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パリ・東京雑感|移民はかならず禍をもたらすのか?|松浦茂長

移民はかならず禍をもたらすのか?

Text by松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

移民の大規模移送に抗議するロサンゼルス市民(2025年6月)

あれよあれよという間に、「外国人労働者」の問題が選挙の一大争点になったのには、びっくりした。大分前から、ヨーロッパでもアメリカでも、「移民を入れるな、追いかえせ」と声高に叫ぶ党が大躍進するのをみて、「外国人労働者の受け入れはよほど慎重にやらないとあぶない。へたすると日本だって極右が権力を握る時代が来るぞ。」と、気にかかっていた。でも、フランスは人口の1割が外国生まれ、ドイツは2割もいるのにくらべ、日本には外国人が2.8パーセントしかいないのだから、極右が脅威になるにはまだまだ余裕があると、のんびりかまえていたのが間違いだった。去年の参議院選挙を境に、外国人への警戒感が一挙に高まってしまった。

いま地球は「大移民時代」の真っただ中である。数百万の人々が、海を越え、谷を越え、より良い未来をめざして移動し、2億8100万人が生まれた国の外で暮らしている。なかでも難民の数は5000万人。過去10年で3倍に増えた。
津波のように、貧しい国の人々の大群が押し寄せるのを想像し、ヨーロッパはパニックにおちいった。どうすれば移民津波に押しつぶされないですむか? パニックにおちいり、思考の混乱した英国社会の出した答えがブレグジット、EUからの離脱という取り返しのつかない愚行だった。
アメリカは、もともと移民がつくった国なのに、トランプは「移民追い出し」を公約して大統領に返り咲いた。

ルノー・カミュ

フランスの作家ルノー・カミュが説いた荒唐無稽な〈大置換Grand Remplacement〉理論というのがある。かつてはマイナーな異端説だったのに、いまトランプ・ワールドの影響下、世界政治を動かす強力なイデオロギーに格上げされた観がある。〈大置換〉とは「ヨーロッパの白人キリスト教徒人口が、中東やアフリカからの非白人(主にイスラム教徒)の移民によって、意図的に、入れ替えられてしまう。これは自然な人口変化ではなく、政治家やメディアが意図的に仕組んだ陰謀だ。」とする事実無根の妄想だが、トランプ政権の発言の根底には、〈大置換〉への恐怖が、通奏低音のように鳴り響いている。
去年12月に発表した「国家安全保障戦略」は、現在のヨーロッパが「文明的な消滅(Civilizational Erasure)」の危機に直面していると、大上段から警告を発し、その根拠として、制御不能な移民の流入が、各国のアイデンティティを破壊していると断ずる。イスラム非白人の大波が、白人キリスト教文明をのみ込んでしまうぞ、と無策なヨーロッパをさげすみの目で見ているのである。そして、おせっかいにも、ヨーロッパを消滅から救う希望があるとすれば、「愛国的な欧州諸政党の影響力が増大していることだ」、と暗にドイツやフランスの極右政党が政権を握ることを期待する。

では、トランプのお気に入り、オルバン首相のハンガリーは、〈大置換〉の危険を免れたのだろうか? 2015年~2016年、シリア人を中心に、250万人の難民がヨーロッパにやってきたとき、オルバン首相は、「経済を動かすためにも、人口を維持するためにも、国の未来を築くためにも、移民は一人もいらない」と豪語した。ところが、2023年頃になると、労働力不足にたえられなくなり、「移民」はいらないというたてまえをくずさないまま、「ゲストワーカー」という名目で、外国人をよびよせ始めた。しかし、時すでに遅し! 移民を拒否したハンガリーは、経済停滞という報いを受けたのだ。若者たちは遅れた祖国に見切りを付け、57パーセントが10年以内に外国で就職したいと脱出を願っており、ずっとハンガリーで暮らしたいという若者は6パーセントしかいない。

移民をめぐる力関係が変わりつつある。先進国はこれまでグローバル・サウスから北に向かう人の流れの中から、自分たちに必要な人材を選別できると考えてきた。ところが、ヨーロッパだけでなく、豊かになった韓国も中国も急速に出生率が下がり、各国いっせいに働き手が不足する。もっとも稀少な資源は「人間!」という時代が到来するのである。
移民経済を研究するハーバード大学のマルコ・タベリーニ教授は、「(移民をめぐり)意見が両極に分れ、分断化された状況のため、大方の人が大局的展望を見失ってしまった。見逃してはならない趨勢は何か。先進国が移民を獲得するためには、他国と移民引き抜き競争をして、勝ちぬかなければならない時代がやってくることだ。」と予言する。
移民獲得大競争の時代、他国に勝つためには、「日本で働きたい」と思わせる魅力がなければならない。今の日本は、安全で平和だし、若者をひきつけるポップカルチャーも豊富だし、技能を習得する制度もある。何かと批判の多かった「技能実習制度」だが、建設現場や工場で立派に技能を身につける若者も少なくなかった。日本の現場技能の質はどこにも負けないので、たとえばフィリピン人の若者は、実習を終えると、オーストラリアやニュージーランドに引き抜かれてしまう例も少なくない。

学生時代のゲイン君

30年ちかく前、カンボジアからの留学生ゲイン君を時々招いて、家庭の味を味わってもらったことがある。パリにもやって来て、数日わが家に泊まっていった。卒業後も日本に残り、プラスチック原料をあつかう大企業に就職し、日本女性と結婚したことは知っていたが、会う機会はなくなっていた。
ところが去年、とつぜん「お母さんとお父さんが来ています。カンボジア料理をご馳走したいから家にきてください。」と招待された。郊外の見晴らしの良い場所に、小さな池のある中古住宅を買い、内装をすっかりあらためた。休日ごとにこつこつ日曜大工をして、「やっと松浦さんに見せられる形になった」というのだが、素人の仕事とは信じられない。貫禄のテーブルは、8万円で手に入れたウォールナットの一枚板からつくった。贅沢なことに風呂場が二つ! ゲイン君が説明するに、「カンボジアではお客さんが来ると、遠慮せずに泊まっていきます。お風呂は必ず勧めますから、大勢親戚が来たら、風呂場が一つでは間に合いません。」庭には、母国の料理を作るのに必要な香草がたくさん植えてあった。

日曜大工で改装した家に招いてくれたゲイン君と両親

ゲイン君と両親のゆったりした時の流れが、ぼくにも作用して、なんともいえず心地よいひとときを過ごさせてもらった。〈カンボジア時間〉が、セカセカした〈日本時間〉の疲れをいやしてくれたのだ。外国人は日本の経済に寄与してくれるだけでなく、人が生きる姿勢に、新鮮な息吹を加えてくれる。文化的・精神的寄与も忘れてはならない。
SNSには、外国人を誹謗中傷するメッセージがあふれているそうだが、地方の経営者たちは、口をそろえて「外国人なしではまわらない。」と言う。建設、工場、農業……外国人の働き手なしにやって行けない現実に、いたるところでぶつかる。
茅野や上諏訪のカトリック教会に行くと、1~2割の信者が外国人。ミサの間に歌う聖歌集の中にフィリピンや南米の曲もまじっていて、そういう音楽になると、だんぜん演奏のレベルが上がる。アドリブの声部が加わったりして、こちらも浮き浮き、精神高揚のひとときだった。
ミサの後、フィリピン人グループに声をかけたら、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで勉強したとか、アメリカの有名大学を出たとか、選りすぐりの若者たちに見えた。熱帯生まれの秀才たちが、信州の厳しい冬を我慢して、働いてくれるのだから、日本にはまだ彼らをひきつける魅力があるに違いない。

人間が自分の生まれた土地にすみつづけたいという衝動は強力だ。世界人口の96パーセントは、自分の生まれた国で暮らしている。ぼくは、ロンドン、モスクワ、パリで暮らし、フランスの長期滞在許可証をもっているけれど、外国で暮らすのは、やはりエネルギーが要る。日本女性と結婚し、何冊かの本を書いた中国人が、しみじみと「外国で生きるのは、それだけで疲れることです」と言っていた。
ぼくのように本拠を日本において、ときどき外国で暮らすのでも疲れるのだから、母国を捨て外国で人生を築く決断が出来るのは、限られた人たちだ。本当に困窮し、疲れ果てた人たちには海外に移住する余力がない。未知の土地で自分の可能性を試そうとするクリエイティブな精神の持ち主が、移住を考える。

フジテレビのパリ支局に勤務していたとき、ビル清掃のおじさんと仲良しになった。ヌルディーンさんというチュニジア人で、朝4時頃やってきて、9時半までに1階から8階のオフィスを綺麗にする。難しい『ルモンド』紙を読むかと思うと、処分した日本の週刊誌を、なぜか大事に保存していた。イスラムについて聞くと「ジハード(聖戦)とは自分の心の悪と戦うことです」とか「クリスマスにはイスラム教徒が教会に食べ物を持って行くし、ラマダン明けには、教会の方が私たちの所に食べ物を持ってきてくれます。庶民の町では、教会とモスクは隣人です」と教えてくれた。
傑作なのは「息子は公立学校にやりません。あんな所に行ったら親を尊敬しなくなる。カトリックの学校に入れました。」というのだ。わが家の引っ越しを頼んだら、レンタルの小型トラックに、2人の息子とモロッコ人の若者を乗せてやって来た。もの静かで見るからに正直そうな人柄だから、いろんな仕事を頼まれるらしい。夜明け前から夜まで働くのは、清掃会社を立ち上げる資金作りのためだそうだ。
ヌルディーンさんのようにハードワークをいとわない外国人がいるおかげで、フランスの社会・経済は動いている。寝室の窓を防音二重窓に取り替えたときの職人さん(アルゼンチン出身)も、働き者だった。仕事が終わったところで、「居間の窓が閉まりにくくて困る。なんとかならないか。」と頼んだら、一人では持ち上がらない部厚い二重ガラスの窓だったので、土曜日に息子を連れてやって来た。力持ちの親父さんとは正反対のほっそりして頭の良さそうな青年。思わず「何のお仕事?」と聞いてしまった。お父さん、嬉しそうに「銀行員です」と言う。そして「私は、水漏れ、ペンキ、大工仕事何でもやりますよ」と、携帯の番号を残していった。夜も休日も働いて、息子を大学に通わせたのだろう。
振り返ってみるとわが家で働いてくれた職人さんは、全員外国人だった。ペンキ塗りはペルー人とコロンビア人。朝8時前から仕事を始め、10日間の予定を9日で仕上げた。
光ファイバーの配線はカリブ海出身のかわいい若者。
水道・排水工事はアフリカ人の大男だ。(パリ・東京雑感|多文化共生の罠 移民をどう迎える?|松浦茂長 |2018年12月)

ヨーロッパは建設も農業もサービス業も外国人がささえているのに、だれもが移民政策は「失敗した」と感じている。振りかえってみると、シリア難民ら250万人がヨーロッパにやって来た2015~2016年が歴史の分岐点だった。「私たちはやりとげられる」と、すべてのシリア人受け入れを宣言したメルケル首相の勇気ある決断に応えて、ドイツ国民は熱狂的に難民を歓待した。ところが、翌年、イギリス国民は、移民流入を阻止するために、国民投票でEU離脱を決める。10年後のドイツでは、極右政党が人気第二位。旧東独地区では30~40パーセントの支持を集め断然トップだ。ヨーロッパの政治は難民問題に翻弄され、ほとんどの国が反移民の極右・ポピュリスト政党の手に落ちそうな、あやうい状況にある。

スペインのサンチェス首相と閣僚

ヨーロッパが、のきなみ「移民」でつまずくなかで、目立つのはスペインの成功だ。大胆に外国人労働者を迎え入れても、国民から、「やめろ」の声は起こらない。おまけに、今年はじめ、トランプのアメリカと正反対の大胆な手を打った。アメリカは滞在許可証のない不正規移民を捕え、血も涙もなく追い出す作戦を猛然と開始したのに対し、スペインは許可証を持たない移民50万人に期限付き滞在許可を与えたのである。
3年連続してスペインはヨーロッパ一の経済成長を達成し、失業率は20年来最低(といっても10パーセント近いが)、貧困レベルも貧富の差も縮小した。『ルモンド』は、スペインを「ヨーロッパの牽引車」と称賛したほどだ。
「移民は一人もいらない」と胸を張ったオルバンのハンガリーが経済低迷し、若者たちの大量国外脱出を招いたのと対照的に、スペインは移民優遇によって、失業率を下げた。フランスではひところ「ポーランドから来る水道配管工に職を奪われる」と外国人労働者を警戒する騒ぎがあったけれど、スペインでは移民のおかげで、かえって職が増えたわけだ。

ウクライナを訪問しゼレンスキー大統領と会うサンチェス首相(2023年2月)

スペインのサンチェス首相は『ニューヨーク・タイムズ』に投稿し、50万人滞在許可の理由を説明している。

指導者たちは、私たちみなが直面するジレンマについて、国民にはっきり話すべき時が来た。私たち西欧諸国は、閉鎖的で疲弊した社会を選ぶか、あるいはオープンで繁栄する社会を選ぶか、決断しなければならない。成長か後退か二つに一つだ。「成長」という語によって、私は物質的増加だけを語るのではない。外国人に開かれた社会は、私たちの精神的成長にもつながる。(ペドロ・サンチェス『だから西は移民を必要とする』〈ニューヨーク・タイムズ〉2月4日)

ただし、スペインには外国人労働者と良い関係をたもてる有利な条件がある。
①昔スペインが貧しかったとき、スペイン人は豊かな国に稼ぎに行った経験があるので、移民の気持ちが理解できる。
②スペインに来るのは主に中南米、つまりスペイン語を話す国からの人たちだから、コミュニケーションの問題が起こらない。
③フランス、イギリスへの移民は旧植民地の人々が中心であり、支配された者の屈辱感やうらみが残っているけれど、スペインと南米の間にそうした怨恨関係はない。

さて、日本は外国から来る人々とうまくやって行けるだろうか? ヨーロッパの「失敗」から、何を学べるだろうか?
フランスではよくこう言われる。「外国人が多い町に住み、毎日かれらと顔を合わせて暮らす人たちは、外国人をおそれたり嫌ったりしない。移民をこわがるのは、その周辺に住む人たちだ。」外人嫌い、外人恐怖の大部分は、空想力の産物なのだ。流行に敏感なお洒落な若者(ボボ)は、白人だけの地区に住むのはダサイと感じ、非白人が適当にまじった通りに住みたがる。
今回、建築家やデザイナーの友人に聞いてみて、驚いた。職人不足はぼくの想像をはるかにこえており、日本の建設をになうのはいまや外国人なのだ。日本人の職人は年寄りばかりで、どんどんやめていくから、床を張る人がいない、じゅうたんを(幅4メートル100キロ)運べる人がいない……仕事は遅れるばかり……。深刻なのはエレベーターを取り付ける職人だそうだ。エレベーター本体は出来ても取り付ける人がいないので、1年待たされるとか。建設計画が立てられないとなげく。
まず事実を知ろう! 人手不足はどのくらい深刻なのか? 日本に来る外国人はどんな人たちか? 現実にふれればふれるほど、「奈良の鹿を蹴上げる外人がいる」などと言って、外人排斥をあおる空想論に迷わされずにすむ。

(2026/3/15)