濱田芳道&アントネッロ 第21回定期公演 モーツァルト レクイエム|大河内文恵
濱田芳道&アントネッロ 第21回定期公演 モーツァルト レクイエム
2026年3月28日 第一生命ホール
2026/3/28 Dai-ichi Seimei Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
撮影:松尾淳一郎
写真提供:アントネッロ合同会社
<出演>
指揮:濱田芳道
声楽・管弦楽:アントネッロ
ソプラノ:金沢貴恵 今野沙知恵 鈴木麻琴 中川詩歩 中山美紀
アルト:高橋幸恵 中嶋俊晴 新田壮人 野間 愛
テノール:川野貴之 小沼俊太郎 田尻 健 中嶋克彦
バス:清水健太郎 牧山 亮 松井永太郎 山本悠尋
フラウト・トラヴェルソ:柴田俊幸
オーボエ:小花恭佳 小野智子
バセット・ホルン:満江菜穂子 戸田竜太郎
ファゴット:長谷川太郎 鈴木 禎
ナチュラルホルン:塚田 聡 五十畑 勉
ナチュラルトランペット:齋藤秀範 金子美保
ティンパニ:井手上 達
トロンボーン:南 絋平 野村美樹 石原左近
ヴァイオリン:天野寿彦 阪永珠水 廣海史帆 大光嘉理人
高岸卓人 長山恵理子 堀内麻貴 瀬下莉瑚
ヴィオラ:伴野 剛 本田梨紗 福田道子
チェロ:武澤秀平 山根風仁
コントラバス:布施砂丘彦
オルガン:谷本嘉基
オルガン調律:楽器店まんまん堂
音響:桑原和男(なごみ研究所)
ステージマネージャー:吉野良祐 喜多村泰尚
主催:アントネッロ合同会社
<プログラム>
W.A. モーツァルト:
アリエッタ《手に口づけ》 K. 541 ★
交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」より 第1楽章
《天の元后》より 〈私たちのために祈ってください〉 ★★
交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」より 第2楽章
モテット《踊れ喜べ幸いなる魂よ》より 〈アレルヤ〉 ★★★
交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」より 第3楽章
オラトリオ《解放されたベトゥーリア》より アリア〈お怒りでしたら、慈悲を下さい〉 ★★★★
交響曲第41番 ハ長調 K. 551「ジュピター」より 第4楽章
~~休憩~~
レクイエム ニ短調 K. 626(ジュスマイヤー補筆版)(1)
I. イントロイトゥス(入祭唱)
II. キリエ
III. セクエンツィア(続唱)
No. 1 怒りの日
No. 2 驚くべきラッパ
No. 3 恐るべき王よ
No. 4 思い起こしてください
No. 5 黙らせるとき
No. 6 ラクリモーサ(涙の日)
IV. オッフェルトリウム(奉献唱)
No. 1 主イエスよ
No. 2 賛美のいけにえを
《ミゼレーレ》イ短調より 第1節「神よ、私を憐れんで下さい」
レクイエム
V. サンクトゥス
VI. ベネディクトゥス
VII. アニュス・デイ
VIII. コムーニオ
★曲のソリスト
★ 松井永太郎
★★ 中川詩歩
★★★ 中山美紀
★★★★ ソロ:中嶋克彦
合唱:鈴木麻琴・中嶋俊晴・田尻健・清水健太郎
アントネッロには毎度驚かされる。彼らの定期演奏会には、普段あまり取り上げられることのない知る人ぞ知るレパートリーと、誰でも知っているレパートリーとがあり、前者はもちろんのこと、後者であっても通り一遍の演奏であることは決してなく、常に新たな地平を切り開いてきた。回を追う毎に高くなるハードルを軽々と超えてしまう。本日もまさにその典型であった。
まずプログラムを見て驚く。事前に演奏曲目が公開されており、レクイエムとジュピターの他にいくつかの声楽曲が挙げられていたが、どう組み込むのか謎だった。シンフォニーの楽章の間に1曲ずつ挟み込むというのは、18世紀の演奏習慣としては珍しくない選択肢だが、まさかそれをやるとは!
コンサートは、ジュピターで旋律が引用されている《手に口づけ》から始まる。恋愛の機微と帝王教育を組み合わせたいかにもアントネッロらしい歌詞内容で、松井が色気たっぷりに歌う。
ジュピターが始まった瞬間、これは知ってるジュピターと違う!と気づいた。トゥッティによる冒頭楽句と弦楽器による柔らかい呼応はふつう、音量の違いと、力強さと柔らかさの対比という形で認識されるが、トゥッティの部分はまるで通奏低音群がいるかのように低音が増強されており、バロックの作品が始まったかと感じるほど。続く弦楽器による柔和な旋律は紛れもなくモーツァルトそのもの。わずか4小節の間にバロックと古典派という異なる様式が詰め込まれているのだ。こんなジュピター、聴いたことがない。
楽句と楽句の間はたっぷりと間をとっているから、その対比がさらに際立つ。ピリオド楽器を使っていることにより、特に木管楽器の音色が聴きなれたものと異なっている。現代の楽器は、同種の楽器はある程度近い音色になっており、オーケストラの楽器をまったく知らない人には聞き分けることが難しいが、この楽器たちは互いに特徴を異にしていて個性的なので、楽器の交代が誰にでもわかりやすい。
楽器の特色に加えて、濱田のフレーズの作り方が独特なこともあり、初めて聞く曲のように感じる。メロディーとバスおよび内声からなる、ホモフォニーのわかりやすい音楽は古典派音楽の典型とされる。だが、この演奏はどこかごちゃごちゃしているのだ。それは上記のような楽器の特色による部分に加えて、旋律と伴奏という枠組みを解体し、スコアのすべての声部を隅から隅まで見直して、ここにもあそこにも聴くべきものはあるよねと提示しているような演奏だった。1楽章が終わると大きな拍手が沸いた。交響曲の楽章間に拍手はしないのが“お約束”だが、この形だと拍手があっても、違和感はない。なるほど。
〈私たちのために祈ってください〉からは差し込み曲が宗教的な楽曲となる。この曲は弦楽器とオルガンのみで、祈りを求める痛切な歌詞と旋律が中川の透明感あふれる声質とぴったり。最後のカデンツ部分では長く引き伸ばされた高音に心打たれた。また、2楽章後の〈アレルヤ〉は中山の独擅場。玉を転がすような音色とアレルヤの歌詞がこれまたぴったりで装飾も映える。
ジュピター3楽章は3拍子の揺らし方の上手さが濱田流。ファゴットとフルートの掛け合いににんまりした聴衆も多かったのではなかろうか。挿入曲の最後はオラトリオ《解放されたベトゥーリア》より第1部第4曲の〈お怒りでしたら、慈悲を下さい〉。15歳のモーツァルトによる作曲だが、荘重な音楽はダ・カーポ・アリアという古めかしい形式をとっていても、晩年を思わせるもので、レクイエムへの時代をつなぐ橋渡しとして機能していた。
今回は舞台上に字幕はなく、演奏中は歌詞を見ないで聴いていたのだが、演奏後に歌詞をみて息を呑んだ。このアリアは4行の詩2つで構成されており、それぞれの後半の2行は合唱によって繰り返される。この合唱は各声部一人ずつの4人で歌われた。声高にいうわけではないけれど、沈黙しているわけではない。そこに強い意志を感じた。
ジュピター第4楽章は木管楽器や金管楽器、ティンパニの響きが、単なる補強ではなく音楽の主要部分なのだということを感じさせた。モーツァルトという作曲家がただ上手なだけの作曲家ではないということがよくわかる。フーガが本格的に始まってからはまさに圧巻。ピリオド楽器とは思えない迫力に圧倒された。
レクイエムは、ありえないくらい遅いテンポで始まった。ギアを一段一段上げるように段階的にテンポがあがっていって、歌が入るところで本来のインテンポになる。もうこの瞬間にレクイエム全体の成功は約束されたも同然であるが、そこからも頻繁な和声の交代や不協和な音のぶつかりが耳に飛び込んでくる。こんな曲だったっけ?
斬新さは、キリエにおいてフーガの出てくるごとにそれぞれの声部がくっきりと立体的に聞こえてくることで、より実感することとなる。セクエンツィアに入り、最初の怒りの日(ディーエス・イーレ)は聖歌隊というより、オペラの合唱隊が歌っているようなオペラ的な要素を感じた。たしかにセクエンツィアの部分は祈りというより、ストーリーが語られる部分であり、劇的な力動性に重きを置くのは理にかなっているのかもしれない。
第3曲の「恐るべき王よ」で劇的頂点に達する。1オクターブの下行と付点をともなう下降音型で始まるこの曲は、悲劇性と最後の祈りが印象的で、コンサートの前半の挿入曲を思い起こさせる。なるほど、前半の構成は後半への予告だったのかと気づく。4人のソリストによる第4曲「思い起こしてください」はオルガンの活躍が耳に残った。本来、ジュピターもレクイエムも通奏低音の指示はなく、オルガンは編成に入ってはいないのだが、オルガンの響きが加わると、宗教性が増してレクイエムらしさが担保される。
テノール・バスによる荒々しさとソプラノとアルトによる天上の響きの対比が素晴らしい第5曲「黙らせるとき」をへて、いよいよラクリモーサ。またもや非常に遅いテンポで始まり、歌の部分でインテンポ。そして、第8小節が終わったところで、長い長い沈黙。ここでモーツァルトが絶筆したことが重くのしかかる。
奉献唱の2曲は再び劇的で、とくに2曲目の「賛美のいけにえを」では、低音のグルーヴ感が際立った。この後、ミゼレーレの第1節が入るのだが、モーツァルトがすべて書いたのではなくなるのが奉献唱以降の部分だということを考えると、このミゼレーレはアントネッロからモーツァルトに捧げられた音楽のようにも思える。オルガンのみによる伴奏で、17人の声がホールの空間を埋め尽くした。
サンクトゥス以降はジュスマイヤーによる補筆の部分である。ベネディクトゥスのホザンナ部分は3拍子のフーガで書かれており、ルネサンス音楽を主たるレパートリーとしてきた濱田の真骨頂である。それはコムーニオの最後のフーガにも如実にあらわれていた。
当時の最先端の音楽家であったモーツァルトが、過去の音楽を自らの血肉として作曲していたことが、演奏からにじみ出ていた。少し前に濱田がこれからはもう少し新しい音楽、たとえばモーツァルトもとりあげたいと述べていたが、中世やルネサンスの音楽を知り尽くした音楽家によるモーツァルトの凄みを実感した今、その意味がわかったような気がした。
なお、今回からパンフレットは有料になった。濱田の「演奏ノート」に加えて、専門家(安田和信)による解説と出演者のコラムなど充実した紙面になっていた。
(2026/4/15)
(1)レクイエムのソリストは以下の通り
イントロイトゥス ソプラノ:鈴木麻琴
驚くべきラッパが ソプラノ:今野沙知恵 アルト:新田壮人 テノール:小沼俊太郎 バス 松井永太郎
思い起こしてください ソプラノ:中山美紀 アルト:中嶋俊晴 テノール:中嶋克彦 バス:清水健太郎
主イエスよ ソプラノ:金沢貴恵 アルト:野間愛 テノール:田尻健 バス;牧山亮
ベネディクトゥス ソプラノ:中山美紀 アルト:高橋幸恵 テノール;中嶋克彦 バス;山本悠尋
アニュス・デイ ソプラノ;今野沙知恵 アルト:新田壮人 テノール:川野貴之 バス:牧山亮
コムーニオ ソプラノ:鈴木麻琴






