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五線紙のパンセ|その1)木製の曲・ふたつ|鷹羽弘晃

その1)木製の曲・ふたつ

text by鷹羽弘晃(Hiroaki Takaha)

初めまして。鷹羽弘晃(たかはひろあき)です。作曲、ピアノ、指揮、音楽教育と音楽をさまざまな形でやっております。
私にとって作曲はとても時間がかかる作業でして、日常生活の中でなかなかじっくり新作に取り組む時間がとれないのが悩みです。ただ、だからといって日常の中で全く書いていないかというとそうでもなく、音楽教育の現場にいると、気がつくとさまざまな課題を書いていたりします。
例えばソルフェージュ。授業では古今東西の名曲を聴音の教材にしていますが、試験となるとそう言うわけにはいきません。もし、名曲をそのまま試験に使えば「あ、この曲知っている!」という人が俄然有利になってしまい、正確な能力調査はできませんね。そこで、試験の度に課題を書くのですが当然私の好き勝手に書く訳にはいかず、その試験を受ける人に合わせた難易度の設定が必要なのですが・・・これがなかなか難しくて、いつも狙いどおりになりません。私の場合、ソルフェージュの課題は音符が多くて細々としている方が作りやすく、簡単な課題になるほど少ない要素で書き上げなければならず、書き手のクセを出さずに、オーソドックスな内容で仕上げるのが難しくて苦心します。課題には、はっきりした対象と目的があるので、それに合わせた曲を作ることは、自作の作曲以上に作曲の技術が問われているような気持ちになります。

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安倍圭子先生と。

時に悩ましいのが課題曲の作曲です。でも、先月書いた前期の大学のマリンバの試験課題曲は、のびのびと好き勝手に楽しんで書かせていただきました。題名は「セルバにて」。セルバとはポルトガル語で熱帯雨林のことで、リオのオリンピックにちなんで南米に思いを馳せて書いた曲です。
曲は2部構成。1部はブラジルの格闘技カポエイラの音楽に影響を受けた倍音の響きを使った曲、2部はサンバのリズムをちょっと怪しげ崩した速いテンポの曲です。これを、マリンバ専攻生はレッスンを受けずに自ら仕上げて発表しなければなりません。
先日、マリンバの巨匠、安倍圭子先生のクラスに曲の説明のためにお邪魔してきました。一人一人がどのように曲を料理してくれるのか、今からとても楽しみです。

今回これが私にとって初めてのマリンバ独奏曲となりましたが、以前、木琴のための曲を書いたことがありました。マリンバ(Marimba)と木琴(シロフォン:Xylophone)、どちらも木で出来た音盤が並んでいて、それをバチで叩いて音を出す鍵盤打楽器。見た目もそっくりですが、実は「似て非なるもの」なんです。
起源はどちらもアフリカと言われていますが、マリンバはラテンアメリカで発展した楽器。柔らかい音色で豊かな残響が特徴です。一方、木琴はヨーロッパで発展した楽器。硬質の木の音色が特徴で、オーケストラの曲などでも管弦楽に埋もれずに際立った音色が出ます。この違いは音色を決める倍音の扱い方=調律法の相違によるもの。音盤も一枚だけ取り外してよく見てみると形が違うことが分かります。マリンバは音盤の裏の中央部分が削られていて横から見るとまるく凹んでいます。このカーブが叩いたときに倍音を多く含む豊かな響きを生み出します。それに対し、木琴は音盤の裏は削られていなくてかまぼこの板のように真っ平です。乾いた音がして、強く叩けば耳を貫くような強烈な音、また弱く演奏すればコロコロとかわいい音がします。

通崎睦美さんと。

通崎睦美さんと。

以前に書いた木琴のための曲は通崎睦美(つうざきむつみ)さんのために書いた曲です。通崎さんはマリンバ奏者ですが、戦前に木琴大国アメリカで活躍した第一人者、平岡養一の木琴を譲り受け、木琴奏者としても活躍中。平岡養一の音楽人生を描いた著作『木琴デイズ』が吉田秀和賞に選ばれるなど文筆家としても多才な通崎さん。私も何度か共演させていただいたのですが、通崎さんの木琴の音色は唯一無二、なんとも言えない癒しのパワーと人なつっこさがあるのです。

そんな音との出会いがきっかけで作曲したのが「木霊(こだま)」。激動の歴史を見て来た音盤を叩くと、そこに宿る木の精霊が飛び出してくるのではないか、という想像を膨らませて作曲しました。タイトルには「こだま」、つまりエコーの意味もあって、固いバチと柔らかいバチを一本ずつ持ち、左右の手で持ち替えながら演奏するというアイディアの曲。2つの音色がこだまのように掛け合います。
今月、水戸の演奏会で再演して下さることになりました。演奏している時の通崎さんの妖精のような軽やかな身のこなしがとてもステキなのです。

マリンバも木琴も、「木を叩いて音を出す」というとっても原始的な音の楽しみがそのまま楽器になったもの。まさに木から生まれた曲たち。それぞれの音色に、たまらない懐かしさを感じています。

マリンバのための「セルバにて」(左) と、木琴のための「木霊」(右)

マリンバのための「セルバにて」(左) と、木琴のための「木霊」(右)

★公演情報
ちょっとお昼にクラシック 通崎睦美の「木琴デイズ」
2016年7月23日[土] ●開場13:00 開演13:30
コンサートホールATM(水戸芸術館:水戸駅)
【出演】
通崎睦美(木琴)、鷹羽弘晃(ピアノ)
【曲目】
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 K.305より第1楽章
スピアレク・平岡養一編:日本狂詩曲~貴志康一作品による
鷹羽弘晃:木霊~木琴独奏のための ほか

チケットの取り扱い
【全席指定】¥1,500(1ドリンク付き)
水戸芸術館エントランスホール・チケットカウンター
水戸芸術館チケット予約センター TEL. 029-231-8000

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鷹羽弘晃( Hiroaki Takaha)
2001年桐朋学園大学作曲理論学科卒業。パリ・エコール・ノルマル作曲科にてDiplome Supérieur取得。第68回日本音楽コンクール作曲部門入選。作品は、アール・レスピラン、日本音楽集団、東京混声合唱団等、著名な演奏家によって演奏されている。合唱アレンジに、NHK全国音楽コンクール中学校の部の課題曲 (「手紙」「YELL」)など。現在NHK-FM「ビバ!合唱」の毎月第4週のナビゲーターを担当中。ピアニスト、指揮者としても活動中。
現在、桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)教諭及び桐朋学園大学音楽科ソルフェージュ非常勤講師。アンサンブル・コンテンポラリーαメンバー。