Pick Up(2021/8/15)|東京オリンピック開会式を観て|齋藤俊夫
Text by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
開会式序盤、ロックダウン中と思われる街の映像、アスリートたちが自宅でトレーニングをしている映像、会場でも屋内トレーニング機器で走るアスリートたちなど、〈コロナ禍での絶望の中、決して希望を失わないアスリートの姿〉を描いたと思しき演出を観ても、オリンピック開催により更なるコロナ感染拡大が明らかである以上、現実の疫病に目をつぶったまやかしの祭典に、筆者は感動することなどできなかった。1)
選手入場行進後のオリンピック讃歌を郡山の高校生徒たちが集まって歌う、聖火台への聖火リレーで東日本大震災被災地の子供たちを点火1つ前の走者とする、という東日本大震災からの「復興五輪」演出もまた白々しい。
〈今の日本を覆う虚偽〉をまやかしの宴とスポーツの興奮で覆い隠すことが〈オリンピック関係者〉によるオリンピック開催の意義だと考えれば、〈パンデミックの克服〉〈復興五輪〉という主題を設定した時点から上記演出の失敗は約束されていたのだ。
テレビでの実況解説と、実際の式を観る限り、上記2つの主題以外の演出意図は、〈世界に誇る日本文化〉の「伝統」と「多様性」を押し出すことだったと筆者は捉えた。
VIP入場時の山田耕筰『序曲ニ調』、MISIAによる国歌『君が代』、森山未來の舞踏、木遣りと普請作業からタップダンス(北野武監督の映画『座頭市』そのままである)、竿灯提灯に民謡、そして入場行進でのドラゴンクエストのテーマに始まる日本のゲーム音楽メドレー、TV局クルーのような衣装を着た人物たちによる寸劇(?)、劇団ひとりによる照明のイタズラ演出とライトアップ芸、歌舞伎役者市川海老蔵とジャズピアニスト上原ひろみのコラボもどき(同時に舞台に出る)などが日本文化の「伝統」と「多様性」であれば、長嶋茂雄・王貞治・松井秀喜による聖火リレー、大坂なおみの聖火台点火もまた〈世界に誇る日本〉のスポーツ精神の象徴として機能したように思われる。
列挙して改めて感じるのは、これら〈日本文化〉の持つ歴史的・文化的背景が描かれることなく題材が劇的・物語的にほとんど繋がらないまま、ありきたりな〈日本文化〉をなんとなく沢山選んで、それっぽく味付けして順番に会場に出した、としか思えない底の浅さである。背景抜きの「伝統」はただの見世物であり、数の多さのみでは「多様性」に繋がらないのは言うまでもない。
この中でとりわけ筆者が注目したのは、劇団ひとりのシーンだ。リアルタイムではつまらないを越えて厚顔無恥の演出と筆者には感じられたが、あれで笑える人がいる、さらにあれで笑わねばならないのが島国日本の正体なのだ。「日本では東京五輪も芸人がひな壇に並ぶワイドショーで消費されるイベントの1つに過ぎない」と喝破、閉鎖的でドメスティックなウケ狙いを世界に露呈してくれたのはいっそ痛快とすら今では思える。
しかし、この演出にはただのウケを狙って外しただけの演出を通り越した恐ろしさを感じられないだろうか。メインカルチャーでもサブカルチャー――ゲーム音楽は筆者以降のデジタルネイティブ世代には自分の青春の一側面と言っても過言ではなく、ドラゴンクエストの作曲者すぎやまこういちという人物の人間性抜きであれば正直嬉しくあった――でもなく、日本国内でしかウケを取ることができない、カルチャー(文化)ならざるワイドショー的なものを世界に向けての式典に入れた、もしくは入れざるを得なかったことに日本の反知性主義の力が働いたと筆者には見える。
いや、今更恐ろしいなどという資格は自分にはないのだろう。ワイドショーや人間皆コメンテーターと化すSNSとヘイト・ポリティクスや陰謀論と権力者が癒着して生まれた反知性主義が怪物化していくのに立ち向かうことなく、ケラケラアハハと過ごしてきた――それはこうの史代原作・片渕須直監督のアニメ映画『この世界の片隅に』で描かれた戦中の日本人の姿と重なる――それが日本の一主権者としての自分なのだから。
理想のオリンピックなど存在せず、あるのは利権目的のまやかしのオリンピックだけだと教えてくれた今回の東京五輪から反面教師的にポジティブなベクトルの力を得ようとするならば、反知性主義という反倫理的かつきわめて政治的なものに今の社会全体が隷属しているのが日本国であり、その表象=代理として、今回の劇団ひとりのパフォーマンスが選ばれたという事実を見つめるしかないだろう。反知性主義の嘘偽りまやかしをワイドショー的に笑って消費したりテレビのスイッチを切るように無視するのではなく、それらを嘘偽りまやかしだとはっきりと言って憤る、その気概の有無がコロナ禍緊急事態宣言下でのオリンピックという歪んだ夢を見ているような祭典から日本が立ち直れるかどうかを決定するのではないか。
1.オリンピック開会式当日の新型コロナウイルス新規感染者は東京で1359人、全国で4225人。本稿執筆の前日、8月6日では東京で4515人、全国で15645人である。
(2021/8/7)(東京五輪閉会前に執筆)
(2021/8/15)