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2024年6月の短評3公演&番外|丘山万里子

♪紀尾井 明日への扉 第39回 水野斗希(コントラバス)
♪マルク・ブシュコフ&藤田真央~ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会Ⅲ
♪TRIO VENTUS Recital 〜Emotive Framework3〜
♪番外 反田恭平プロデュース JNO Presents リサイタルシリーズ
コントラバス大槻健の世界 2024

Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)

♪紀尾井 明日への扉 第39回 水野斗希(コントラバス)→演奏:曲目
2024年6月6日 紀尾井ホール

紀尾井ホールの「明日への扉」に登場のコントラバス水野斗希は現在東京藝術大学3年在学中。最近はコントラバスも若手がどんどん出てきて、現代音楽領域での邦人新作初演や他ジャンルとのコラボレーションなど新たな地平が拓けつつある。
水野は第1回泉の森コントラバスコンクール総合グランプリほか、幼少時からのピアノも達者で伴奏者としても活躍とのこと。持ち前の歌心が伝わる初々しいステージであった。
Cbのソロ作品はCb奏者の作曲がほとんどで、必ずしも傑作とは思えないものもある。と言って編曲ものだと楽器の持ち味が出にくいという難しさがある。
そんな中で水野の清廉な歌い口が楽しめたのはミシェク『コントラバス・ソナタ第1番』。とりわけ第2楽章の抒情がみずみずしい。チェコの作曲家・Cb奏者とのことだが、自然な音楽の流れの中に郷愁をたたえた佳品で、その音調をのびのび歌い上げた。
最もヴィヴィッドな魅力を放ったのはピアソラ『キーチョ』で、彼の五重奏団のベーシストに書かれた作品。ずっしりした低音を響かせる序奏から長尺グリッサンド、小澤佳永pfの打ち込みに乗ってのダンザブルな弾み、ほの甘い哀愁を含む旋律と、若い二人の溌剌とポエジーが飛び散りたゆたう爽快な演奏ぶりで客席を沸かせた。
一方、ブラームス『クラリネット・ソナタ第2番』はピアノとのバランスが今ひとつ。低音楽器特有の響きをどう活かすかの工夫が両者に欲しい。伴奏経験も豊富な水野であれば、音量音色音質の変化や深度、フレーズ間の「交感」(ピアノは叩けば音が出る打楽器だから細心の配慮が必要)にそのセンスを活かしたい。アンコールの R・シュトラウス『Morgen明日』での歌力に、本人の言葉通り、明日への扉の向こうを見たいところだ。

 

♪マルク・ブシュコフ&藤田真央~ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会Ⅲ→演奏:曲目
2024年6月8日 王子ホール

ロシアとウクライナの血を引くベルギーのヴァイオリニスト、ブシュコフと藤田の組み合わせ。2023年ヴェルビエ音楽祭でベートーヴェンの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」の全曲演奏を行い、高い評価を得た。今回は連続3公演で筆者が聴いたのは最終日。『春』と『クロイツェル』に第10番というプログラム。
藤田のピアノは天からのgiftで、聞き手はただ幸福の波間に漂うばかり。室内楽でも常にその発光力は半端なく、舞台も含むあらゆる空間がそれに満たされる。このデュオでも無論そうではあったが、筆者がとりわけ惹き込まれたのは『第10番』。作品のそこここに感じられる親密さがこれほど生き生きと現前するのを見た(聴いた)ことがない。いわゆるベートーヴェン像とは趣の異なるその音楽的会話は、彼を敬愛したルドルフ大公への想いと同時に不滅の恋人とされる A・ブレンターノとの交流が映じているとのことだが、いずれにせよ、藤田とブシュコフとの語らいに、寂しがりやの作曲家の素顔が見えるようだった。
世の中、不信不安だらけだが、人と人とはこんなふうに互いを思い、語り合えるのだ、とその音の会話がしみじみ優しく胸に沁みいってくる。終楽章での変奏のチャーミングなこと、その楽しさときたら!
ブシュコフは名だたる国際コンクール優勝や銀賞のキャリアを持つが、音楽への敬意に満ち満ちた演奏で、ありがちな自己主張や技の誇張が一切ない。藤田とかわす共感と信頼に改めて音楽というものの崇高を思う。
締めの『クロイツェル』、バッハ的宇宙からベートーヴェンそのものの峻厳まで、まさに至高の時空。
アンコールをねだる聴衆に、「ええ?もっと?」みたいな顔で手をぶらつかせニコニコ出てくる藤田と背後で微笑むブシュコフに、隣席のおばさまたちは大喜び、「マオくんたら、これよねえぇー。」と、激しくときめいているのであった。わかる。

 

♪TRIO VENTUS Recital 〜Emotive Framework3〜→演奏:曲目
2024年6月14日 Musicasa, Tokyo

第33回青山音楽賞バロックザール賞受賞のトリオ・ヴェントゥス(廣瀬心香vn/鈴木皓矢vc/石川武蔵pf)。2019年ベルリンで結成、2022年からpfが石川武蔵に代わった。デビュー時から聴いているが、方向性が明確化され、廣瀬のアグレッシブ、鈴木の抒情に石川の即妙が加わり、音楽全体の幅と奥行きがぐんと増したように思う。
それはシェーンベルク『浄夜』に著しく、筆者、ピアノトリオ版は初めて聴くが、まるで室内オペラを観るようで、その蒼ざめた幻想世界に引き摺り込まれたのである。照明も凝っており、暗いフロアの足元に一つ置かれた丸いライトが奏者のシルエット、その濃やかな表情を浮き彫りにし、音楽の陰影とドラマトゥルギーをいっそう深め強化、効果的であった。
月夜の林をゆく男女。他の男の子供を身籠った女の告白、受け止め包み込む男の眼差しと腕(かいな)。樹々の落とす暗影の間をぬってゆく彼ら、絶望と希望、哀しみと悦び、光と影の交錯を静かに照らす月光。揺れる声、震える歌、沈痛な喘ぎ、微かな吐息。その間をピアノのトレモロが、アルペッジョが、ハーモニーが流れ、繋ぎ、くるんでゆく。編曲者シュトイアーマンはシェーンベルクに作曲を、ブゾーニにピアノを学んだ音楽家で、この編曲が素晴らしい。廣瀬の尖鋭と色濃い情念、応ずる鈴木の静謐と逞しさ、石川はこれに寄り添い盛り上げ、音楽的な懐の広さ深さを見せる。3者あいまってのオペラティックで濃密なドラマがそこに現出、原曲とは異なる短編映画的世界をともに逍遥する気分であった。
当夜のプログラム冒頭のシューマン『6つのカノン形式による小品集』もピアノトリオ版というひねりの効いたもの。筆者はやや退屈してしまったが、織り込み済みだろう。邦人新作の紹介にも意欲的で、ひしめく日本の若手室内楽群の中でも独自の個性を打ち出す。その気概を買いたい。

 

♪番外 反田恭平プロデュース JNO Presents リサイタルシリーズ→演奏:曲目
コントラバス大槻健の世界 2024
2024年3月7日 紀尾井ホール

素晴らしかったのに執筆余裕がなくパスしてしまった3月の公演、要点だけでも書き残しておきたい。
大槻健は奈良出身(JNOの本拠地)、藝大卒後JNOメンバーとなり、現在読響首席コントラバス奏者、本年4月に紀尾井ホール室内管弦楽団に入団。しょっぱな、現れた大槻と反田、何やらやり取りのうち、「じゃ、歌う?」との反田の誘いで歌い出すではないか、大槻が。シューベルト『菩提樹』、無論ドイツ語で。
ここで筆者、まず反田の前奏の優しさ美しさに、ええっ!となったのだ。こんな響きの出せる人だったのか(ショパン・コンクールでの大ブレイク前に室内楽その他を聴いている)? 加えて、臆する風もなく歌い出す大槻の朗々たる『菩提樹』。今どきの演奏家はなんでもあり、かつ、それなり。一昔前、音楽で遊べない日本の音楽家たちを苦々しく思っていた筆者としては、驚き。客席も若者が占め、ふんわか、あったかい。
びっくりアミューズ終えてのシューベルト『アルペジョーネ』、特にアダージョ楽章に現れる3連符にこだわりを持つ筆者、おお美しい、と惚れ惚れ。ここがちゃんと弾けないとシューベルトにならない、で、そのあとアレグレットへの橋にまた作曲家の極上秘術があるわけで、ここのrit.も次なる軽快へと虹を架けねばならないのだが、いずれも素敵にクリア。何より反田のサポート、音楽作り(誘導、伴走、巡行、抱擁、後押しなどなど)が素晴らしい。以前筆者、この人にはコミュニケーション力が不足(2023/7/15)などと書いたのだが、いや、これほど柔らかな包容力あるピアニストだったなんて。藤田真央の「音楽(人)たらし」とはまた違う反田の「たらし」ぶりを初めて感じたのであった。
後半の『ます』がこれまた絶品。長原幸太vn、鈴木康浩 va、冨岡廉太郎vcと読響メンバーうち揃ってのいかにも和気藹々、フレーズの受け渡しなど隅々まで仲間との音楽を楽しむ様子に、こちらも笑顔に。幸福そうにメンバーへ眼を散らす大槻に、彼らがこれから創ってゆく音楽の未来は明るい、とウキウキ夜道を歩いたのであった。

(2024/7/15)

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♪紀尾井 明日への扉 第39回 水野斗希(コントラバス)

<演奏>
水野斗希(コントラバス)、小澤佳永(ピアノ)

<曲目>
フランティシェク・チェルニー:夜想曲と間奏曲
ミシェク:コントラバス・ソナタ第1番
ピアソラ:キーチョ
ドラゴネッティ:12のワルツより第10番、第11番
ブラームス:クラリネット・ソナタ第2番変ホ長調 op.120-2
(アンコール)
R・シュトラウス:Morgen(明日)

 

♪マルク・ブシュコフ&藤田真央~ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会Ⅲ 6/8公演

<演奏>
マルク・ブシュコフvn、藤田真央pf

<曲目>
第5番 ヘ長調 Op.24 「春」
第10番 ト長調 Op.96
第9番 イ長調 Op.47 「クロイツェル」
(アンコール)
グラズノフ:瞑想曲 Op.32
クライスラー:愛の悲しみ
アルベニス/クライスラー:スペインより Op.165-2 「タンゴ」

 

♪TRIO VENTUS Recital 〜Emotive Framework3〜

<演奏>
廣瀬心香vn/鈴木皓矢vc/石川武蔵pf

<曲目>
シューマン/キルヒナー : ペダルピアノのための練習曲集 Op.56 (ピアノ三重奏曲版)
ブラームス : ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101
シェーンベルク/シュトイアーマン:浄夜 op.4(ピアノ三重奏版)
(アンコール)
シューベルト : An die Musik, D.547 音楽に寄せて D.547 編曲:石川武蔵

 

♪番外 反田恭平プロデュース JNO Presents リサイタルシリーズ
コントラバス大槻健の世界 2024

<演奏>
大槻 健(Cb),反田恭平(Pf),長原幸太(Vn),鈴木康浩(Va),冨岡廉太郎(Vc)

<曲目>
シューベルト:アルペジョーネソナタ
シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」