ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演 シェーンベルク『グレの歌』|藤原聡

ミューザ川崎シンフォニーホール開館15周年記念公演
シェーンベルク『グレの歌』
MUZA Kawasaki Symphony Hall 15th Anniversary Special Concerts 
Schönberg: Gurre Lieder

2019年10月6日 ミューザ川崎シンフォニーホール
2019/10/6 MUZA Kawasaki Symphony Hall
Reviwed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>        →foreign language
指揮:ジョナサン・ノット
ヴァルデマール:トルステン・ケール
トーヴェ:ドロテア・レシュマン
山鳩:オッカ・フォン・デア・ダムラウ
農夫:アルベルト・ドーメン
道化師クラウス:ノルベルト・エルンスト
語り:サー・トーマス・アレン
合唱:東響コーラス
合唱指揮:冨平恭平
管弦楽:東京交響楽団
コンサートマスター:水谷晃
字幕制作:Zimakuプラス
字幕:岩下久美子

<曲目>
シェーンベルク:『グレの歌』

 

極めて大規模な編成を要するためになかなか演奏される機会のない『グレの歌』がどういう巡り合わせか3団体によって4公演も開催ということでファンの話題となった2019年だが、その最後を飾ったコンサートがこの日、10月6日のノット&東響によるものである(5日も開催)。カンブルラン&読響、大野和士&都響による公演にも接している筆者だが、極めて大雑把な言い方が許されるのであれば、前者は『グレ』を後期ロマン派風ではなくユーゲントシュティル風の色彩感覚に封じ込めた演奏であり、後者はワーグナー的な情念を表出しようとした演奏だったといいうる。そしてこのノット&東響、それらとはまた違ったテイストを感じさせる演奏になるのでは、と予想。

さてその演奏は、冒頭からフレージングの徹底と正確な音程によって整理され尽くした明晰な響きで開始された。もうここでいかにもノットの個性を感じさせるようなものとなっていたのが興味深いが、色彩感という意味ではいささか淡彩ではある。これに限らずノットの指揮は全体に、交錯する声部と動機の抽出や関連付けに重きを置いた演奏で非常に室内楽的。その意味ではこの曲の構造が非常に明快に聴き手の耳に届いてくる(敢えて比較するならばこの点で先述した今年の演奏中最高のレヴェル)。こういう演奏傾向からすれば、ノットの方向性はシェーンベルクがその作曲を一時中断した後のより先鋭的な作風に転じた部分に大きな親和性が認められるように思う。全体に極めて高度な演奏なのは疑う余地がないが、前半についてはあっさりし過ぎているという見方もあろう。但し、ノットのこの特性はトゥッティでも全く音が潰れずに透明な響きを維持させるという凄技にも通じる点であり、数多くはないものの複数回の実演に接している過去のどの『グレ』の演奏にも増してノットの演奏はこの点で卓越している、実演でこのレヴェルはかなりの「奇跡」。

歌手陣ではトーヴェのレシュマンと山鳩のオッカ・フォン・デア・ダムラウが秀逸(この曲の独唱部分は聴き映えという点でどうしても女声に分があるのでこうなってしまうが…)。後者は大野&都響の『グレ』にも登場した藤村実穂子が事情により降板しての登場だが、藤村ではなくなったという当初の懸念を見事に吹き飛ばす名唱! あくまで柔らかい声質ながらその声は深く重く、歌詞の意味を十全に汲み取ったドラマティックな歌唱を展開して藤村に勝るとも劣らない。ケールのヴァルデマールも高水準で、大体この曲においてヴァルデマールは大編成のオケにかき消されがちな上に出ずっぱりなのでスタミナ配分の点でも分が悪くどうしても印象が薄くなってしまうのが常だが、ここでのケールは十分に「聴こえて」来るし、かつちゃんとした表現になっている(歌いっ放しなので機械的な歌唱になりがちなのだ)。ドーメンの農夫とエルンストの道化師クラウスは軽快な中にも節度のある歌いっぷりでノットの美学に沿っていよう。そして圧巻はサー・トーマス・アレン。深い声質によく通る声、正確さと揺らぎの同居した理想的な語り。東響コーラスは響きの練磨という点で物足りない箇所もあるが、しかし大健闘という以上の歌唱を聴かせて圧巻。

最初の話題に話を戻せば、ノットの演奏は○○風、というような言い方で要約し難いものであったが、誤解を恐れずに言えば無機質で透明、まるでスケルトン仕様の『グレの歌』。この曲でスケルトン仕様などなかなか考え難いと思うのだけれど、しかしノットはそういう演奏をやってのけた。正直に記せば筆者はカンブルランの演奏をより賞賛するが、しかし演奏全体の完成度という点ではノットが一頭地抜きん出ており、これはもう疑う余地がない。そして、そういうノットの意図を十全に現実の音にしきった東京交響楽団もまた凄く、今このコンビは今最高の境地に達していると思われる。

(2019/11/15)

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<Performer>
Conductor: Jonathan Nott
Waldemar: Torsten Kerl
Tove: Dorothea Röschmann
Waldtaube: Okka von der Damerau
Peasant: Albert Dohmen
Klaus: Norbert Ernst
Narrator: Sir Thomas Allen
Chorus Master: Kyohei Tomihira
Tokyo Symphony Chorus
Tokyo Symphony Orchestra

<Program>
Schönberg: Gurre-Lieder (with Japanese subtitle)