Menu

瞬間(とき)の肖像|トーマス・ヘル(ピアノ )|長澤直子



瞬間(とき)の肖像|トーマス・ヘル(ピアノ )
Thomas Hell (piano) 2025年5月29日 TOPPAN ホール
トーマス・ヘル プロジェクト 2025 Ⅱ J.S.バッハ&ショスタコーヴィチ
Thomas Hell Project 2025 II J.S. Bach & Shostakovich
Photos and Text by 長澤直子 (Naoko Nagasawa)

「トーマス・ヘル・プロジェクト」の第2夜は、バッハとショスタコーヴィチの作品を組み合わせた構成であった。
とりわけリゲティなどの現代作品の演奏で高い評価を得ているヘルだが、あらゆる作品において深い理解と卓越した演奏技術を発揮する。音楽の本質を浮かび上がらせる演奏家であることは間違いないだろう。
この日のプログラムは、独奏によるバッハのトッカータを「間奏」のように挟み、ショスタコーヴィチの二つの作品(ピアノ三重奏曲第2番と交響曲第15番)を配置。「死」にまつわるショスタコーヴィチの作品と、「若きバッハの疾風怒涛」のトッカータとが響き合い、全体で“生と死”という大きなテーマを描き出す。

冒頭は、ヴァイオリンの周防亮介、チェロの水野優也を迎えて、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番。
次に独奏された、J.S.バッハのトッカータ BWV912。ヘルの真骨頂が発揮されたようなこの一曲には、バッハが現代に甦る瞬間を感じた。
後半は、目玉のショスタコーヴィチの交響曲第15番(室内編成版)。前述の周防、水野に加えて、打楽器の竹原美歌、ルードヴィッグ・ニルソン、竹泉晴菜の3名が加わる。ところどころにオペラの旋律が聞こえ、オペラ写真を多数手がけることの多い自分には馴染みやすい。

しかしながら、3つの中で最も感銘を受けたのはバッハだ。
最後の音の消え行くなかで鍵盤に触れる指先。垣間見えた澄んだ瞳の色。ピアニストが楽譜を超えて「語る」瞬間。
その一瞬に立ち会えることは、音楽とともに生きる写真家としての至上の喜びの一つである。

(2025/6/15)