ウィーン便り|赤十字バル|佐野旭司

赤十字バル

text & photos by 佐野旭司 (Akitsugu  Sano)

11月中旬になると街中ではクリスマスマーケットの設営も進み、またイルミネーションも徐々に見られるようになり、クリスマスが近づいてくるのが感じられる。そしてこの時期にはクリスマスだけでなく、ウィーンの代表的な伝統行事のシーズンも始まる。
私は週末になるとケルントナー通りやグラーベンの辺りをうろうろ散歩することが多いが、ここもウィーンの季節を感じることができる場所の1つである。今から1か月ほど前、11月11日(土)にその辺りでとあるイベントを見かけた。この日は11時頃に地下鉄のStephansplatzの駅から広場に出てみたら、大勢の人だかりができていた。何事かと思って周りを見ると広場に舞台が設置してあり、その上では何やら白いドレスを着た女性と黒いタキシードを着た男性が数人ずついてペアになって踊っていた。しかもよく見ると、マイクを持った司会者らしき人がかけ声と一緒に踊り方について解説をしている様子だった。実はこれ、後でインターネットのニュースを見て知ったが、謝肉祭と舞踏会シーズンの始まりを記念する行事らしい。ウィーンでは11月11日11時11分に謝肉祭が始まるそうだ。そして謝肉祭の始まりと共に舞踏会のシーズンも始まる。この日のイベントはウィーンのダンス学校(Wiener Tanzschule)の主催で、私はそんなこととはつゆ知らず写真を何枚か撮ったらさっさとその場を後にしたが、その後で観客たちも一緒になって踊っていたらしい。

ウィーンでは、大小さまざまな規模の舞踏会が毎年450以上も開催されるそうだ。そしてシーズンの中で最初に開かれるのが、市庁舎で行われる「赤十字バル(Rotkreuzball)」と呼ばれる舞踏会である。この舞踏会は文字通り赤十字社が携わっており、収益の一部が寄付されるチャリティーの形をとっている。今年は11月17日に開催されたがそれに先立ち10月に会見が行われ、毎日新聞の記事にもなった。それにも書いてあるが、この赤十字バルはウィーンで開かれる10大舞踏会の1つで毎年約2000人が参加している。そして今年はウィーン在住の日本人の演奏家(ヴァイオリニストの前田朋子氏とメゾソプラノ歌手の日野妙果氏)が出演することもあり、日本のメディアも取り上げたのだろう。
このお2人には私もウィーンでお世話になっており、前田さんに声をかけられて今回初めてこの舞踏会を見に行くこととなった。
この赤十字バルは毎年異なる国や都市をテーマとしているそうで、今年はヴェネツィアがテーマとなり、この都市の伝統的なカーニバルにちなんで参加者はマスクを着用していた。ちなみに私がこのことを知ったのは直前になってからで、自分なんかがそんなものを着けて似合うわけもないし、どこで買えるのかもわからずどうしようなどといらぬ心配をしたりした。結局マスクが必須なのは女性だけでいいと分かって安心したが。
舞踏会は21時15分から始まった。音楽とともに様々なダンスが披露され、前田朋子さんもこの時にダニエル・ファイクの《人道への勇気Mut zur Menschlichkeit》の行進曲でソロを演奏していた。ダニエル・ファイクは30代初めの若い作曲家で、この《人道への勇気》という曲は4年前の赤十字バルのために書いた作品だそうだ。
そしてダンスや演奏の合間にイタリア大使やオーストリア赤十字社の社長、ウィーン赤十字社の社長たちの挨拶があり、その後白いドレスの女性とタキシードを着た男性がペアになって踊っていた。もしかしたら11日のイベントの時と同じダンス学校の生徒たちかもしれないが。
その後22時頃になると“Alles Walzer”というかけ声とともに、それまで席についていた一般の参加者が会場の真ん中に出てきて踊り始めた(もちろん私は全く踊れないので、写真を撮りながら見ているだけだったが) 。その際にはワルツなどのクラシック音楽だけでなくジャズのような音楽も流れていた。それが終わると23時半くらいからプロのダンサーや音楽家たちによる踊りと演奏が披露され、この時には日野妙果さんがオッフェンバックの《ホフマン物語》の《ホフマンの舟歌》を歌っていた。
そして0時になると女性の参加者たちがマスクを外す。それと共に一般の参加者が再び真ん中に出てきて、みんなでカドリーユを踊っていた。この時にはまずウィーンで著名なダンスの指導者トーマス・シェーファー・エルマイヤー氏のかけ声に合わせてステップなどの練習をして、その後J・シュトラウス2世の《こうもりのカドリーユ》Op.363と共に参加者が踊り始めた(全く踊れない私は、他の人たちと談笑しながらその様子を眺めていたが)。 ちなみにこの曲はシュトラウス自身の有名なオペレッタに基づいており、オルロフスキーのアリアの旋律をはじめオペレッタの中の様々な曲がメドレーのように組み合わされている。
そしてこのカドリーユが終わった後もさらに演奏が続く。私は深夜1時半過ぎに帰ってしまったが、舞踏会自体は4時まで続いていた。

ウィーン滞在ももう2年目になるが、去年のこの時期は学会のために一時帰国をしており、この赤十字バルについては今年になるまで存在すら知らなかった。そして今回初めてこの舞踏会を見たが(そもそもウィーンの舞踏会そのものを見るのもこれが初めてだった)、参加する前は楽しみでもあったけれど不安もあった。なにしろ事前に画像検索をしてみたらあまりに豪華な写真ばかり出てきたので、自分なんかが行ったら浮くんじゃないかと心配だった。しかし実際に会場に行ってみると思ったよりもずっと気楽で、見ているだけでも十分に楽しむことができた。
前述の毎日新聞の記事によればこの舞踏会は毎年日本人の参加者も多いらしく、また私が見た限りでは決して格式ばったものではなくむしろお祭りのような雰囲気だった。まさにウィーンの重要な伝統文化に気軽に触れることができる貴重な場といえる。

(2017年12月15日)

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佐野旭司 (Akitsugu  Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在オーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中