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追悼 藤堂清さん|藤堂さんとのこと|小石かつら

追悼 藤堂清さん|藤堂さんのこと

Text by 小石かつら(Katsura Koishi)

私は、原稿を書くのがとても遅いのです。締切りが過ぎても仕上げられず、もたもたしてしまいます。それを、藤堂さんはいつも、サポートしてくださいました。私がほっと安心するような一言をかけてくださって、まるで、そこに時間など無いかのように、自然に、前向きに 

そう、もう物理的に時間がなくて危ない、という状況にもかかわらず、「写真、もう1枚いれましょう。もっとこんな写真はありませんか?お手持ちのものを探してみてください」「こちらのレイアウトのほうがきれいです」と、アップする時間ギリギリまで、もっと良いものを、もっと良いものを、と、寄り添ってくださいました。真夜中でも、いつでも。 

 

私は、アップしたり、ウェブ上で修正したりする作業が苦手です。原稿を書くたびに、藤堂さんに同じことを教えてもらって、でも結局できなくて、藤堂さんが代わりにしてくださる。そしてまた次の時もいちから丁寧に教えてくださる。またできなくて、藤堂さんが代わりに作業してくださる。恐縮しても、私が自分でやると余計おかしなことになるので、お願いするしかなくて、また恐縮して、の繰り返し。それなのに「原稿だけで大丈夫、気にしないでください」と、言ってくださる。 

お会いする機会には、私は全身お詫びの塊。それなのに藤堂さんは、なぜだか私を尊敬してくださる。どうして?  

 

藤堂さんが闘病されていると聞いて、1月に皆で集まりました。私は、その状況が怖すぎて、あまり、藤堂さんの近くには行けませんでした。行きたいけれど、行けない。お話したいけれど、できない。自分がもどかしいけれど、どうしても勇気が出ない。でも、何度も、藤堂さんの視線を感じました。視線を感じて、藤堂さんの方を向いたら、目が合う。それが怖くて、そっと目を逸らす。でも、また視線を感じる。また、目が合う。 

 

あの時、いったい何度、藤堂さんと見つめ合ったでしょうか。 

ああ、お話すればよかった。今、これを書いていて、ちょうど、締切りの時間が過ぎてしまいました。そして、気づきました。お話すればよかった。お話すればよかったのです。あの時、藤堂さんは、命のぎりぎりだったのです。私は、もたもたしていたのです。藤堂さんは、いつも通り、私を待ってくださっていたのです。もしも私が話せば、瞬時に応えてくださる、その準備は、してくださっていたのです。ずっと私を見てくださっていたのです。私が感じていたのは、藤堂さんのあたたかい見守りの視線だったのです。 

私がどれだけ原稿を書いていなくても、「まだですか?」の一言もなく、ただひたすら、待ってくださる。書いた瞬間に、読んでくださる。そんな、今までのやりとりの縮図のような時間だったと、やっと気づきました。 

 

これから。藤堂さんのいないメルキュール・デザールで、私は書いていく。いつもどおり、藤堂さんは寄り添ってくださると、思います。改行をどこでするのか、どんな写真を入れるのか、アイキャッチ画像はどうするのか。細かなことまで、あきらめずに、最善を探し続けること。(そして締切りに遅れないこと。)自分で、守ります。

(2026/5/15)