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Pick Up(16/07/15)|映画『ストリート・オーケストラ』|藤原聡

『ストリート・オーケストラ』(原題:Tudo Que Aprendemos Juntos)

text by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)

ストリートブラジル/2015年/103分/カラー/シネスコ
字幕翻訳:蓮見玲子 字幕監修:國安真奈
配給:ギャガ GAGA

(スタッフ)
監督:セルジオ・マシャード
脚本:マリア・アデライデ・アマラル、マルセロ・ゴメス、セリジオ・マシャード、マルタ・ネリング
(アントニオ・エルミリオ・デ・モラエスの舞台作品「Acorda Brasil(ブラジルよ、立ち上がれ)」に基づいて)
撮影:マルセロ・ダースト、ABC
美術:ヴァウヂール・ロペスJn.
音楽:アレシャンドレ・ゲーハ、フェリペ・ヂ・ソウザ
編集:マルシオ・ハシモト
音楽特別出演:ブラジル・ラッパーたち、クリオーロ、ハッピン・ウッヂ
音楽特別出演:マリン・オールソップ、サンパウロ交響楽団、エリオポリス交響楽団(バカレリ協会)

(キャスト)
ラエルチ:ラザロ・ハーモス
サムエル:カイケ・ジェズース
VR:エウジオ・ヴィエイラ
アジーラ:サンドラ・コルベローニ
ブルーナ:フェルナンダ・フレイタス

これを書く数日前、指揮者のリッカルド・ムーティがとある日本の新聞社のインタビューで「…文化、特に音楽が(テロとの戦いの)最も重要な武器だ」と答えているのを読んだ。「芸術の中でも音楽には人々を結びつけ宗教、文化、伝統、人種、言葉の壁を乗り越える大きな可能性がある。音楽とは分断を超えるものだからだ」。

内戦からの復興途上にあったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボや世界各地の紛争地、被災地で実際に演奏を多く行なってきたムーティがこれを言うと、このご時勢にナイーヴな、とも笑うことも出来ない。「音楽に国境はない」式の能天気な話ではない。事実、国境もあれば違いもあり、それは場合によってはどうにも埋め難い溝となることだってあろう。それでも、音楽が理屈を超越した存在であり、時によっては何らかの連帯や精神的絆を呼び起こすことが可能なのは、音楽が人間存在の最も根源的な部分に直接作用する非造形的な芸術形態だからだろう(ここでニーチェの「ディオニュソス的芸術」という概念を引いてもよいし、あるいはウォルター・ペイターの「全ての芸術は音楽の状態に憧れる」という有名な文句を引いてもよい)。

なぜこのようなことから書き出したか。冒頭に引いたムーティのインタビューを読んだのとほぼ同じタイミングで『ストリート・オーケストラ』を鑑賞したからであり、本作がまさに音楽の持つ根源的な「力」について思いを馳せさせるためだ。

ところで、個人的に映画に関する文章を書く際にはストーリーを説明することが苦手、というか苦痛だ。それは観れば分かるからであり(あるいは観なくても調べればすぐに分かることだ)、場合によってはストーリー以外の音響や編集、画面の色調や質感こそが映画的な本質だと薄々思っているということもある。なので、本作も逐一語ることはしない。

であるから、幾つか示唆的なことのみ書いておこう。冒頭でサンパウロ交響楽団のオーディションを受け、緊張のあまり腕が震えて一音たりとも音を出すことが出来なかった、精神的な弱さを抱えるヴァイオリニストのラエルチの、映画最後での「幸せな結末」。ファベーラ(スラム街)での、楽器も構えられなければ楽譜も読めない、問題だらけの不良たちの「ストリート・オーケストラ」の、これも「幸せな結末」。これらがある意図のものに関連付けて描かれていることは、同じモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番の第2楽章が映画の序盤と結末近くで「誰が、どのように」演奏しているかによって暗示される。

最初はほとんどやる気のないファベーラの「悪ガキども」は、ラエルチとの出会いによって音楽の凄さと楽しさに気付かされ(その具体的なきっかけとなる事件はこの映画の転換点であり重要だ)、見違えるように上達していく。そして先述のようにオーディションに落ちたラエルチは自信を失い、弦楽四重奏のリハーサル中には神経過敏となって仲間に暴言を吐いて怒らせたりもするが、当初は食いぶち稼ぎのために嫌々悪ガキどもに教え始めながらも、次第に逆に彼ら/彼女らに触発され、ラエルチ自身も大きく変化・成長していくのだ。

本作は、実在するスラム街オーケストラ、エリオポリス交響楽団の成り立ち(前史)やブラジルの貧困の問題をもちろん垣間見させもするが、決定的に重要なのは「音楽は人と社会を変えうるか?」という問題であり、むろんその前提になっている個々人の成長―音楽を通して―の物語だ。クラシック、と言わず音楽にいくらかでも興味のある方はぜひ観て欲しい。考え、感じるところは必ずあるはずだ。映画としてよく出来ているので普通に楽しめる作品になっているは当然。

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8/13より全国各地で公開
http://gaga.ne.jp/street/
http://gaga.ne.jp/street/theater/index.html