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Back Stage|東京都交響楽団

新音楽監督・大野和士と新たな旅、遥かなる世界へ

text by 佐藤容子(Yoko Sato)

戦後から高度成長へ、日本人の生活も価値観も大きく変貌していった昭和30年代。三種の神器、首都高・新幹線開通、そして日本中を熱狂させた1964年(S39年)の東京オリンピック。東京都交響楽団(都響)は、そんな時代の大きな変化の中で、オリンピックの記念事業として翌年に設立されました。創立メンバーのほとんどが音大を卒業したばかりの20代前半というフレッシュな演奏家たちは、日々の研鑽とさまざまな幸福な出会いをその年輪に刻みながら、やがて国際都市TOKYOで第1級の存在感を示すオーケストラに成長しました。

就任記念20150403 (c)Rikimaru Hotta

音楽監督就任記念公演より ⓒ堀田力丸

そして昨年は創立50周年。同時に新音楽監督に大野和士が就任。長らく欧州歌劇場の最前線でポストを歴任してきた「世界の大野」ですが、実は、都響はプロ指揮者としてデビューした最初のオーケストラでもあり、また初めてタイトルを持ったオーケストラ。以後タイトルを離れても定期的に共演を続けてきた両者にとって、ある意味「必然的な」縁を結んだとも言えます。

迎えた2015年4月の就任記念公演では、いきなりベートーヴェン《運命》という直球勝負のプログラム。並々ならぬ気迫に満ちた大野新監督と、よい緊張感と高揚感に包まれたリハーサル現場。果たして演奏会は熱狂の坩堝、フィナーレ直後は固唾を呑むほど長い長い静寂、そして続く割れんばかりの拍手喝采。ロビーに溢れ出る熱い余韻を感じながら、これから新たな時代を歩んでいこうというわれわれにとって、心強い門出となりました。

「都響は日本でも数少ない、ヨーロッパの中で比して語られるべき、実力と存在感を兼ね備えたオーケストラ」と誇る大野は、今後のオーケストラの方向性を次のように語っています。曰く、“「(都響の)ヨーロッパ的で重層的な響きをより発展させ」ながら、「アジアに根付くオーケストラとして、東西両方の良い点を両手にしっかりとつかんで、空間的に重層的に、いろいろなものが生い茂っていくような形で音楽が栄えていく」ようなオーケストラを目指したい。”日本のオーケストラは、追いつけ追い越せと「本場(=西洋)に認められる」ことをしゃにむに目指し続けてきましたが、今や技術的にはドイツAクラスのレベルに十分比肩する、と言われます。これからは「誰に、何を発信したいのか?」わたしたちにとって、内的にも外的にも、自分たちをとりまく「世界」と真剣に向き合う時に来ていると強く感じます。

Stockholm finale (c)Rikimaru_Hotta

2015都響ヨーロッパツアーより ⓒ堀田力丸

さて、就任初年度はウィーン、ベルリン等5か国6都市でのヨーロッパツアーもあり、祝祭ムードの強い一年でした。しかし、シンプルにひとつひとつの演奏会で大野&都響の真価が問われていくという意味では、これからが本当の勝負どころ。2期目の開幕にあたり大野監督は、2つのコンセプトを掲げています。ご存知の通り、都響は若杉弘、ベルティーニ、インバルらに代表されるスペシャリストたちと蓄積してきた「マーラーの伝統」がDNAの中に脈々と息づいているオーケストラです。それを踏まえ、まずマーラーを「都響の響きの柱」と位置づけ、その交響曲を複数の優れた指揮者と新たな視点で紹介することが一つ。そしてもう一つは、20世紀の音楽に多大な影響を与えた作曲家マーラーを軸に、響きの系統を辿っていこう、というもの。長年培ってきた豊かな大地にしっかりと根を張りながら、遥かな空へ向かって大きく枝葉を繁らせていこう、という試みは、これからの音楽の旅に、新しい出会いをもたらし、好奇心を刺激し、豊かな彩りを与えてくれることと思います。

今季最初となる6月定期で取り上げるのは、ブリテン、ドビュッシー、スクリャービン。前述の「マーラーの系統」にあるスクリャービンを中心に、いかにも大野らしいセンスを感じさせる光の色彩が溢れる作品が並びます。大野いわく、今回のテーマは「音のイメージの極致」。大野が作品の音のイメージを語る時、独自の具体的な視覚イメージやストーリーを持っていることにしばしば驚かされますが(オペラ指揮者としてのキャリアが長いせいでしょうか?)、作曲家との対話に深く深く入り込み、音符に振り分けられた細かな心の機微を読み解いていく天才的なひらめきが、このプログラム「海・光(イリュミナシオン)・雲・祭・法悦」でも遺憾なく発揮されそうです。

Ian Bostridge (c)Simon Fowler

英国の名テノール、イアン・ボストリッジ  ⓒSimon Fowler

また、そうしたフィーリングを共有する素晴らしいアーティストとのコラボレーションも楽しみです。今回《イリュミナシオン》を歌うボストリッジは、大野がリヨン歌劇場管で共演し感銘を受けた名テノール。その初顔合わせではオーケストラから「深い夢から覚めたように、溜息を含んだ賛嘆の声が上がった」とのこと、「間違いなく、今回のハイライト」と大野も力強い太鼓判。「どんな声域でもある独特の憂いを含んだ響きを帯びている」という不思議な美声が紡ぐ《イリュミナシオン》、想像するだけでもワクワクします。

不動の名曲ももちろん素晴らしいですが、一見なじみのない作品でも、素晴らしい演奏でその魅力を発見したときの喜びはまた他に代えがたいもの。わたし自身、これまでに多くのアーティストから未知の音楽に触れるきっかけを数多く与えてもらい、より豊穣な音楽の世界を知ることができたことに心から感謝しています。根底にあるのはいつも、シンプルな音楽の喜び。大野が就任記者会見で語った抱負のひとつは、「都響ではいつも新しい何かが見つけられる。そんなオーケストラにしたい。」ほんの少しの勇気と好奇心をもって、その扉の向こうの遥かなる世界へ、一歩、足を踏み出してみようと思っていただけたら嬉しいです。

佐藤容子(東京都交響楽団 広報・営業部)
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【公演情報】
第809回定期演奏会Aシリーズ 6月8日(水)19時 会場:東京文化会館
第810回定期演奏会Bシリーズ 6月9日(木)19時 会場:サントリーホール
指揮:大野和士
テノール:イアン・ボストリッジ *
管弦楽:東京都交響楽団
ブリテン:歌劇『ピーター・グライムズ』より「四つの海の間奏曲」 op.33a
ブリテン:イリュミナシオン op.18 *
ドビュッシー:《夜想曲》より「雲」「祭」
スクリャービン:法悦の詩 op.54(交響曲第4番)