プロムナード|ドイツの保育園|小石かつら
ドイツの保育園
Nursery in Germany
Text by 小石かつら Katsura KOISHI
2000年代の終わりから、子どもを連れてドイツに行くようになった。お世話になった保育園は、ベルリン、ライプツィヒ、ハイデルベルク。今回はその中から、2010年に1年間滞在したライプツィヒの保育園のこと。当時2人お世話になったのだけど、今回登場するのは3歳のザイ。
広い砂場。日本の保育園の園庭全部くらいの大きさだ。初めての日、ザイは歓声をあげた。全身砂まみれ。日本の保育園で「ポケットから砂が出てくる……」なんて言って文句タラタラだったのがバカバカしかった。ドイツでザイは、まるで砂が歩いているようなものだった。園全体も広い。ある時ブランコから落ちたと言って、背中も顔も血だらけの大怪我をしていたのに、先生は誰も見ていなかったという。日本の大規模な小学校くらい広いのだから仕方ない。
給食として、朝ごはんと昼ごはんが出る。朝ごはんは登園時間すぐから用意してあって、バイキング方式。食べたいものを食べたいだけ。昼ごはんは温かい料理が用意され、これも、食べたいだけもらう。そして、残し放題。先生は捨て放題。
一事が万事、やりたいことはやり放題。「ザイはカメラに興味があるみたい」と言って、先生のカメラを渡してもらう。何日も、「ザイはカメラマン」と言って、大人のちゃんとしたカメラで写真を撮る。撮った写真を見せてもらってびっくりだ。何が写っているのかわからない。ピンボケなのはもちろん。でもそれを先生は「すごいでしょ?」と言って、なんと、プリントして渡してくれる。「一つの被写体を追いかけてる、今日は足と腕!」とかなんとか。積み木に興味があるとなれば、積み放題。やりかけの積み木は次の日まで保存してくれる。広い部屋がいくつもあるので、部屋も使い放題。廊下でやりたければ廊下でもよい。「もう解体してよい」と本人が言うまで、何日も保存される。消防士に興味があるとなれば、消防士の服を着せてくれて、消防士ごっこやり放題。もちろん、いつまでもやり放題。
親子での行事もある。そんな時、日本だったら事前準備に精を出す。誰が何をするのか、まずは役割分担の会議。それぞれの役が前年度資料の確認をして今年度の手順を作成する。買い出しに行くお店を決め、買い物に行く係を決め、パンは何個、お菓子は何個、ジュースはいくつ、アレルギーの確認、紙コップや紙皿はどうする、会計管理、タイムスケジュール作成、ゴミの分別、事後報告まで抜かりなく、徹底的に。ドイツだったら、なんにも無い。お迎えの時に出会った人と、だいたいのことを話す。一人一品、手作りのものを持ち寄る。フルーツサラダ、普通のサラダ、天板に大量のケーキ、鍋いっぱいのスープ、飲み物。重なってもいい。会計は無い。自分が好きなものを、自分が好きなように用意して持ち寄る。だいたい、行事がいつ始まって、どこで何をして、いつ終わったのかも、よくわからない。ダラダラ、ダラダラ。でも、いろいろ満喫して、とびきりたのしい時間。
ある日、迎えに行ったら褒められた。「ザイは、みんなと同じことをしない。呼んでも来ない。どうしたらこんなに意志のある子が育てられるの?」
耳を疑う。もう一度、尋ねた。逆じゃないの? みんなと同じことをすべきじゃないの? これは怒られる場面じゃないの? 何故、先生に呼ばれても行かないことがいいの? 何故みんなと同じ活動に参加しないことがいいの? たんに、わがままなんじゃないの? 私が余程、きょとんとしていたのだろう。先生は本気の顔をして、ゆっくり、はっきり、話してくれた。
人と同じことをしない、ということはすばらしい。私たちは、あの戦争を経験しています。あの時、良いも悪いも考えずに、私たちは人と同じことをしました。それが、あの過ちになりました。小さい時から無意識に人と同じことをする。それは、良くないことです。ザイは、まだ3歳なのに自分の意志をしっかり持っている。どれだけ私たちが魅力的なことをしていても、見向きもしません。これは、本当にすばらしいことです。もちろん、ドイツ語はよくできていますよ。ドイツの子と同じように話します。意思疎通は何の問題もありません。私たち保育者は、彼の意志を尊重します。
天地がひっくり返るほどびっくりした。私の人生にとって、大事件だった。この考えが、良いのかどうかは今でもよくわからない。でも、ライプツィヒの保育園は、この考えが貫かれていた。好きなことをやり放題なのも、給食が食べ放題で残し放題なのも、行事がバラバラなのも。
ザイは歌が好き。保育園で次々と習ってくる。毎日、何十ものドイツの歌を歌っていた。半数くらいは私もよく知っている歌。そして半数くらいは、まったく知らない歌だった。ザイの歌う歌詞を聞き取って、インターネットで調べる。知らない歌は、東ドイツのものだった。そう、ドイツ再統一から20年経っても、東ドイツの歌は、保育園で歌われていた。ある時、バス停でバスを待っていたら、ザイが大きな声で歌い始めた。「凧のフリードリンは、月まで飛んで行くよ。空から世界はどんなふうに見えるの? もしもスプートニクに出会ったら、よろしくね」。そんな歌詞を大きな声で歌う。親バカながら、かなり上手い。私もうれしくなってほのぼのしていたら、バス停のベンチに座っていたお婆さんが、涙をぽろぽろと流して、いいねえ、いいねえ、と言ってくれた。再統一から20年経って、何も知らない国から来た何も知らない幼児が、何も知らずに歌う。私たちは、到着したバスに乗った。ザイは大きく手を振った。
(2026/4/15)
