五線紙のパンセ|その3)音を取る 光を渡す|鷹羽弘晃
その3)音を取る 光を渡す
text by 鷹羽弘晃 ( Hiroaki Takaha)
今回は11月3日のコンサートで演奏されるチェロアンサンブルの曲についてご紹介したいと思います。
「蛍なす ほのかに聴きて – 日本の旋律による音風景」は2002年に行われた京都・国際音楽学生フェスティバルにおいて「桐朋チェロアンサンブル」によって初演されました。世界各国から音楽学生が集まってくる場所ということで、何か日本的な響きの曲にしたいと思って書いた曲です。曲は2つの部分から成っており、第1部では雅楽、第2部ではわらべうたを取り入れました。
第1部<音取>。音取(ねとり)とは雅楽のチューニングを様式化した短い前奏曲のことです。西洋のオーケストラではオーボエのLaの音を基音としてチューニングを行いますが、管弦と呼ばれる雅楽の合奏では、これからはじまる曲の調子を、それぞれの楽器が決まった順番で音出しをしていきます。
まず、笙(しょう:竹を束ねたような形のリード楽器)の和音が奏でられるところから始まります。これは天から差し込む光を表しています。そこに「人の声」を表す篳篥(ひちりき:オーボエと同じダブルリードの楽器)の独特な「プエェェェー」という音色が加わり簡単なメロディーを奏でます。そして、龍の鳴き声を表す龍笛(りゅうてき:7つの指穴がある横笛)が続きます。つづいて、鞨鼓(かっこ: 奏者の正面に横向きに置き左右両面をばちで打つ太鼓)がリズムの型を打ち、それから琵琶(びわ:楽琵琶と呼ばれる雅楽の琵琶)と箏(そう:楽箏と呼ばれる雅楽の琴)の撥弦楽器が、調子の和音を奏でて<音取>が終ります。
当時、全く雅楽のことを知らなかった私にとって雅楽の世界は新鮮でした。チューニングを「音取」と呼ぶ美しさ。そして3つの管楽器、笙は「天」を、篳篥は「地」を、そして龍笛は「空」を表し、音楽で宇宙が創られる、という考え方などに夢中になったことを思い出します。この曲では、音取の雅楽の響きをそのままチェロアンサンブルで模倣してみました。チェロは音域も広く、またピチカートなどの撥弦楽器や打楽器的な表現にも長けているので、マッチするのではないかと考えたからです。
第2部<光渡り>。これは専門用語ではなく私がつけたタイトルです。フェスティバルがちょうど蛍の季節だったので、わらべうたの『ほたるこい』を素材に選びました。7パートで「ほたるこい」の断片が受け渡されていきます。小学生の時に歌った小倉朗作曲の『ほたるこい』の輪唱のイメージが残っていたかもしれません。第2部は素材は日本のものですが、音楽構成は西洋的です。ミニマル・ミュージック的な書法で、蛍がちらちら1、2匹飛んでいたり、それが次第に増え、群れを成して川のようになったりと様々な情景が表現されていきます。同質の音が集まるチェロアンサンブルならではの魅力を感じていただけるのではないかと思っております。
この曲は日本の音をチェロアンサンブルという編成で転写したエンターテインメント作品ですが、この曲を機に、日本の音楽をさらに知って私の音楽に生かしていきたいと考えるようになりました。それが、日本音楽集団のための曲『闇市案内図(2006)』や、和楽器と古楽器のための『アンサンブル室町』の活動へと繋がったと思います。『闇市案内図』は私の初めての和楽器のみの合奏の作品ですが、リハーサルの時に、合奏の余韻が西洋楽器のアンサンブルとは全く違うことに驚きました。西洋楽器の場合は余韻が永遠にのびていくように感じますが、和楽器の場合は余韻がピタリと止まる瞬間があって、それが妙に、ほっとするのです。
さまざまな音楽との出会いが私の音楽観を形成していることは間違いありません。それらの音楽の成り立ちに敬意を表しながら、私なりの新しい音楽を展開して行きたいと思っております。
★公演情報
「未来に翔たく若きチェリストの響演
~宮田大をゲストに迎えて~」
2016年11月3日[木祝] ●13:30開場 14:00開演
紀尾井ホール
【公演内容】
倉田澄子チェロマスタークラス受講生を中心に集まったチェリストたちによるコンサート。鷹羽はピアノ演奏も。
カザルス:東方の三賢人/サルダナ
ビゼー:カルメン組曲
小林幸太郎:Nagi 2本のチェロとピアノの為の
鷹羽弘晃:蛍なすほのかに聴きて”日本の旋律による音風景” ほか
【お問い合わせ】
一般3,500円 学生2,500円(全自由席)
【チケット取り扱い】
チケットぴあ Tel 0570-02-9999(Pコード302-770)
主催:サウンド&ミュージック クリエーション
【公演情報リンク】http://www.s-music-c.co.jp/Event/another_smc/20161103kioi.pdf
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鷹羽弘晃( Hiroaki Takaha)
2001年桐朋学園大学作曲理論学科卒業。パリ・エコール・ノルマル作曲科にてDiplome Supérieur取得。第68回日本音楽コンクール作曲部門入選。作品は、アール・レスピラン、日本音楽集団、東京混声合唱団等、著名な演奏家によって演奏されている。合唱アレンジに、NHK全国音楽コンクール中学校の部の課題曲 (「手紙」「YELL」)など。現在NHK-FM「ビバ ! 合唱」の毎月第4週のナビゲーターを担当中。ピアニスト、指揮者としても活動中。