ヴォクス・ポエティカ コンサートシリーズ《La Conversation-対話》第1回 テオルボとの対話|大河内文恵

ヴォクス・ポエティカ コンサートシリーズ《La Conversation-対話》第1回 テオルボとの対話
Vox Poetica Concert Series <La Conversation> vol.1 “A Conversation with the Theorbo”

2019年6月6日 近江楽堂
2019/6/6 Oumi Gakudo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 青木海斗/写真提供:ヴォクス・ポエティカ

<演奏>         →foreign language
ヴォクス・ポエティカ
 佐藤裕希恵(ソプラノ)
 瀧井レオナルド(テオルボ)

<曲目>
第1部
G. カプスペルガー:プレリュード
B. フェラーリ:ああ何という美と優雅さ

G. カプルペルガー:トッカータ・アルペッジャータ
B. カスタルディ:アルペッジャータ・ア・ミオ・モード
        :今や別れだ苦しみよ

S. ル・カミュ:林は静まり返り
R. ド・ヴィゼー:アルマンド:対話
作者不詳:ある日の散歩

G. カプスペルガー:僕は不運に微笑んだ
A. ピッチニーニ:チャッコーナ
B. カスタルディ:むごい人よ

~休憩~

第2部
C. ウレル:組曲ト長調
プレリュード / アルマンド・ジゲ / クーラント / サラバド:ラ・ブロニュワーズ / ガヴォット:ラ・リオーヌ

S. ディンディア:泣いている、僕の涙に
G. カプスペルガー:カプスペルガー
J. ペーリ:孤独な小鳥よ

R. ド・ヴィゼー:プレリュード[クロシュ(八分音符)を付点にして]
B. de バシイ:無駄なこと

~アンコール~
B. カスタルディ:今やすべての喜びが

 

テオルボと歌だけで、これほど濃密な世界を作り上げられるのかと感嘆しきりだった。プログラムに記載されているように、前半は「自身がテオルボ奏者だった作曲家」による“テオルボのために書かれた作品”、後半はさらに”テオルボで演奏されることが楽譜に提案されている作品“を交えて演奏された。

コンサートはあらかじめ設定された2~3曲のブロックごとに進められた。最初はテオルボのソロで、カプスペルガーの『プレリュード』。短い曲ではあるが、音楽が立体的に響き、コンサート全体への興味を掻き立てる。そのまま間をあけずに『ああ何という美と優雅さ』が続く。冒頭のA che bellezzaだけでもう心を掴まれた。決して大きな声ではない、むしろ音量をぎりぎりまで絞って、なおかつきちんとこちらの耳と心の奥にまで届いてしまう声。

「美と優雅さ」で始まるこの曲は、2つめの詩節になると「この世の快楽は苦しいのだ」と雲行きが怪しくなっていき、3つめの詩節の最後では「愛に仕える者は/死に仕えているのだから」と死をも宣告する。透明な美しい響きから、音量も音色も次々と変化していき、まるで1つのオペラを見ているかのように感じた。

2つめのブロックはカプスペルガーの『トッカータ・アルペッジャータ』から。近江楽堂の小さな空間でギリギリ聞こえる小さな音量で聴くと、淡々とした演奏が却って沁みる。続くカスタルディのアルペッジャータはこれとは正反対の劇的なもの。プログラムの解説にあるように、カスタルディのカプスペルガーに対する対抗心が感じられた。ここから続く歌の曲は前半だけで5曲あるのだが、気に入った演奏に丸印をつけていったら、気づくとすべての曲に丸がついていた。

歌の話の前に、前半の器楽曲についてふれておきたい。3つめのブロックではこのシリーズのタイトルでもある『対話』が演奏された。この曲はヴィゼの曲集「王に捧げるギターの本」(1682)に収められた8つの組曲のうち、第3組曲のアルマンドにあたる。常に2声以上が鳴らされ、メロディーと1声の伴奏、もしくはメロディーに和音の伴奏がついている形になっており、一人二役を同時にこなさなくてはならないが、その難しさを感じさせない演奏で、まさに「対話」が聴こえてくるようだった。

4つめのブロックではピッチニーニの『チャッコーナ』。チャッコーナとは17世紀に流行した定型バスをもつ舞曲で、チャッコーナのもつ明るい感じが楽しい。最後の消え入るように終わるところの、音の消し方が身悶えしたくなるほど絶妙だった。

歌の話に戻ろう。別れの苦しみを歌った『今や別れだ苦しみよ』では、後半の真ん中あたりの愛の神に1つだけの望みを訴える場面でぐっときたし、カミュの『林は静まり返り』は繰り返しの箇所で思いの深まりが胸に迫った。重たい曲が続いた後は、明るい曲調の『ある日の散歩』に癒され、、、たはずがやはり最後には愛の苦しみに悶える。こういったところの表現が佐藤も瀧井も本当に巧い。

『僕は不運に微笑んだ』は座ったまま歌い始めた。2連目や最後の連のAmoreのところなど、装飾が素晴らしいのだが、それがいかにも「すごいことをやっている」風ではなく、うっかりすると聞き逃しそうになるくらい普通にさりげなく歌ってしまうところに佐藤の本当のすごさがあると思う。

前半最後の歌はカスタルディの『むごい人よ』。この曲はテオルボが単なる伴奏ではなく、前奏・間奏でリトルネロを奏しており、この部分が技巧的なだけでなく音楽的にも非常に大きなウエイトを占める。リトルネロの秀逸さと佐藤の声との相乗効果で濃厚な世界が出来上がった。とくに曲の終わりのところで、終止音の前に一瞬だけ間があって、最後の一音が鳴るともう魂ごともっていかれた。

前半は第1ブロックと2ブロックの間、2ブロックと3ブロックの間に佐藤のトークがあったが、後半は瀧井のテオルボ解説から始まった。楽器そのものの構造やチューニングの話など、テオルボの演奏を聞いたことがあっても奏者でないとわからないことが多々あり、興味深かった。特にチューニングの話は実演付きで、たとえばヴァイオリンなら下の弦からG-D-A-Eと5度ずつ同じ間隔で上がっていくのが普通だが、この日のテオルボは下の弦から途中までは2度ずつ上がっていくが、最後は下がっていく。この実演には笑いが起こっていた。またテオルボは低い音域が充実しているため、歌手の声を邪魔しないのだという説明が腑に落ちた。テオルボの説明の聞いた後だったので、第2部始まりのウレルの組曲がただの器楽曲としてではなく、「テオルボの曲」として楽しめた。

第2部第2ブロックはディンディアの『泣いている、僕の涙に』。第1部の歌の曲すべてに丸印がついたと先ほど述べたが、後半は二重丸三重丸がついた。第1部では、どちらかというと囁くような声を多用し、それはそれで、この空間でこの状況だったらここまで絞っても届くとわかっていて声を出しているすごさがあるのだが(これができる歌手はごくわずかだと思う)、やはり佐藤の魅力は朗々と溢れ出る声を操るところにあるのだと再確認した。3曲とも絶品。狂おしいほどの歌の世界の間に差し挟まれるテオルボの曲が見事にやわらげている。

一つ一つの曲の演奏の質だけでなく、プログラム全体がパッケージとして非常によくできているさまは、アンコールもトークも込みで最初から最後までをDVDにして売り出して欲しいと思うほどの完成度だった。今回の演奏曲の中には、楽譜や録音が簡単には手に入らないものもあった。ぜひ音源化を検討して欲しいと思う。

(2019/7/15)

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<Performers>
Vox Poetica
 Soprano: Yukie Sato
 theorbo : Leonardo Takiy

<Program>
Part 1
Giovanni Girolamo Kapsperger: Preludio Primo
Benedetto Ferrari dalla Tiorba: A che bellezza e gratia
G. Kapsperger: Toccata Arpeggiata
Bellerofonte Castaldi: Arpeggiata a mio modo
B. Castardi: Hor che mi val soffrir
Sébastien Le Camus: On n’entend rien dans ce bocage
Robert de Visée: Allemande: La Conversation
Anonymous: L’autre jour m’allant promener
G. Kapsperger: Gia risi del mio mal
Alessandro Piccinini: Ciaccona
B. Castardi: Quella crudel

–Intermission–

Part 2
Charles Hurel: Suite en sol majeur
Prelude, Allemande giguée, Courante, Sarabande: La Boulognoise, Gavotte: La Lionne
Sigismondo d’India: Piangono al pianger mio
G. Kapsperger: Kapsperger
Jacobo Peri: Solitario augellino
R. de Visée: Prélude [Il faut pointer les croches]
Bénigne de Bacilly: C’est en vain

–Encore–
Bellerofonte Castaldi (1580-1649):Hor che tutto gioioso