追悼 藤堂清さん|能登原由美
追悼 藤堂清さん|能登原由美
Text by 能登原由美(Yumi Notohara)
私が『メルキュール・デザール』の同人として加わったのは2016年秋。本誌の創刊からすでに1年余りを経ていた時であった。それから約10年。立ち上げメンバーの一人であり、ウェブ関連全般を担当しておられた藤堂さんとは、当初は直接お会いすることはなく、メール上で事務的なやり取りだけを交わしていた。送られてくるのは常に要件を伝えるだけの、余計な情が入る一分の隙もない短い簡潔な文。「彼は理系だから常に物事を合理的に捉えるのよ」と、当時編集長だった丘山さんから聞かされていたこともあり、またその頃の彼のレビューも曖昧なところの少ないクリアな文章だったこともあり、きびきびと快活で実務的な人間像が私の頭の中にしばらく定着していた。
そのイメージが覆ったのは、その翌年だったか、初めて東京でお会いした時だ。ちょうど同じ公演を見ることがわかり、そのあとで少しお茶でも、ということになった。駅の中にあるカフェのチェーン店で、コーヒーをご一緒した。予想していたのとは全く異なり、物腰が柔らかく穏やかで、周囲の雑踏をよそに静謐さを湛えている人であった。かといって威圧感があるわけではない。ただ、あまりにも口数が少ないために何を話していいのか戸惑ったことを今でも鮮明に覚えている。
とはいえ、そんな見た目の印象は、パソコンの画面越しでのやり取りで感じるものとはやはり異なっていた。さまざまな事務仕事やトラブルが生じた時など、スパリスパリと実に鮮やかに対処していく。時には、あの仏のように優しい表情からは想像がつかないようなシビアな言葉を使うこともあり、こちらに向けられているわけではないのに私自身も思わず身をただしてしまうこともあった。その厳しさ、言い換えれば冷徹な眼差しは、演奏を見るときの目にも繋がっていたように思う。
だが藤堂さんの文章は少しずつ変わっていった。もちろん、私の一方的な見方かもしれない。けれども、いつの頃からか、その温かい人柄が言葉の端々に滲み出るようになった。以前と変わらず飾らない文体でありながらも仄かな温もりがあり、読み手である私は身構えることなくその世界に入っていくことができた。それは、ステージを見なかった人にもその模様を垣間見せるがごとく、優しく開け放たれた窓のようでもあった。オペラなどの舞台公演では、出演者のみならず照明や衣裳など裏で支える全ての人々の名前を記すべきだと早い時期から実践されていたが(今ではそれが当たり前になったが)、そのことにも象徴されるように、音楽を制作する人々への熱い思いも静かに、だが固い信念として伝わってきた。それらはことごとく私自身の自省へと繋がっていった。
批評の自立性、自主性を尊重するために本誌はスポンサーをもたず、メンバー内での話し合いで運営方針を決めている。ゆえにこれまでに何度も存続の危機に直面してきた。その度に藤堂さんは「続けた方が良い」と、小さな声で、だがはっきりと仰ってこられた。体調が悪化してからもずっと細かな作業を請け負ってくださった。音楽を心から愛するがゆえに、それについて書き、伝える場を決して失ってはならないことを、身をもって示してくれたのだと思う。その意思はなんらかの形で受け継がなければならない。
藤堂さん、本当にありがとうございました。今度は私たちが舞台の様子をそちらに伝えますね。
(2026/5/15)
