東京フィルハーモニー交響楽団 第1028回サントリー定期シリーズ|秋元陽平
東京フィルハーモニー交響楽団 第1028回サントリー定期シリーズ|秋元陽平
Tokyo Philharmonic 1028th subscription concert
サントリーホール 大ホール
Suntory Hall
2026年2月18日
2026/2/18
Reviewed by秋元陽平(Yohei Akimoto)
撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
〈プログラム〉
ウェーバー/歌劇『魔弾の射手』序曲
〈ウェーバー没後200年〉
ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番*
(ソリストアンコール: J.S.バッハ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番 ト短調 BWV1001よりアダージョ)
メンデルスゾーン/交響曲第3番『スコットランド』
〈演奏〉
東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
ヴァイオリン:岡本誠司*
マエストロ・チョン・ミョンフンと演奏するときの東フィルには、劇場にいるときのような臨場感がある。幕が開き、物語が始まる——『魔弾の射手』冒頭の低弦の、引き摺り込まれそうな暗さは、しかし「舞台の闇」なのだ。現実の救いのない底なしの闇ではなく、むしろ情熱的に迫り上がってくるエネルギーのような、ダークな輝き、それがチョンと東フィルの「舞台の闇」だ。マエストロの来歴を全く知らないでドイツ系プログラムの実演に接した知人がオペラを感じる、と言っていたが、宜なるかな。確かにヴェルディのオペラにも、この「舞台の闇」の逆説的な華々しさがある。
『魔弾の射手』では、オペラ序曲に特有のいくつもの異なる性格のモチーフ同士が切れ味の良い転換の連続で舞台に上げられてゆく。タクトでオーケストラを煽るというよりは、むしろはじめに深い集中をもたらし、要所要所で切断的に切り替えていくような緊張感に満ちたスタイルだ。またトゥッティでは、容易な減衰を許さない深みをオーケストラに与える。この音色の深さを聴くと東フィルのオペラ座オーケストラとしてのポテンシャルに感じ入る限りだが、他方で、おそらく時間感覚について、チョンは今よりもなおいっそう高い水準を要求しているように感じられる。特に指揮者がオーケストラに任せるようなゆったりした場面において、アインザッツにわずかな隙が生じることがしばしばある。これはいかにも惜しい。逆に言うと、もはやそんなわずかなことが気になるほどに緊密な音楽がせまってくるのだ。
ブルッフを身を乗り出して聴いたのははじめてだ。
正直に書くが、これまでは、この有名なヴァイオリン協奏曲には、美しい歌心はあるものの、ドイツ・ロマンのさまざまな側面のうち、いかにも垢抜けない、ひなびた部分が強く出ているという感があり、さほどそそられたことがなかった。ところが、岡本誠司の演奏はその印象を塗り替える。牧人の格好をしているが身は宮廷人の身のこなし、といった具合に、都会的でシャープな音楽を描き出していく。重音の連続も歯切れ良く、作曲家の分厚い塗りの上に、あらためてメランコリックな彩色を細かく施していくような演奏だ。良い演奏はこうして、作品への偏見を取り払い、新たな出会いへと導いてくれる。
そして何より『スコットランド』こそ、チョン・ミョンフンにふさわしい演目だと感じさせられた。メンデルスゾーンの緻密な大伽藍は、指揮者の均整のとれた解釈があってこそ輝くのだし、他方で冒頭のテーマからしてドラマティックな語り口も、本物の気鬱というよりは、「劇場の闇」にちょうど良い深さでなくてはならない。近代ヨーロッパにおけるスコットランド幻想、とくにマクファーソンがいわば捏造したオシアンの詩は、ゲーテ、シャトーブリアンからスタール夫人まで、19世紀初頭の文学を、この本当に深刻というよりはむしろ、物思わしげで耽美的なメランコリーで大いに染め上げた。
メンデルスゾーンの廃墟の美学もまた、端正きわまりない憂い顔なのだから、チョン・ミョンフンの演劇的ダンディズムが冴え渡るわけである。ここでも東フィルは、とくに第二楽章のような激しい応酬で指揮者の介入がある場面でより生き生きとしたアンサンブルを展開している。クラリネットを始め、この交響曲は美しいオブリガートに事欠かないのだがそれらもソリストたちが快演し、ラストの分厚いコラールまで、東フィルはメンデルスゾーンのロマンティシズムに深く共鳴していたといえる。しかし改めて何がすごいといえば、まずメンデルスゾーンその人がすごい、と思い知らされる。この情感性と構築性の完全な均衡、大天才というほかない。
(2026/3/15)

