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〈過剰〉を〈過剰〉のままで―沖澤のどか/SKOの《トゥランガリーラ交響曲》|内野 儀 

〈過剰〉を〈過剰〉のままで―沖澤のどか/SKOの《トゥランガリーラ交響曲》|内野 儀
Excess in All Its Excess: Nodoka Okisawa and the SKO’s Turangalîla-Symphonie 

  2026年8月23日 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
セイジ・オザワ 松本フェスティバル オーケストラ コンサート Aプログラム(2日目)
2026/8/23 Kissei Culture Hall (Nagano Prefecture Matsumoto Culture Hall)
2026 Seiji Ozawa Matsumoto Festival: Orchestral Concert — Program A (Day 2)
Reviewed by 内野 儀(UCHINO, Tadashi)
Photos by 山田毅(Takeshi Yamada)/2026OMF :大窪道治 (Michiharu Okubo)/2026OMF 

  〈演奏〉
指揮:沖澤のどか
ピアノ:務川慧悟
オンド・マルトノ:原田節
管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ   

〈曲目〉
オリヴィエ・メシアン《トゥランガリーラ交響曲》 

    

©山田毅/2026OMF

《トゥランガリーラ交響曲》は、あらゆる意味で〈過な作品である。85分、10楽章、100人を超える大編成オーケストラ。独奏ピアノとオンド・マルトノ、数多くの打楽器奏者、そしてピアノ・チェレスタ・鍵盤グロッケンシュピール・ヴィブラフォンからなる「ガムラン」群。ティンパニもハープもない代わりに、これだけのものが投入されている。   

過剰〉は規模にとどまらない。メシアン自身、第1楽章の中間部を「ポリリズム、ポリモダリティ、ポリミュージック」と呼んだ(1)4楽章の再現部については、スケルツォ主題、ピアノ独奏、コントラバスのピツィカート、ガムラン群、リズム・ペダルを奏するウッドブロック、小トルコ・シンバル、小太鼓のリズム、木管とホルンの第1トリオ、弦の第2トリオ、そしてトロンボーンの第一循環主題(〈彫像の主題〉)——10の独立した音楽が同時に鳴ると自ら数え上げている(Messiaen, p. 227; Shenton, p. 49)。したがって、打楽器奏者には「第六感」をもちあわせた第一級の精度が必要で、小さな誤りひとつで音楽が壊れる、と書き残している(p.156; p.15)。   

メシアンはまた、「歓びの讃歌(hymn to joy)」と本作を形容するが、その「歓び」の定義そのものが〈過剰〉である。「17世紀の実直なブルジョワ市民が味わうような穏やかで満ち足りた歓びではない」と否定形からその定義を始め、「不幸のただなかにあってかろうじて垣間見た者だけが思い描きうるもの、超人的で、溢れ出し、目を眩ませ、過剰なものだ」と書く(p.151; p.6)。「愛」についても、「トリスタンとイゾルデの媚薬によって象徴されるような、すべてを超え、自らの外にあるすべてを消し去る宿命的で抗いがたい愛」であるとする(同上)。この「愛」が、媚薬による絶対的/超越的「愛」である以上、そこに暴力性が畳み込まれているのは当然である。実際、冒頭でトロンボーンが重い3度で叩きつける第一循環主題を、メシアンは〈彫像の主題〉と呼び、メキシコの記念建造物の恐るべき残酷さを喚起するものと説明している(2)。要するに、この作品において〈過剰〉は方法や結果ではない。〈過剰〉こそが主題である。  

そのことを考えるとき、私はどうしても作曲年代のことを思う。1945625日、セルゲイ・クーセヴィツキーがメシアンに委嘱状を書いた。ドイツ降伏の7週間後である。メシアンの返信は820日、《ハラウィ(Harawi)》を書き上げつつあったプティシェ(Petichet)のサマーホームからで、「美しく、相応の規模をもった作品を書きたい。そのためには夢み、愛し、練り上げ、急がずに管弦楽化する時間が要る」だった(3) 

  ソプラノとピアノのための連作歌曲《ハラウィ》(1945)、この《トゥランガリーラ交響曲》(1946–48)、無伴奏12声のための《5つのルシャン》(1948)。のちにトリスタン三部作と呼ばれる三作は、この数年のうちに続けて書かれた。編成も規模もまったく異なるが、いずれも愛と死をめぐる同じ主題系のもとにある。メシアンの作品のなかで、カトリック信仰を直接の主題としない数少ない例でもある。   

同じ1945年の秋、メシアンにはもうひとつ差し迫った委嘱があった。アンリ・バロー(Henry Barraud)からの、戦時中の強制移送者を追悼する作品である。112日の演奏会に向けて、922日——《ハラウィ)》完成の1週間後——に楽譜を渡せるように《強制移送者たちの歌(Chant des déportés)》を、さらに、1010日の日記には、「クーセヴィツキーのために交響的作品を書く」と記している(4)   

戦時中の強制移送者を追悼する作品と、この巨大な交響曲の初期的構想とは、同じ数週間のなかにあった。作曲そのものは1946717日から19481129日まで(p.151; p.4)行われたが、作曲者自身についても、よく知られているように、自らが収監されていたゲルリッツの捕虜収容所で《世の終わりのための四重奏曲》を1941年に書いて演奏もして(5)   

1945516日——ドイツ降伏の8日後——にメシアンが雑誌『ヴォロンテ(Volontés)』へ寄せた文章がある。「現代音楽には乾いた非人間的なものが多すぎる!」とかれは書く。「来たるべき革新者は言語だけの革命家であってはならない。絶望の塊や、人の住まない惑星ではなく、大文字の愛を」。そして、待ち望まれている「解放者」、すなわち「愛の作曲家」の到来をともに祈ってくれと呼びかけている(6)。「絶望の塊」。「人の住まない惑星」。「解放者」。19455月のヨーロッパで書かれた語彙である。  

この交響曲が戦争を描いていると言いたいのではない。標題にも、作曲者の膨大な自己解説のどこにも、そんなことは書かれていない。だが、これほどの規模の肯定が何に対する応答だったのかを問わずに済ませることもできないのではないか。「不幸のただなかで垣間見た者だけが思い描きうる歓び」——この条件節に、1946年のヨーロッパで指示対象がなかったとは、私には考えにくい。廃墟の記憶は、フランスが戦勝国であったからといって消えるようなものではない。   

専門家ではないので見落としが多いことだろうが、短期間ではあるものの目を通すことができた英語文献にかぎると、メシアンと戦争をめぐる議論は《四重奏曲》と占領期に集中しているようで、トリスタン三部作のほうは、もっぱら二つの方向に読まれてきた印象が残る。ひとつは本作についてのシュルレアリスム的プログラムの解読、もうひとつは作曲者の私生活——病んでゆく最初の妻クレール・デルボスと、イヴォンヌ・ロリオとの関係——への還元である。 

 後者は、私にはあまり実りがあるとは思えない。第一に、メシアン自身が私生活と作品を明示的に結びつけていない。シェントンも、まさにその理由でその論点を扱わないと断っている(7)。第二に、そもそも個人的な恋愛の高揚だけでは、この規模と構造を説明しきれない。この規模は、私的な感情の器としては明らかに大きすぎる。   

もちろん、〈過剰〉は、説明されるべき欠陥ではない。これは端的に誇大妄想である。あるいは、過大妄想とでもいうべきか。初演前のNBCの放送でクーセヴィツキーは、《春の祭典》に次ぐ今世紀最大の作品だと言い切った(8)。誇大/過大な言い方である。だが誇大/過大であることこそが、この作品の内容なのだと思う。廃墟のあとに、この規模で〈愛〉と〈歓び〉を主張すること。〈まっとう〉な振る舞いではない。そして、〈まっとう〉ではないことが必要だったのではないか。  

メシアンは1953年、自分は神秘主義の音楽家ではなくシュルレアリストの音楽家である、ただしその超現実への欲望は超自然によって超えられている、と述べている(9)。シェントンはこの発言を、ブルトンの『シュルレアリスム第二宣言』(1930)に重ねている。ブルトンがそこで求めたのは、「生と死、現実と想像、過去と未来、伝達可能性と伝達不可能性、高と低がもはや矛盾として知覚されなくなるような精神の一点」(10)であった。第一次大戦後に成立したシュルレアリスムの論理が、戦後期のメシアンの自己規定に重ねられる。歓びと恐怖を対立させないこと、〈愛の主題〉と〈彫像の主題〉とを同じ作品に置くこと。それは意匠ではなく、あの時代への応答となる思想として、私には聴こえる。   

だから、この作品を単一の陶酔へ向かって収束させる聴き方には、私は与しない。緩徐楽章の〈愛の主題〉に匂い立つような官能を求め、終曲に忘我を求める——そうした期待は、作品の多層性を単一の陶酔へ狭める読みだと思う。   

サンスクリットの題、ヒンドゥーのターラ、ガムラン、メキシコの記念建造物、ボスとシャガールとピラネージ。快楽の園と出口のない牢獄。この作品が抱え込んでいるものは、どこまでも多元的であり、その多元性には〈地獄的なもの〉まで含まれている。二元論を拒むこと、一つの中心へ回収されないこと。それが、この〈過剰〉の設計思想である。   

©大窪道治/2026OMF

23日の演奏は、まさにそれを鳴らした。沖澤のどかはこの日、指揮棒を持たずに振った。打点を棒で叩き込まない身ぶりが奏者に過剰な圧をかけず、テンポは「押される」のではなく「走り出す」。第5楽章や終曲の疾走感は、絶対的なテンポの速さからではなく、その場その場の奏者との呼吸から生まれてくる。〈自然体〉、という言い方がふさわしい。   

そしてこの〈自然体〉は、〈過剰〉を手なずけるための方便ではなかった。同時多発は同時多発のまま残り、しかしカオスにはならない。第2楽章冒頭で三つの群が別々のリズムを刻む箇所も、ガムラン群が主要主題と併走する箇所も、均されることなく、それぞれの層として聴こえてくる。沖澤は公演前に、「すべてをクリアにすることによって濃厚にしたい」と語っていた。「どこまでも緻密に作ったうえで、それを体に沁み込ませる。そして、オーケストラが曲を知り尽くした状態にしたうえで本番に自由になるような——そこを目指」す、とも(11)。明晰さは削減ではない。〈過剰〉が混濁ではなく〈過剰〉として聴こえるための、重要な条件の一つである。抑制でも整理でもなく、〈過剰〉を〈過剰〉のまま、リアルタイムに立ち上げること。この作品にこれほど相応しい方法があるだろうか。  

その姿勢が最も明瞭に出たのが、第8楽章の終わりである。「愛の展開」と題されたこの楽章では、〈和音の主題〉がよく聞こえる。だがこの楽章は〈彫像の主題〉で閉じられる。しかもその最後の音は、管楽器から、タムタム、大太鼓、ピアノ、コントラバスへと受け渡される。打たれた瞬間から消えはじめる音である。「愛の展開」が行き着いた先に、この落下がある。減衰を聴きつづけるあいだ、それが恐ろしいのか美しいのかは判別できない。沖澤はその減衰を、かなりの長さにわたって聴かせた。急ぐ理由がないから急がない。それだけのことが、この作品ではほとんど過激に響く。他方、全曲を締める終曲の最後は、極端に引き延ばされることなく、比較的速いポイントですっきりと切り上げられた。   

四つの循環主題のうち、メシアンが唯一象徴的意味を与えなかったのが〈和音の主題〉である。かれはこれを、主題というよりも異なる音の層を成り立たせるための口実だと言い、中世錬金術の標語を引いている——分離し、そして凝固させよ。要素へと分解し、新たな形へ組み直す(12)。この日の演奏が全曲にわたっておこなっていたのは、まさにその作業だった。   

©山田毅/2026OMF

務川慧悟のピアノは、第1楽章のカデンツァから第5楽章の強打まで、和音の一音一音が分離して聴こえる明晰さを保った。強奏でも音が濁らない。舞台前方下手側にピアノ、チェレスタ、鍵盤グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、上手側にオンド・マルトノという配置で、鍵盤・打楽器群の合奏はきわめて緊密だった。原田節のオンド・マルトノは、前から13列目やや下手寄りという私の席では音量的に前に出てこず、弦との溶け合いのなかに沈む場面が多かった。席位置による部分が大きいだろう。  

緩急の振幅も、極大から極小まで振り切ったダイナミクスの幅も、「楽譜どおり」と言ってしまえばそれまでかもしれない。だが今回聴こえたのは、楽譜の指示の「再現」ではなく「現実化」だった。書かれていることが、その場で実際に起きるのだ。  

私には、廃墟の記憶のうえに立つ〈まっとう〉ではない規模の肯定として聴こえた。それは一つの答えに収束することを拒み、多元的なまま、〈過剰〉なまま鳴りつづけるように感じられた。きな臭さを増していく2026年の日本で、その〈過剰〉が整理も馴致もされずに響いたことには、意味があると思う。純粋な音楽として、である。

(2026/9/15) 

  
(1)Messiaen, O. (1995). Traité de rythme, de couleur, et d’ornithologie. Volume 2, Paris: Alphonse Leduc, p.163. Shenton, Andrew. Olivier Messiaen’s Turangalîla-symphonie (Elements in Music since 1945) , London: Cambridge UP, 2023, p.41からの孫引き。上掲書からの引用はシェントンの著作による。和訳はシェントン本の英語からの拙訳。以下、同書からの引用については、両書の頁数のみを記す。 
(2) Quoted in Shenton, p.36.
 (3)ナイジェル・シメオン(Nigel Simeone)によるハイペリオンCDA67816ライナーノート(2012)の記述による。https://www.hyperion-records.co.uk/dw.asp?dc=W14114_67816。シェントンもまた、シメオンの記述を引用している(p.4)。 
(4)Ibid.
 (5)《世の終わりのための四重奏曲》についての、メシアンが収監されていた捕虜収容所での演奏や解放後の同曲の経緯については、Leslie A. Sprout, “Messiaen, Jolivet, and the Soldier–Composers of Wartime France”, The Musical Quarterly 87, no. 2 (2004): pp. 259–304に詳しい。 
(6) Quoted in Shenton, p.21. 
(7)Shenton, p.35. 
(8)Quoted in Shenton, p.1. エピグラフとして引用されているが、19491128日、NBCにおけるオリン・ダウンズ(Olin Downes)との対話である。 
(9)Quoted in Shenton, p.18. 
(10)Shenton, p.18. 
(11)「 J-WAVE NEWS2026年7月28日(https://news.j-wave.co.jp/2026/07/content-5509.html)。 
(12) Shenton, p.38.シェントンが本書で引用するメシアン自身による循環主題についての説明は、1991年のドイツグラモフォン版の録音に付されたライナーノートによる。 

[Performers]
Conductor: Nodoka Okisawa
Piano: Keigo Mukawa
Ondes Martenot: Takashi Harada
Orchestra: Saito Kinen Orchestra

[Program]
Olivier Messiaen: Turangalîla-Symphonie