Books|楽譜から音楽へ|丘山万里子   

楽譜から音楽へ  バロック音楽の演奏法 

バルトルド・クイケン著
越懸澤麻衣(こしかけざわまい)訳
道和書院
2018131日発行
2,300円(税別) 

text by 丘山万里子(Mariko Okayama 

古楽の雄たる三兄弟の三男、フラウト・トラヴェルソ奏者バルトルド・クイケンの『The Notation is not the Music:Reflection on Early Music Practice and Performance』(2013)の邦訳である(含蓄ある原題だ)。 

<はじめに>に、で、まず膝を打つ。
曰く、これは研究書でも実践的な手引き書でもない。学術書の権威も借りたいとは思わぬ。 

芸術においては何事も「証明」され得ないし、その必要もない。
全くだ。
音楽家(単なる演奏家でも研究者でもない)としてのキャリアを積んだ心身の総体から発せられる言葉は、説得力に溢れ、何より、音楽への敬意と誠意、愛情に満ち、読んでいておのずから居住まいを正される。
筆者はとりたてて古楽のファンではないが、基本的かつ専門的な知識が同時に得られ、いたるところに多様な視界が開け、音楽の沃野と本質との自在な往還に刮目させられる。
他人の論述や収集データの編集・整理整頓に終始する薄っぺらい研究書の類に辟易している昨今、小躍りしながら読み進んだのであった。 

全体は、[第1章 基礎をなす哲学][第2章 研究者への私の道][第3章 楽譜の限界] [第4章 楽譜とその解読・演奏][第5章 展望]という構成。 

一貫して語られるのは「良い趣味 good taste」。
筆者も、芸術(いや、人間そのもの)の根幹はこれに尽きる、と考える(こういうことを考えさせることこそ、本書の希少な価値・意味である)。
問題は、どうしたら「良い趣味」を身につけることができるか、だ。
これは、[第4章]での1〜18の具体的な項目をたどってゆけば掴めるように書かれているが、読み手の意識レヴェル次第でもあろう。列挙しておく。 

  1. ピッチ 2.音律 3.テンポとルバート 4.リズム 5.フレージング 6.アーティキュレーション 7.強弱 8.編成 9.通奏低音 10.装飾 11.カデンツァ 12.即興 13.手稿譜、印刷譜、改訂、モダン・エディション 14.聴衆の態度 15.演奏者の態度 16.感情と情念 17.鏡 18.真正性の二つの概念 

各項目の導入部にある短文がそれぞれの項目を一鎖につなぐ役目を果たす、実に音楽的な作り。「良い趣味」習得への道標として、例えば、 

<2.音律>でのこんな指摘。 

実際に演奏する段になると、何が歴史的に「正しい」のかを知るだけでは不十分だ。良い耳と、和声内の各音の機能を素早くつかむこと、そして実験や応用をしてみようとする姿勢、こうしたことが、最善の妥協案を見つけ出す助けとなるだろう。 

<5.フレージング>、自身の母国語フラマン語では zin(英語sense)。その意味は、方向、ゴール、目的、重要性、願い、楽しみ、という意味を持つ。 

zin はまた、五感を意味する言葉でもあり、感受性、官能性といった意味もある。私が思うに、確かにこうした要素を含んでいなければ、文学や音楽のフレーズは「意味をなさない(センスがない)。 

手っ取り早く「良い趣味」など手に入れられないのである。 

<10.装飾>、装飾音がどのように準備され記譜されたとしても、そしてそれが正確でも不正確でも、 

まるで演奏者がその場で思いついて演奏しているように聞こえなくてはならないし、そ の瞬間の感情の動機を持つべきである。そうでなければ、音のグループはスケールやアルペッジョの練習になってしまうだろう。あるパッセージを二度、同じ方法で装飾しないのが理想である。 

深く、かつ親切だ。 

<15.演奏者の態度>のコンパス図の解説も皮肉たっぷりで面白い。
東(作曲家)西(聴衆)南(追随者)北(天才)の図。 

たいていの演奏家は直感的に、より中庸な、あるいは四つが混じりあったポジションを取っている。しかし、もっと意識的に自分のポジションを決めることは、新しい可能性を開くことにつながると思う。 

<17.鏡>ではこう語る。 

私が出発点にすべきは、「この曲は何を私に求めているか」という問いである。私は楽譜を眺める自分の目や眼鏡を通して、私の頭で何かを読み取ろうとは思っていない。できる限り、楽譜が与えてくれる情報が、私の目に飛び込んでくるようにしたい。そういう時は、目も頭も精神も身体も、できるだけオープンに、すべてを活用できるように、敏感で、感動できるように保たれなければならない。 

これがどれほど難しい事か。 

このように、「良い趣味」をたなぼた的に手に入れんと期待する読者は、絶えず頭をつつかれ、揺さぶりをかけられるのだ。 

[第5章 展望]での至言を二つ。 

私は答えよりも疑問のほうが、ずっと重要で興味深いものだと確信している。数世紀にわたて、人間は同じ疑問を抱き続けてきたーーだが、答えは実にさまざまである。 

確かなのは、私たちも次の世代も、個人としてもまた歴史的にも、真(オーセンティック)であり続けるために、つねにアクティブで、敏感で、探究的で、冒険好きで、独創的で、創造的で、慎み深く、誠実であり続けなければならない、ということだ。 

余計な自我を排し、かつ真の自己たるには・・・音楽のみならず、人間論、文明論としても読め、かつ、すべてが具体的で、形而上学的な理屈理論でなく、実感ある生きた言葉としてこちらに届いてくる。
本書を手掛かりに、常に疑問を抱き、各自の道を探るべし。
最後の「幸運を祈る!」との言を受け取って。 

関連評:
http://mercuredesarts.com/2017/12/14/barthold_kuijken-baroque_flute-mishima/