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注目の一枚|a portrait with the theorbo テオルボと描く肖像 ヴォクス・ポエティカ|大河内文恵

テオルボと描く肖像 ヴォクス・ポエティカ
a portrait with the theorbo Vox Poetica

Text by 大河内文恵(Fumie Okouchi)

unio
U-001 \2,800+税
2020/9/25発売

<演奏>        →foreign language
ヴォクス・ポエティカ:
佐藤裕希恵(ソプラノ)
瀧井レオナルド(テオルボ)

<曲目>
1. B. フェラーリ:なにゆえ 美しさと優雅さに
2. M.A. シャルパンティエ:悲しく人影のない場所、暗い隠れ処
3. 作者不詳:ある日僕は散歩にでかけた
4. F. コッラーディ:愛おしく麗しいくちづけ
5. M. ランベール:安らぎ、木陰、静けさ
6. J. ペーリ:孤独な小鳥
7. R. ド・ヴィゼー:シャコンヌ *テオルボソロ
8. G.G. カプスペルガー:主をほめたたえよ
9. S. ル・ カミュ:林は静まりかえっている
10. F. コッラーディ僕のすてきなお嬢さん
11. G. フレスコバルディ:行け、愛の手紙よ
12. G.G. カプスペルガー:パッサカリア *テオルボソロ
13. B. ストロッツィ:恋するヘラクレイトス
14. J.C. ド・ラ・バール:心がしかと捕らえられたなら

<使用楽器>
14コース テオルボ(Andreas von Holst – München, 2014)

<録音>
CHABOHIBA HALL(東京)  2020年9月4-7日

先日ふと流れてきたツイート。「CD?なにこれ!wifiなしで音楽聴けるとかやばくない!?」とある娘さんが言ったとか。ストリーミングで音楽を聞くことが当たり前になった世代にとっては、CDというメディアは一周回って革新的に見えるらしい。LP、CDと様々なメディアの変化を見てきた世代としては、物理的なモノに依らない音楽は心許ない気もするが、よくよく考えれば、音楽なんて形に残らないのが当たり前なのだ。

それでも、いい音楽を聴いたとき、これを形に残して何度でも聴きたいと思ってしまうのは、音楽を愛する人間の性であろうか。そう思った演奏会のうちの1つがこれ(ヴォクス・ポエティカ コンサートシリーズ《La Conversation-対話》第1回 テオルボとの対話|大河内文恵)である。

彼らの強みの1つは「パッケージ力」である。一夜の演奏会としてプログラミングはもちろん、演奏、トークやその間の取りかた1つ1つに至るまで、考え抜かれ、研ぎ澄まされた完璧なパッケージ。それをそのままDVDにして欲しいとレビューに書いたのだが、CDという媒体にするために、さらに思慮を深めて形になったのが本作である。

演奏会では佐藤と瀧井の2人で作り上げているであろう彼らも、CDとなると2人だけで完結することはできない。レコーディング・エンジニアやディレクター、デザイナー等々、多くの人との共同作業を通じて、彼らの世界を崩すことなく、さらに広げることに成功したのではないかと思える。

その1つが解説である。白沢達夫による解説は、彼らが大切にしているものをパラフレーズするとか、作曲家や作品について説明を加えるといった一般的な解説にとどまらず、このCDにおさめられた楽曲たちの歴史的文脈を丁寧に辿り、絵画など他の芸術ジャンルにも目配りがきいている。

CDジャケット、それを開けたときに目に飛び込んでくる写真、盤面のデザイン、ブックレットの表紙から裏表紙に至るまで、それらすべてが丁寧な仕事の積み重ねであることが感じられ、居心地の良いカフェにいるかのようなほんわかとした気持ちになる。

そして、CDをかけて、瀧井のテオルボと佐藤の声が聞こえてくるやいなや、なんともいえないものがこみあげてきた。コロナ禍でギスギスしたり、忙しさでいつの間にか身に着けてしまった鎧が、内側からやんわり包み込まれているような感覚。疲れ切った肩に、そっと毛布をかけてもらったような安心感。

構成されている14曲は、どれ一つとして似たものがない。コンサートで聴いた曲も一部に含まれてはいるが、今回新たに編まれたもので、曲順にも熟慮のあとが感じられる。たとえば、弱った心に寄り添うような3曲目の後には、情熱的な愛の歌(4曲目)が続き、そのさらに後、静謐な歌(5曲目)が始められる。とはいえ、5曲目もただ静かな曲ではなく、聴いていくと徐々にその奥には秘められた情熱があることがわかる。

生のコンサートと違い、CDでは音量に大きな差をつけることは難しいだろうし、佐藤が得意としている聞こえるか聞こえないかギリギリのささやく声などは無理だろうと思っていたが、1曲目の2節目冒頭には早くもささやくような弱音が聞かれたし、2曲目の始まりのテオルボも歌も聞こえるギリギリの音で始まる。

6曲目や11曲目にみられるような、複雑な和声進行や先の見えないまがりくねった旋律の扱いは、お手のものでさすがといった感。7曲目のテオルボ・ソロは前の曲で絡まった手を解くような明朗さから始まるが、短調の部分にはいると、慰みだけでない雰囲気を醸しはじめ、さらに複雑なパッセージに進んでいって、最後の一音。圧巻。

途中にはさまれるテオルボの独奏曲はシャコンヌとパッサカリア。どちらも固執低音をもつ形式で、瀧井の技術の高さだけでなく、音楽の展開の巧さが際立つ。さらに、これらの独奏曲はどちらも緊張感の高い曲の後に置かれ、それを和らげる効果ももつ。

13曲目は彼らの十八番。この1曲だけのためにこのCDを買ってもいいと思えるほどの完成度の高さ。聴いているうちに、心を揺さぶられ、自分の意識と関係なく涙が勝手に溢れてくる。そして最後の14曲目は高ぶった心を落ち着かせるような穏やかさ。ふと、フランス語の発音がきれいなことに気づいた。このCDにはフランス語発音指導者の記載もあり、なるほどと思わされる。

秋の長雨や冬の寒い日、ソファに座って、温かいミルクティー片手にずっと聴いていたいようなCD。もしこの企画が StayHomeの産物なのだとしたら、(コロナ禍で辛い思いや悔しい思いをしている音楽家がたくさんいることを考えると軽々しくは言えないけれど)、 StayHome も悪くない、と思う。

(2020/10/15)

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<performers>
Vox Poetica:
Soprano: Yukie SATO
Theorbo: Leonardo TAKIY

<tracklist>
[1] Benedetto Ferrari: A che bellezza e gratia
[2] Marc-Antoine Charpentier: Tristes déserts, sombre retraite
[3] Anonymus: L’autre jour m’allant promener
[4] Flamminio Corradi: Baci cari e graditi
[5] Michel Lambert: Le repos, l’ombre, le silence
[6] Jacopo Peri: Solitario augellino
[7] Robert de Visée: Chaconne
[8] Giovanni Girolamo Kapsperger: Laudate Dominum
[9] Sébastien Le Camus: On n’entend rien dans ce bocage
[10] Flamminio Corradi: Vezzosetta mia Pargoletta
[11] Girolamo Frescobaldi: Vanne, ò carta amorosa
[12] Giovanni Girolamo Kapsperger: Passacaglia
[13] Barbara Strozzi: L’Eraclito amoroso
[14] Joseph Chabanceau de la Barre: Quan dune ame est bien atteinte