流浪するノマド(遊牧民)の生き方、道なり(道が成ってゆく)をリズム、パルス、フレーズなどで彩ってゆく力みない作品で、遊び心を楽しんで欲しいという作曲家のメッセージそのままに愉悦に満ちた演奏を楽しめた。
この2作、日本の現代音楽アンサンブルへの海外作曲家の視点・視線の一つの典型でもあろうか。
挟まれた3つの邦人作品、西村朗『ロプノール(彷徨える湖)』(2022/世界初演)は砂漠に現れ消える湖の音景化でこの演奏集団の個人力とアンサンブル力を生かし切ったいかにも彼らしい作品。いわゆる西村節音響世界が広がる。
対して近藤譲『合歓』(2020)は線の音楽の作家らしい禁欲的モノクロームな音の紡がれに形而上学的美が宿る。「時の前衛」にどう向き合ってきたかが知れよう。その意味で西村もまたそうであり、だからこの2作は日本の現代音楽史における今日の両極と言えよう。
世代下がって1998年生まれの根岸宏輔『うす明かりの中に』(2022/世界初演)にはそんな「前衛」など歴史の彼方。先輩2作のそれぞれの逍遙を横目にどう歩いてゆくかはこれからで、この世代共通の問題でもある。そもそも、表現とは、とか、創造行為とは、とかいう問いが無効化されている今日であれば、これからの時代、彼らが何を見出してゆくのか見守りたい。
ゆえ、アンサンブル・ノマドの存在の意味は大きい。
未知への挑戦と、それを楽しみ伝える質と力量。
これからも世界を彷徨い、その姿を後進に刻み込んでいってもらいたいと改めて思う。

アンサンブル・ノマド結成25周年記念 第77回定期演奏会|齋藤俊夫

 

♪藤田真央 モーツァルト|ピアノ・ソナタ全曲演奏会|第5回***
2023年2月7日 王子ホール

モーツァルトピアノ・ソナタ全曲演奏会の最終回。「記憶の糸を手繰り天国へ」とある。前半『第3,4,5番』、後半『第13,18番』という構成。演奏の一々については省く。
ピアニストの幸福、音楽家の幸福を一身に授かった、たとえようなき音の詩人。いつ、どこで、何を聴いても、そのオーラが彼のいる空間を幸福で満たす。いわば幸福のお裾分けに与るわけ。モーツァルトはとりわけ、その感が強い。
モーツァルトの豊穣さには、人間存在まるごとの隅々に宿るあらゆる感情のあれこれが潜んでいるのだが、それをこの青年は微笑みをもって実に楽しそうに探り当て、掘り起こし、暴く、時に残酷に(愛憎世界)。愛らしさ、優しさ、狂おしさ、劇しさ、凄み、悲愁、孤愁などなど無数のそれらをどのフレーズにもどの音にもふっと的確に差し込んで行くから、ただただその音色物語に聴き惚れてしまう。
以前も書いたが、後半のピアノ世界はオペラ(『魔笛』や『ドン・ジョヴァンニ』)を観るよう。とりわけ今回の『第18番』にはパパゲーノのアリアとか、ドン・ジョヴァンニの地獄とかが聞こえ、見え、それくらい藤田のピアノは色彩と物語性に富む。
先般急逝した野島稔を師としたが、スコアを読む精密、細密は師ゆずりなのではないか。「読む」「視る」「夢見る」「描く」そういう行為に、野島は心底、没入省察する音楽家だった。
ロシアから米国へ、野島が学んだ時代はいわゆるコンクール覇者生産期であったから、いささかの悲壮感があったように思うが、藤田にそんなものはない。そういう時代の祝福も彼にはある。
天使の翼をもつ青年が、これからどこへ行くのか。
シリーズの終わり、引き終えての彼の遠い眼差しを、筆者は信じたい。

カデンツァ|音楽の未来って (12)藤田真央のモーツァルト|丘山万里子

 

♪札幌交響楽団 東京公演2023***
2023年2月9日@サントリーホール

札響東京公演はマティアス・バーメルト指揮で武満徹『雨ぞふる』、モーツァルト『フルートとハープのための協奏曲』に後半シューベルト交響曲『ザ・グレイト』。札響はとても透明で氷洞の深く澄んだ青を思わせる響きを持ち、接するたび、北の大地、凛とした大気を感じる。何より『ザ・グレイト』では、そうした透明がシューベルトそのものの色なのだとでも言うように、深度をもってその内側から輝き出してくる。音色というのは小手先ではどうにもならない土地土地の匂いや風の手触りを伝えるもので、それは着色ではなく自ずから染んだものであるように思う。
冒頭、管の柔らかな陽光を思わせる吹奏と弦の呼応が織りなし広げる景色、そのスケールの中にも長く厳しい冬から春を迎える焦がれがそちこちに歌い、ああ、シューベルトだ、と思う。それにこの1楽章の中にもベートーヴェンからワーグナーまでの姿が見えるのは、彼の時代的位置取りと嗅覚を感じさせる。第2楽章のボヘミアンな香りにはマーラーが聴こえたし、つまるところ連綿と継がれる歌は今もって、そしてこれからもきっと変わらない。だからこの楽章を終えての静寂にいきなり叫声と拍手が降った時には驚愕したが、わからなくもない。胸がいっぱいになって思わず出てしまったのだろう。指揮者もオケも顔色一つ変えなかったし。筆者はこういう時憤激するのだが、不思議とそんな気持ちにならなかった。スケルツォ舞曲はみんな楽しげに揺れ、終楽章フィナーレでの執拗な「C」音に筆者はつい、現在考察中の西村朗作品世界での「根源音響」を想起、妙に納得したのであった。
淀んだ心が浄化される、晴朗な、いい演奏会だった。

札幌交響楽団 東京公演 2023|藤原聡

 

♪神戸市室内管弦楽団 東京特別演奏会「音の謎かけ」***
2023年2月13日@紀尾井ホール

鈴木秀美が音楽監督に就任して初の東京公演。題して「音の謎かけ」とはこれいかに。開演前に彼からひとくさり話があったが、モーツァルトのよく知られる『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』『ナハトムジーク』を前半に、後半はシュニトケ『モーツァルト・ア・ラ・ハイドン』、プロコフィエフ『古典交響曲』という構成に何を読むか。ひねりのきいた趣向だ。
前半の弦楽と管楽はポピュラー曲だからこそアラも見える危うさがあり、ゆえの硬さがセレナーデらしさ、あるいはモーツァルト的革新書法を十全に奏出とは言い難い。
が、後半は同じ楽団かと思うほど見違える演奏。
シュニトケは暗闇から開始、暗闇に終わる、さらに奏者がステージを移動という演出でまず、現代曲に引き気味の客席(たぶん)を誘い込む。2人のソリスト(高木和弘、森岡聡)が「行くからねっ」とバックコーラス(というのも変だが)に斜め目線を、「どうよ、ちょっと面白いでしょ」と客席に挑発目線を送っての闊達な弾きぶりで、筆者思わず笑い出すほど。あちこち仕込まれた古典作品断片ジョークに奏者たちも含めみんなそれとなく面白がっている様子がホールを活性化、なるほど、前半はこのための仕掛けだったのね、と思ったくらい。
プロコフィエフは一段と元気潑剌、古典だってこう書けば、弾けば今風でしょ、とまさに新古典主義の魅力を知らしめ、客席も大いに沸いた。

と、聴き終えて、謎かけへの筆者なりの答え。
古典モーツァルトだって新しい。
古典モチーフでのアラカルト、ビュッフェもなかなか楽しい。
新古典はわかりやすくてカッコいい。
「古典」ったって、いろいろな味わい方があるわけで。
新シェフのニンマリが見えた気分に。

 

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♪『Note to a friend』
原作:芥川龍之介『或旧友へ送る手記』『点鬼簿』
作曲・台本:デヴィッド・ラング
演出:笈田ヨシ
ステージ・デザイン(美術・照明・衣裳・絵画):トム・シェンク
照明デザイン補:横山麻里衣
舞台監督:伊藤潤(ザ・スタッフ)
<出演>
ヴォーカル:セオ・ブレックマン
アクター(黙役):サイラス・モシュレフィ
ヴァイオリン:成田達輝、関朋岳
ヴィオラ:田原綾子
チェロ:上村文乃

♪アンサンブル・ノマド結成25周年記念vol.3「ノマドの時代 “委嘱・献呈作品集”」
<演奏>
Ensemble NOMAD
木ノ脇道元(fl) 菊地秀夫(cl) 野口千代光・花田和加子(vn) 甲斐史子(va) 菊地知也(vc) 佐藤洋嗣(cb) 稲垣 聡・中川賢一(pf) 加藤訓子・宮本典子(perc) 佐藤紀雄(cond) Guest對馬佳祐(va)
<曲目>
B.カサブランカス:俳句の手帳 〜9つの俳句 – 2021年版 ~日本初演
Benet Casablancas: Book of Haiku – 9 Haikus
西村 朗:ロプノール(彷徨える湖)-10奏者のための(2022)** ~世界初演
Akira Nishimura: Lop Nur for 10 players
近藤 譲:合歓(2020)*
Jo Kondo: Albizzia
根岸宏輔:うす明かりの中に(2022)* ~世界初演
Kohsuke Negishi: In the Dim Light
A.ビニャオ:ノマドの時代(2021)* ~世界初演
Alejandro Viñao: Tiempo Nómade
* 荒木田隆子基金委嘱作品
** 献呈作品

♪藤田真央 モーツァルト|ピアノ・ソナタ全曲演奏会|第5回
モーツァルト:
ピアノ・ソナタ 第3番 変ロ長調 K281
ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 K282
ピアノ・ソナタ 第5番 ト長調 K283
ピアノ・ソナタ 第13番 変ロ長調 K333
ピアノ・ソナタ 第18番 ニ長調 K576
(アンコール)
チャイコフスキー:6つの小品 Op.51より 感傷的なワルツ
        :四季 Op.37aより 10月

♪札幌交響楽団 東京公演2023
<演奏>
指揮者: マティアス・バーメルト
フルート:カール=ハインツ・シュッツ
ハープ : 吉野 直子
(ソリストアンコール)
イベール:間奏曲
カール=ハインツ・シュッツ(フルート)、吉野 直子(ハープ)

<曲目>
武満 徹 :雨ぞふる
モーツァルト: フルートとハープのための協奏曲
〜〜〜〜
シューベルト: 交響曲「ザ・グレイト」
(アンコール)
ソリストアンコール
カール=ハインツ・シュッツ(フルート)、吉野 直子(ハープ)
イベール/間奏曲
オーケストラアンコール
シューベルト/「ロザムンデ」バレエ音楽1番より

♪神戸市室内管弦楽団 東京特別演奏会「音の謎かけ」
<演奏>
指揮:鈴木秀美
<曲目>
モーツァルト:セレナーデ 第13番 ト長調 KV525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
(指揮なし・鈴木秀美はチェロでオケ中参加)
モーツァルト:セレナーデ 第12番 ハ短調 KV388(384a)「ナハトムジーク」
ソリスト:高木和弘、森岡聡
〜〜〜〜
シュニトケ:モーツァルト・ア・ラ・ハイドン
プロコフィエフ:交響曲 第1番 ニ長調 作品25 「古典」
(アンコール)
ハイドン:交響曲第62番 ニ長調 Hob. I:62から第2楽章 Allegretto

(2023/3/15)