三つ目の日記(2024年12月)|言水ヘリオ
三つ目の日記(2024年12月)
Text by 言水ヘリオ(Kotomiz Helio) : Guest
2024年12月1日(日)
深夜、12月2日付の手紙を書く。梱包材として使われた薄いよれよれの紙に水性ボールペン。文字の線がところどころかすれる。上からなぞる。ていねいに書いたつもりだったが、ある程度書いて見渡すと、上手な文字からはほど遠い。3つの用件を◆で区切る。110円で送れる封筒に入れるつもりであったが、書き終えてみると、この紙には折り目をつけたくないと思い、定形外の封筒に入れることにする。宛名を書き、自分のゴム印を押して、70円切手を2枚横に並べて貼り、封をする。すぐ郵便ポストに投函する。
12月4日(水)
高田馬場。飲食店の連なる細い通りを歩く。以前ギャラリーの方が教えてくれた、日本人客の少ない中華料理店でニラとレバ炒めの定食。酢豚に見えるものが運ばれてきたので、本場のはこうなんだ、ととまどいながらも箸をつけようとしていたとき、それが隣の席の人の注文したものとわかったらしく、店員さんがあわててニラレバと取り替えにきた。
岩崎美ゆきの写真の展示(*2021年11月20日の日記)。午後3時を過ぎた頃。ガラス越しに外光が入り、入口近くの壁や写真の上にさしこんでいる。数日前に夢にあらわれたばかりの花と同種の花が、偶然、知らん顔をして写真に収まっている。誰かと夢を共有したのでなければ、自分だけがこの偶然に気をとめている。でも、ほかの写真もそんなふうに、自分だけが見ているものごとかもしれない。
写真のなかの植物やその様子から、撮影地が南の方であることが推察される。作者から、撮影した場所の、島の名を聞いたはずだが、どこだったか忘れてしまった。ここ数年は、島や海で撮っているけれども、今後も通って撮り続けるわけではないという。
太い木の枝から、四角形の網の四つの角が紐で結ばれつり下がっている様子が写っている写真。
「網の真ん中にあるのは木の実かなにかでしょうか?」
「さあ。網には人が乗るんではないでしょう。紐が細いし。この写真、撮ったことを覚えていないんですよ。写真を整理してたら出てきて。こんなの撮ったんだ、って」
撮ったことを覚えていない写真。その瞬間は確かにあったはずなのに。あるいは、自宅の台所で、まるで試し撮りのように撮ったのもあるという。
帰宅して、もらってきたDMを眺める。展示のタイトル。「むこうの海では、雨がふっている」。むこうの/海では、/雨が/ふっている(/は改行位置)。漢字で表記される可能性もあったはずのいくつかの文字が、ひらがなになっている。「むこうの海」「海では、雨が」「雨がふって」と区切り変えながら、「ふっている」へと辿り着く。
展示会場に、壁の写真とは別に、椅子の上に、ことばのつづられている冊子が置かれていた。ことばは、開いて左側のページに一篇の、短いものが数ページ。すぐに読むことができたが、これは、ゆっくりと時間をかけて何度も読むたぐいのことばに思えた。閉じて椅子の上に戻し、傍にあった珊瑚の小片を冊子の隅に乗せた。それから、作者と話をしたりしていた。その合間に、作者は珊瑚の小片を冊子から避けて動かした。また、小片はいくつかあり、どれを置くのか、作者は選んでいるようであった。
12月6日(金)
十数年経ち、結び目が緩み、ほどけた紐。保管されていたそれらは、結び目のない一本の紐のいくつかとして、いま、放置されている。紐は、自ら結び目を再び作成するすべをもたない。なんらかの動作が、なにものかによって起こされる必要がある。さもなくば、紐はほどけたまま、焼却されるだろう。
12月7日(土)
高田馬場から西武新宿線で拝島行きに乗る。50年前の今日ももしかしたら、同じ電車に乗ったのではないだろうか。中井で都営大江戸線に乗り換え、新江古田着。一年に二回展示を開催するギャラリーでの、井川淳子の展示(*2020年10月2日の日記)(*2月、美術)(*2023年12月7日の日記)。1階の展示室に入る。とても大きなモノクローム写真。波打際、手、の写った小さなモノクローム写真。大きな写真の作品は、なにを被写体にしているのか。もわもわとしたもの? なにであるか。作品は、そこからはなれて、別のものごととして見るよう誘っているように思われた。2階の展示室へ移動。目を取り替える。階段の途中に、小さな、花の写った写真。そして登りきると、右側に、花の写った写真に連なる、小さな、花の写った写真。左側の大きな展示面には、黒い額の大きな黒い写真。その周囲に、小さな写真の作品が数点。2階の写真もすべてモノクローム。
つむられた目。一瞬開いて閉じてそこに残された残像。残像は徐々に消えていく。追憶が始まる。作品の生成をそのように考えてみる。そして一点の作品を見ては、そこから去り、ということを続ける。被写体は、写真になるにあたってその様子を変える。一瞬と言ってよい運動。その静止。
12月10日(火)
展示が行われているのは、六本木の東京ミッドタウン内にあるインテリアショップ、Time & Style Midtown。広い店の壁面に、家具とともに、高い天井の白い壁一面に、向井三郎の作品(*2021年11月24日の日記)が約20点。
店内、ジャズの音楽が流れている。それも邪魔には感じられず、展示を譜面にして演奏しているかのようにさえ聞こえる。作者の引く線。作者にそのような線を引かせたみなもと。風や雲や空や鳥や水面や草、それらのたてる音。それらのなかで起こっている収縮や拡散。「車にイーゼルや画板を積み込み近くの水辺へ出かける。近年の私の制作は屋外での風景デッサンが中心なのだ」(向井三郎)。作品を見る。作品を見る。律動が伝播する。
12月14日(土)
喫茶店で本を読む。話を追うことがつらくなり10ページ読んでやめる。コーヒーをおかわりする。
12月21日(土)
本を読み終える。夏に読み始めてようやく。一人称複数が淡々と語りを連ね描写してゆく文章。『屋根裏の仏さま』。著者はジュリー・オオツカ。訳者は岩本正恵と小竹由美子。20世紀はじめに「写真花嫁」としてアメリカへ渡った日本人女性たちの、戦争が始まったことにより収容所へ送られるまでの物語。
12月31日(火)
そばの乾麺を300グラムゆでる。スーパーで買った割引のかき揚げを2枚。もう食えない。かき揚げが1枚あまってしまった。
〈写真掲載の展示〉
◆岩崎美ゆき個展 むこうの海では、雨がふっている 会場:Alt_Medium 会期:2024年11月29日〜12月4日
◆exhibition 不二について 井川淳子|Junko IKAWA ─ソングブック─ 会場:nohako 会期:2024年11月22日〜12月15日
◆ART IN TIME & STYLE MIDTOWN vol.25 向井三郎 Saburo Mukai 会場:TIME & STYLE MIDTOWN 会期:2024年11月11日〜12月10日
(2025/1/15)
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言水ヘリオ(Kotomiz Helio)
1964年東京都生まれ。1998年から2007年まで、展覧会情報誌『etc.』を発行。1999年から2002年まで、音楽批評紙『ブリーズ』のレイアウトを担当。現在は本をつくる作業の一過程である組版の仕事を主に、本づくりに携わりながら、2024年に『etc.』をウェブサイトとして再開、展開中。