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東京フィルハーモニー交響楽団《蝶々夫人》|藤堂清

東フィル東京フィルハーモニー交響楽団
第883回オーチャード定期演奏会
プッチーニ《蝶々夫人》(演奏会形式・字幕付)

2016年7月24日 Bunkamura オーチャードホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>

指揮:チョン・ミョンフン
照明:石川紀子(A.S.G)
合唱指揮:冨平恭平

<キャスト>

蝶々夫人(ソプラノ):ヴィットリア・イェオ
ピンカートン(テノール):ヴィンチェンツォ・コスタンツォ
シャープレス(バリトン):甲斐栄次郎
スズキ(メゾ・ソプラノ):山下牧子
ゴロー(テノール):糸賀修平
ボンゾ(バリトン):志村文彦
ヤマドリ(バリトン):小林由樹
ケイト(メゾ・ゾプラノ):谷原めぐみ
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

ほか

全体は早めのテンポだが、歌わせるところはタップリと。強弱のメリハリのきいたスケールの大きな演奏。指揮者チョン・ミョンフンの統率力によるものだが、それに応えたソリスト、オーケストラ、合唱も見事であった。

舞台上、オーケストラの前に歌手がある程度動けるようなスペースをとり、かれらが最小限の所作は入れていたので、演技と表情を歌唱とともに味わうことができた。照明の色や強さを丁寧に変え、それによって場面や人物の気持ちを的確に表現していた。第1幕でボンゾの登場で急に色合いを変える、第2幕、<花の二重唱>から<ハミング・コーラス>に向け、徐々に落としていく、といった具合である。演奏会形式とはいうものの、舞台上演につながる雰囲気を感じとることができた。

主役二人は、イタリアで活躍する若手歌手。
蝶々夫人のヴィットリア・イェオはソウル出身のソプラノ、イタリアで研鑽をつみ、同地の劇場で蝶々夫人、マクベス夫人といった役を歌っている。30歳前後だろうか。大柄で強い声の持ち主だが、力で押し切るといったところはなく、言葉をていねいに音楽にのせていく。スピント系のソプラノが少ない中、これから名前を聞く機会がふえてくるだろう。
ピンカートンを歌ったヴィンチェンツォ・コスタンツォは、1991年イタリア生まれ、25歳。強めの声を張り上げるところもあるが、二重唱ではバランスを考えながら歌っていた。声の素材だけからみれば、重い役を歌うことも可能だろう。しかし、それによって声を失う危険性はある。今回の歌唱、多少荒っぽいものではあったが、ピンカートンという無責任男には合っていた。
甲斐栄次郎は、2003年から10年間つとめたウィーン国立歌劇場の専属歌手を辞め、活動拠点を日本に移している。ウィーンでさまざまな役柄を歌ってきたことは、彼にとって大きな財産だろう。指揮者が変わっても、相手役が変わっても、日ごとに違う役を歌っても、きちんと自分の最良の姿を出すことができる。この日も、シャープレスのあたたかい心が感じとれる歌であり、演技であった。
スズキは第二幕のドラマ進行において欠くことができない。山下は演技面でも十全に役割を果たしていた。

最後になるが、チョン・ミョンフンの指揮のもと東京フィルが熱い演奏をくりひろげた。
第二幕でシャープレスの「彼が戻らなかったら」という問いの際の衝撃的な音型など、局面局面で、オーケストラが主役の心情を歌い上げた。

東京フィルはこの10月に、やはり演奏会形式でマスカーニの《イリス》を取り上げる。舞台上演の機会の少ない演目だけに、今回同様ある程度の演技が入ることになれば作品の理解にもつながるだろう。大いに期待したい。

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