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プロムナード|届かぬ思い—ある写真家の祈り

Text by 長澤直子 

 

ふとしたきっかけでオペラと出会った。オペラの魅力は声の魅力だ。歌っているというよりも響いている。肉体という限界を脱ぎ捨て、魂の震えが声となって劇場空間に響き渡る。決して目にすることのできない声の魅力に取り憑かれた私は、この深淵を何とか可視化しようとカメラで追いかけ続け、時には空しい努力を重ねている。

あれから20年以上が経過したが、私を突き動かしているのは、もはや職業的な野心でも、対価としての報酬でもない。いや、オペラを撮るということに対しては、最初からそのどちらにもさしたる興味を持たなかった。

こっそり白状してしまえば、まだ満足に機材すら持っていないという段階から、オペラを撮るということに対してだけは妙な自信があった。これほどまでに声と役柄の理解につとめ、その核心を射抜ける人物は、オペラファンである自分の他にはいないだろう・・・そんな不遜なまでの自負と、オペラを前にして無意識に湧き上がる情熱を備えていた。時を経ても炎は現在も燃え続けているのだ。

 

舞台を記録するということには厳格なルールがある。限られた「オフィシャル」という枠組みが、秩序を守るために不可欠であることは重々承知している。公式でもない者が、あつかましくも「撮らせてほしい」と願い出るのは、分不相応で常識から外れた望みなのかもしれない。

ただ、一人の表現者として、こう思うことがあるのも事実だ。 芸術の記録とは、もっと多角的であるべきではなかろうかと。むしろ、異なる視点、異なる哲学を持ったレンズによって、その輝きはより立体的に、より豊かに後世へ受け継がれる可能性につながるのではないのだろうかとさえ思う。それぞれがプロとしての矜持を込めて、その瞬間にしか存在しないと信じるものを、各自が写真として可視化する。そんな写真表現の自由ともいうべき世界が、いつの日か現実のものとなることをフリーランスの写真家として切に願っている。 

私が求めているのは、単なる記録写真ではない。オペラという芸術への深い敬意から生まれる「視覚的な対話」だ。画家が心を揺さぶられたモデルを前にして「描かせてほしい」と乞うような、純粋な創作衝動と同じ場所にある。ただひたすらに「この美しさを永遠に閉じ込めたい」。いささか身勝手ともいえるオペラへの片思いなのだ。 

舞台の光から遠い場所にいる時でさえ、最高のシャッターを切るための準備を怠ることは、私には決してできない。いつか訪れる(かもしれない)奇跡のような瞬間のために、私はただ、一表現者として生き続ける覚悟がある。オペラを愛し、その魅力を一人でも多くの人に伝えたい。オペラへの入り口が、もっと身近にもっと沢山あるといい。その情熱がある限り、私の孤独な旅は終わらない。 

(2026/5/15)