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撮っておきの音楽家たち|サー・アンドラーシュ・シフ|林喜代種

サー・アンドラーシュ・シフ(ピアニスト)
Sir András Schiff, Pianist

2020年3月12日 東京オペラシティコンサートホール
2020/3/12 Tokyo Oper City Concert Hall
Photos & Text by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

世界をパンデミックに陥れた新型コロナウイルス感染拡大防止で、2月末から3月、4月、5月にかけてオペラ、クラシック音楽などの公演はほぼ全面中止か延期になっている。そんな状況の中でピアニストのサー・アンドラーシュ・シフは3月に東京2回、大阪1回のコンサートを行なった。3月12日東京オペラシティの公演はほぼ満席だった。入口、ロビーにはアルコール消毒液の容器が多く置かれ大部分の人が使用していた。チケットは目視入場。チラシ、プログラムなどの配布物は無し。またご来場いただくお客様へのお願いとして、新型コロナウイルス等の感染予防のためのご協力をお願いいたします、として以下を事前告知していた。

  • 発熱、咳等の風邪の症状あるお客様はご来場をお控えください。
  • 「こまめな手洗い」のご協力をお願いいたします。 各階ロビー、各階お化粧室にアルコール消毒液をご用意しています。ご利用ください。
  • ご来場の際はマスクの着用をお願い申し上げます。マスクがない場合はティッシュ、ハンカチ、上着の袖などで口と鼻を覆う「咳エチケットに」ご協力下さい。

   (主催者、ホールにてマスクのご提供はしておりませんので予めご了承ください。KAJIMOTO)

開演前のステージ上ではスクリーンにコメントを発するシフの映像が映しだされていた。開演ベルとともに、いつものコンサートと変わらない状態でシフの演奏が始まる。プログラムはメンデルスゾーンの幻想曲「スコットランド・ソナタ」、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第24番「テレーゼ」、ブラームスの「8つのピアノ小品」「7つの幻想曲集」、そして最後はJ.S.バッハの「イギリス組曲第6番」。この最後のバッハで聴衆を惹きつけシフの音楽の世界へ誘う見事な演奏を披露。
使用ピアノはベーゼンドルファ。この日もピアノは客席に対して少し斜めになるように配置されていた。それはシフにとっても聴衆にとっても一番有効な置き方なのだろう。ピアノの配置にもこだわる。演奏が終わるとシフは客席の四方にそれぞれ丁寧に頭を下げる。シフの聴衆への心使いが感じられる仕種である。長木誠司氏も以前ベルリンでのシフの印象を次のように語っている。「ベルリン州立歌劇場でバレンボイム指揮の演奏会があった。拍手しながら、気が付くとすぐ隣にシフの姿があった。聴きに来ていたのだ。大事な演奏会だったからだ。そして静かに拍手をしていた。決して強くも速くもないが一拍ずつしっかりと確かめるような叩き方。その様はまさにステージ上で彼が両手を合わせる姿そのものだった。シフのこの優しさは、その実は厳しさの裏側でもある。優しさを込められるのは常に厳しく臨んでいるからだ、音楽に。」
アンコール曲はJ.S.バッハ「イタリア協奏曲」、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第12番「葬送」第1楽章、メンデルスゾーンの無言歌第1集「甘い思い出」、無言歌第6集「紡ぎ歌」、ブラームス=インテルメッツォ、シューベルト=ハンガリー風のメロディの6曲。約一時間弱。いつもながら第3部の感。シフの本領を発揮。
サー・アンドラーシュ・シフは1953年ハンガリーのブダペストに生まれる。5歳よりピアノのレッスンを始める。その後フランツ・リスト音楽院に入学。ジェルジ・クルターク、フェレンツ・ラドシュに師事。リスト音楽院の同門であるラーンキ、コチシュと共にハンガリーの三羽烏と言われた。その後ロンドンに渡りジョージ・マルコムに学ぶ。J.S.バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ショパン、シューマン、バルトーク、のピアノ曲が主なレパートリーで、世界各地でリサイタルを行なう。ヨーロッパ室内管、フィルハーモニー管の弾き振りも多く、1999年友人の名高いソリストや室内楽奏者に自ら声をかけ、室内オーケストラ「カペラ・アンドレア・バルカ」を創設。2019年にはシフの弾き振りで初来日する。ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を演奏する。ベートーヴェンの作品への取り組みが評価されベートーヴェン・ハウスの名誉会員に選ばれたほか、数々の賞を受賞。2014年にイギリス女王エリザベス2世よりナイトの爵位を授けられる。また若い才能へのサポートも惜しまず、彼らに演奏の場を提供する「ビルディング・ブリッジ」シリーズを続けている。録音も膨大でベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集に続き、ECMレーベルからシューベルトの後期ピアノ作品集をリリース。これらは自身が所蔵する1820年ウィーン製のフランツ・ブロドマンのフォルテピアノで弾いている。
シフは政治の問題でこの10年ハンガリーに帰ることを拒否している。母親のお葬式が最後だった。ホーム=故郷は必要であると思っているなど、いろいろな想いをMessage from SIR ANDRÁS SCHIFF (Youtube) で語っている。

関連評:アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル|柿木伸之

(2020/4/15)