8月の聖児セミョーノフ|瀬戸井厚子
8月の短評
Text by 瀬戸井厚子 (Atsuko Setoy)
♪8月の聖児セミョーノフ
【Seiji Semenov presents 美しい世界 -Beautiful World- キミとボクと戦争と音楽と】
2026年8月15日(土). 14:00 南青山 MANDALA
聖児セミョーノフ(歌・お話)/浅川太平(ピアノ)
【聖児セミョーノフ音楽会 巴里が見た夢 ―ピアフ、ディートリッヒ、サティ、プーランク、ヴァイル】
2026年8月23日(日) 18:30
旧東京音楽学校奏楽堂(国指定重要文化財)
聖児セミョーノフ(構成・演出・出演)/藤原昌生(ピアノ)
筆者が聖児セミョーノフの舞台に接したのは過去2回、2023年12月の『あなたはエディット・ピアフを知っていますか?』と2025年12月の『三文オペラ 歌舞伎町の絞首台』で、いずれも複数の共演者を迎えての劇場公演。上演意図を鮮やかに具現する手腕に感心したのだが、今回は全く違った深い感銘を受けた。
まず、ライブハウスの小さな空間に出現すると、その存在感は巨大だ。そして声量も(正直、マイクは要らない、と思った)。ここからは語りと歌唱にぐいぐい惹きこまれていく。彼がもう10余年、毎年8月15日に反戦歌を中心とするライブを続けていることを、知らなかった自分が情けない、残念、と思ってしまう。
ユダヤ系ロシアのルーツを持ち国内外で活動する日本人シャンソン歌手・俳優である自らを率直に披瀝しつつ、歌っていく曲は一貫したテーマに沿いながらも実に多彩だ。世界大戦中にうたわれていた流行歌や反戦歌、そして戦争の経験から戦後につくられた歌、日々の生活を愛おしむ歌、愛の歌……。美輪明宏の楽屋を訪ねて歌う許可を得た曲も披露された。一方向からの反戦歌ではなく、否応なくそれぞれの立場に立つしかない人々の、それぞれの真実が表出する歌を、渾身で歌い伝える、その想像力に胸打たれずにはいられない。
「僕はいま一度考えてみたいのです。なぜ人と人は助け合うことだけでは生きられないのでしょう? ましてや人と人はなぜ 21 世紀のいまもなお殺し合わなければいけないのでしょう?」と全身全力で問いかけられて、どう応えるのか、自分で問い続け、考え続けるしかないのだ。
そして、旧奏楽堂の広やかな場では、マイク無し。最初の曲の出だしの1フレーズだけ、あ、語末が聴き取りにくいかな、と感じたが、それは一瞬だけの杞憂だった。ピアノとの響き合いも心地よく、舞台に呼び出されてきたのは19世紀から20世紀へ歩を渡してパリに生きた表現者たち。とりわけピアフの生き様はまさにそこに再現・体現されたかのようだった。
「日本の洋楽文化受容の窓口として明治の面影を残す、現存する日本最古の西洋式音楽ホールで、その時代にフランスで生まれた音楽たちについて語り歌います」という意欲に拍手したい。たっぷりと届けられた音楽が、聴く者の耳と心を満たしてくれた。
会の中ほどでの独奏はもちろんのこと、今回のピアノの素晴らしかったことはぜひ書き記しておきたい。
(2026/9/15)
