ペルティ作曲 受難オラトリオ《イエスの聖墓》|大河内文恵
アンサンブル・パルテノペ イタリアの受難曲17世紀ボローニャの祈りと劇性
ジャコモ・アントニオ・ペルティ作曲 受難オラトリオ《イエスの聖墓》 ※日本初演
2026年4月17日 日本福音ルーテル東京教会
2026/4/17 Tokyo Lutheran Church
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photo by Rikimaru Hotta
<出演>
マリア 小野綾子 ソプラノ
マグダラのマリア 佐藤裕希恵 ソプラノ
聖ジョヴァンニ 中嶋俊晴 カウンターテナー
百人隊長 大野彰展 テノール
アリマタヤのジュゼッペ 山本悠尋 バス
アンサンブル・パルテノペ:
朝吹園子 バロック・ヴァイオリン
クリストフ・ルドルフ バロック・ヴァイオリン
懸田貴嗣 バロック・チェロ
西山まりえ オルガン
解説:佐々木なおみ
企画・主催:アンサンブル・パルテノペ&大野彰展
協賛:株式会社IDホールディングス
協力:石井賢 ヒストリカル・チェロ・アカデミー
後援:日本イタリア古楽協会
こんなすごい作品があったのかという驚きに満ち、これまでの「オラトリオ」観がことごとく覆った時間だった。古典派・ロマン派以降のオラトリオはオーケストラに大人数の合唱、ソリストによる大規模作品というイメージが強い。後期バロックのヘンデルなどにしても、オーケストラが小規模なアンサンブルになり、大人数の合唱が少数の合唱やソリストが兼ねるという形になるものの、やはり合唱が重視され、オペラの宗教曲版といったイメージはついてまわる。
今回は登場人物の歌手5人に、器楽はヴァイオリン2本と通奏低音のチェロとオルガンのみ。キリストの受難をめぐる物語には劇的な部分も多く、それをこの人数で表現しきれるのだろうか?という心配は全くの杞憂であったばかりでなく、だからこそ表現できる世界があることを明示した。通常ならマイナスになるような要素がことごとくプラスになっているのだ。
ナポリ派オペラ以降、オラトリオはオペラの様式に強く影響を受ける。通奏低音のみもしくは少ない器楽伴奏によるレチタティーヴォでストーリーを進め、豊かに楽器を用いたアリアで心情を歌い上げるという形に私たちは慣れてしまっている。楽器編成の違いと歌詞内容が常に連動していて、誰が聴いてもどこがレチタティーヴォでどこがアリアかがわかりやすいからだ。
今回の演奏では、レチタティーヴォとアリアとでどちらもチェロとオルガンのみという箇所が度々あり、編成だけではどちらか判断できない。その代わりに歌唱旋律の旋律線や器楽部分の音楽性からそれとわかる仕掛けになっていた。音楽様式の違いで描き分ける演奏力の高さが、それを可能にした。他方、レチタティーヴォの次にアリアという順番とは限らず、アリアの後にレチタティーヴォという箇所もあり、型にはまっていないからこそのダイナミズムもあった。
さらにいえば、旋律線や和声進行にはこの時代の常套句ともいえるフレーズも多く使われており、必ずしも「独自性」の強い音楽ではない。どこかで聞いたことのある音楽が続く中で、ここぞという箇所では不協和音や急な転調が用いられ、効果的に感じられた。そして、「どこかで聞いた」音楽ですら陳腐ではない。
第1部と第2部の冒頭にシンフォニアがあるほかは、ほぼ独唱のみによって進んでいく。合唱6番、二重唱も33番の1か所ずつで、だからこそ重唱や合唱が強い印象を残した。今回の演奏では、終曲の後に6番の合唱がもう一度歌われた。本来は百人隊長の独唱による46番で終わるもので、儀式としては最後に盛り上がる必要がないのだが、今回は演奏会ということで付け加えられたのであろう。しかし、まったく同じ曲なのに、最初に聞いた時と、最後に聞いた時とではまったく違って聴こえた。最初の時には哀れ・不吉といった文脈の中で我が子を失った母の嘆きを描写しているように聴こえたのだが、最後の時には、こうした出来事を乗り越えた先にある希望のようなものを感じさせた。
受難曲だからといって、ひたすら悲しみや嘆きの音楽が続くわけではなく、明るい曲も差し挟まれる。5人の歌手と4人の器楽奏者だけで、ここまでバラエティに富む音楽が繰り出されることに驚く。全体的に音の数が多いわけではない音楽なので、楽譜に書かれたものをそのまま演奏しても、それほど面白い音楽にはならないのだろうが、彼らはそこから歌詞も含めて音楽の内容を汲み取り、血肉化させて演奏につなげた。それはただ美しい音で演奏するというだけでなく、この作品がもつ根源的な部分を造形してみせたということだろう。
ペルティという作曲家の名前は初めてきいた。佐々木なおみ氏の解説によると、ボローニャのサン・ペトロニオ大聖堂の楽長を60年務めたほか、数々の役職についていたという。いわば地方の名士で数多くの作品を残している。ボローニャの巨匠の作品を演奏するのに本日は望みうる最高のメンバーだったのではないか。登場人物一人ひとりがすべてぴったりであった。
こうした隠れた名作の日本初演に立ち会えたことは限りない喜びであった。
(2026/5/15)


