「聴く」ことを、耳から引き剝がす|内野 儀
シアターコモンズ東京‘26
『トランス・ソニック・メディテーション』
Theatre Commons Tokyo ‘26
“Trans Sonic Meditations”
2026年3月7日・8日 SHIBAURA HOUSE 5F
2026/3/7, 3/8 SHIBAURA HOUSE 5F
Reviewed by 内野 儀 (Tadashi Uchino)
Photos by 山口雄太郎 (Yutaro Yamaguchi), Courtesy: シアターコモンズ実行委員会(Theater Commons Tokyo)
作:樅山智子
サイン・ミュージック・ドラマトゥルク:Sasa-Marie
不透明性のアンサンブル*(天羽絵莉子、岩中可南子、岡島珠実、加藤裕子、ジャンジ a.k.a. Madame Bonjour JohnJ、瀬戸口裕子、樅山智子、Kuniy、Sasa-Marie、Yumiko Mary KAWAI)および観客のみなさま
*出演するアンサンブルのメンバーは公演によって異なります
アメリカの作曲家ポーリン・オリヴェロス(1932-2016)が1970年代初頭に発表した『ソニック・メディテーション(Sonic Meditations)』は、20世紀後半の実験音楽において、「聴くこと」の制度そのものを静かに組み替えた実践のひとつと考えられている。スコアと呼ばれる言葉=テクストがあり、必ずしも音楽を伴わないかたちで、パフォーマンスが組み立てられたからである。
そこでは演奏技能や完成された作品概念よりも、複数の身体が場を共有し、聴取そのものを出来事として経験することが優先される。呼吸、注意、持続、共在――そうしたものが音楽の条件として前景化されるという意味で、それは規範的な音楽実践を逸脱するパフォーマンスでもあった。
しかし、そのラディカルさにもかかわらず、『ソニック・メディテーション』にはなお暗黙の前提が残る。すなわち、「聴くこと」や「発声すること」へのアクセスを、どこかで自明のものとして扱っている点である。シアターコモンズ東京’26で上演された樅山智子×Sasa-Marie『トランス・ソニック・メディテーション』の重要さは、まさにこの前提に批判的に注目したところにある。しかもそれは、外部から後付けで批評されたのではない。上演の途中で、樅山自身がその限界にかなり明確に言及したのである。つまりこの作品は、オリヴェロスへのオマージュではなく、オリヴェロスを通過し、その同時代的問題性を上演の内部で露呈させもするのだ。 
このことは、上演前半に置かれた樅山自身の解説によって、かなりはっきり示されていた。そこでは、オリヴェロスのスコア=テクスト成立の経緯や、第二波フェミニズム、レズビアンとしてのカムアウトを含むその歴史的位置づけが語られる一方で、その実践がなお特権的な白人女性の身体や聴取経験を暗黙に前提としていることにも批判的に触れられていた。さらに、オリヴェロスのスコアが、実際には「聴者中心主義的」であること、それゆえに「耳に限らない聴くこと」を追究する必要があることも、樅山
自身の言葉で観客に共有される。つまりここでは、オリヴェロスは起源として讃えられるのではなく、そのラディカルさと限界をともに引き受けるべき先行項として位置づけられていたのである。
この位置づけにおいて、樅山の出自は決定的である。作曲家であると同時に通訳者でもある樅山は、その「通訳」という仕事を、単なる裏方としてではなく、批評的な実践として作品化する。つまり、意味を滑らかに受け渡す媒介者ではなく、媒介そのものの不安定さと政治性を分節化する存在としてここに立つのである。そのことが、聾詩人/サイン・ミュージシャンのSasa-Marieとの協働によってi、今回はいっそう際立つことになった。ここでは翻訳は、既存の意味を運ぶ技術ではなく、意味が成立する前の揺れやズレを引き受ける行為として現れるのである。
本作はまた、シアターコモンズ東京’26の枠組みにおいても明確な位置を占めていた。今回のシアターコモンズは、「翻訳」と「コモンズ」を主題とし、演劇を都市における共有的な場の生成として再考しようとしていた。また本作は、Art Translators Collective(ATC)による翻訳を主題化した企画群の一部としても置かれていた。そこでは翻訳や通訳は、言葉の置き換えではなく、異なる身体や感覚制度のあいだに身を置く行為として捉え返されている。したがって『トランス・ソニック・メディテーション』もまた、聾/聴のコミュニケーションの提示にとどまらず、翻訳という行為そのものを身体と空間の出来事として再構成する試みとして理解されるべきだろう。
その構造は、会場であるSHIBAURA HOUSE 5Fの空間にも明確に現れていた。そこには客席がない。観客は床に車座に座り、舞台と客席の区別は最初から曖昧である。観客は「見る者」としての安全地帯を持たず、上演の進行とともに少しずつその内部へ引き入れられていく。当日配布資料でも出演者は「不透明性のアンサンブル」と「観客のみなさま」とされ、しかも上演回ごとに出演構成は異なっていた。
実際、上演は「今の気持ち」をめぐるやりとりから始まり、その後しばらく「声のない時間」が続く。観客は一人のパフォーマーの指示に「何となく」従い、さらに肩に触れる、驚いた顔をする、両手を差し出す、怒った顔をつくる、重い物を渡すふりをするといった、細かなジェスチャーの連鎖に巻き込まれていく。別のパフォーマーによって、それはより大きな身ぶりへと変えられる。つまり導入部で起きているのは、「参加」そのものではなく、他者の身ぶりに身体を合わせるための調律である。観客は自己表現する主体としてではなく、まず見ること、触れること、真似ること、遅れて反応することを通じて、場の一部になっていく。
その後に続く三人の聾者による詩的パフォーマンスは、この作品の最初の強い結節点である。照明が入り、豊かな身ぶりが前景化され、そこに手話通訳者の発語が重なっていく。「私は手を見つめる……手の中に宇宙が生まれる」といったフレーズが、三人の手話と通訳の声によって、カノンあるいはフーガのように少しずつずれながら展開していく。ここで印象的なのは、手話が「意味を伝える言語」としてよりも、まず時間をずらし、空間を編成し、呼吸のテンポを可視化する運動として現れていたことだ。そこでは全員が同じ理解に到達することは目指されず、むしろ遅延、重なり、ずれがそのまま作品の構造になっていたからである。
この非同期性は、聾者と聴者のあいだの非対称性を隠さないための形式でもある。そのことは、樅山の解説の後に続くSasa-Marie自身の「発話=解説」によって、さらに明確になる。Sasa-Marieは自らを「聾者です」と紹介し、オリヴェロスの文章が日本語に翻訳されていても、そこに書かれている「声」「音を聞く」「呼吸を聞く」といった指示は、なお聴者用のものだと語る。そのうえで、その意図を自身の文脈と照合しつつ探り、手話に「翻訳」したのだと言う。翻訳とは理念ではなく、届かない指示をいかに別の身体に届くかたちへ変換するかという作業であることが、ここではごく率直に示されていたのである。
続いて行われる準備(作:ジャンジ a.k.a. Madame Bonjour JohnJ「光信もしくは交信のための準備体操」)とグループごとのコミュニケーション実践(「調和領域の光信もしくは交信(聾者のための)」、「調和領域の光信もしくは交信(聴者のための)」は、この作品が観客参加型であることの意味を、より具体的にする。深呼吸、石になる、息を地面に返すといった準備のあと、観客は三つほどのグループに分かれ、手振り、足の動き、伝言ゲームのようなやりとり、肩を組む、そこにはない物を受け渡すといった、きわめて初歩的な交信の練習へ入っていく。重要なのは、ここで作られるのが「わかりあえた感動」ではないことである。むしろ、通じたり通じなかったりすること、意図がずれたまま身体だけが連鎖していくこと、その不確かさそのものが、この作品の時間を形づくっていた。
後半で、聾者のパフォーマーが中心になり、観客がやや引いた位置に置かれる場面が訪れると、ここまで曖昧だった観客と演者の境界は、いったん逆説的に可視化される。つまりこの作品は、最初から最後まで「みんな一緒」を維持するのではなく、どこで境界が曖昧になり、どこで境界が再び立ち現れるのかを細かく操作している。その点で、この上演は単なる共同性の演出ではなく、共同性の条件そのものを試してもいたのである。
もっとも印象的なのは、終盤でカーテンがすべて閉められ、空間が闇に近づく場面である。床には光の束が一本走り、その境界の上をパフォーマーがゆっくりと歩く。中央奥の手話通訳者、光の線の上を進む身体、そしてそのなかで朗読される「通訳者の存在のうつくしい消え方」は、今回の上演ではテクストとして強調されていたというより、むしろ空間の構図そのものとして経験された。
さらに、照明がSasa-Marieの手にだけ強く当たる場面。そこでは、Sasa-Marie自身による上演のためのスコア「ことばになるまえを思い出す」が演じられる。手話のようでもあり、純粋な身ぶりのようでもあるその動きのあいだに、「不明瞭」「不可解」「不可視」「不文律」など、「不」の音を反復するような声が差し挟まれていく。そこに、複数の聴者のパフォーマーも加わる。
聴者は、手話を熟知した手話通訳のみとする。/最初のセンテンスの終わりを確認し、呼吸を整える。/聾者の同じ呼吸が繰り返されたとき、/聴者は息を放ちはじめる。/息が声に変わる過程を保持する。
聾者の手がことばの形を取ったとき、聴者は発声する。/この往復を繰り返す。/やがて聴者は聾者のもとへ歩く。/聾者が自己発見の ことばを発したとき、/聴者は呼吸を直接受け取る。/全員が「無音/静か」の手話を行う。動きが連続し、一本の線を形成する。
(「上演のためのスコア」)
こうして、この一連の場面では、意味よりもむしろ、見えるもの/見えないもの、伝わるもの/伝わらないもののあいだを揺れ続ける感覚そのものが前景化されるのである。
そのあとカーテンが開き(「カーテンを開く。光を入れる。」)、夜のSHIBAURA HOUSEの窓の向こうにビル街の光が見えると、空間の位相は大きく変わる。パフォーマーたちは白いフェルトペンで窓ガラスに聾者による音楽の表し方としての一つのかたちである手符を描き始め、タンバリン、サクソフォン、ヴァイオリンの音が加わる。さらに観客には色紙が配られ、紙飛行機を折って飛ばすことが促される。だがここでも、雰囲気は「和やか」ではなく、むしろどこか厳粛で、不協和音を含んだままである。観客は全員立ち上がり、紙飛行機を手に空間を歩き回るが、それは解放感の演出というより、伝達が宙づりのまま漂い続ける場の生成に近い。最後に照明が明るくなり、全員が手話の拍手で終演を迎えるとき、ようやくこの作品が目指していたのが、理解でも融和でもなく、共に在ることの不確かさを引き受けるための時間だったことが見えてくる。
本作の批評性は、聾文化や手話を、聴者のための理解や感動へ回収しなかった点にある。今日の舞台芸術において、アクセシビリティや多様性はしばしば制度的な正しさとして提示されるが、それは容易に自己満足へと変質する。本作がそこに回収されなかったのは、「わからないまま受け取る」状態を観客に経験させる構造を持っていたからである。当日配布資料でも第三部は「わからないまま受け取る」と名づけられていたが、重要なのは、そのフレーズそのものよりも、むしろ上演全体がその状態を観客に経験させていたことなのだ。
観客は最後まで完全には理解しない。しかし、そのわからなさのなかで、自らの身体が他者の振動に巻き込まれ、ずらされていくことは確かに経験される。そこで「聴く」とは、耳で音を受け取ることではなく、他者によって感覚の制度を揺るがされることを引き受ける行為へと変わる。
『トランス・ソニック・メディテーション』が示していたのは、「聾者」と「聴者」をつなぐ完成された橋ではない。むしろそれは、橋が未完成のまま揺れ続ける場所に留まり続ける実践である。そこで「ソニック」とは、音響ではなく、身体と身体のあいだを通過する関係の震えそのものを指していたのだ。 
(註)
i. 近年、「ろう者」「ろう」と表記することが社会通念上「一般的」とされているが、本作品の参加者には、「聾者のアイデンティティの表象として敢えて漢字で表記」する意図があるので(樅山とSasa-Marieとの応答による)、本稿では漢字表記を採用する。



