2月の3公演短評|齋藤俊夫
2月の3公演短評
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
♪オペラシアターこんにゃく座公演 『歌え!比羅夫丸』
♪音の始源(はじまり)を求めて 生誕90周年記念 石井眞木 電子音と伝統との往還から生まれる響き
♪ヴォクスマーナ第55回定期演奏会 伊左治直アンコールピース全曲集II
♪オペラシアターこんにゃく座公演 『歌え!比羅夫丸』→曲目・演奏
2026年2月8日 吉祥寺シアター
青函連絡船を登場人物たちとして、変わっていく時代、変わっていく日本社会の中で変わらないものとして歌い継がれていく『Auld Lang Syne』≒『蛍の光』を持続音に、明治末期から大正、アジア・太平洋戦争、そして……と船(=人間)の生きる喜びと哀しみを歌い上げた快作オペラと観た。
しかし、特に筆者の心に残ったのは、大戦でスクラップ・アンド・ビルドされて連絡船から軍艦「金剛丸」へと改装されてしまった主人公「比羅夫丸」が敵に砲塔を向けても撃てないというシーンである。
我が国日本で敵地攻撃能力を持ったミサイルを配備することに対して、筆者が購読している東京新聞が、筆者の意を得たりという単語を用いてそれを批判していた。そこではミサイルの配備は国民の「殺さない権利」の侵害である、と書かれていたのである。
「殺す権利」の対義語として「殺されない権利」を提示すると、「殺されないために殺す権利」が理屈では成立しかねない。だが「殺す権利」に対して「殺さない権利」を提示すると、そのような循環論法は生じない。この「殺さない権利」こそ、先の大戦で我が国が負け得た《平和国家》としての《反戦》《人間として生きる権利》の思想・哲学ではないか。
今日の新聞にも殺傷能力を有する武器の輸出拡大を与党が推し進めるとの先軍政治の進行が報じられている。今こそ我々は「殺さない権利」を勇気を持って振りかざすべきではないだろうか? そんなことに今回思いを馳せた。
沖まどかの活き活きとした演技・歌唱は健在。彼女の声・歌を聴くだに筆者はワクワクしてしまう。金村慎太郎の荒々しい風情も元軍艦たる蛟龍丸にピッタリ。榊原紀保子のピアノも美しく、さらにピアノ一台でオペラ全ての器楽を構築した信長貴富の作曲技量の冴えも特筆すべきだろう。
♪音の始源(はじまり)を求めて 生誕90周年記念 石井眞木 電子音と伝統との往還から生まれる響き→曲目・演奏
2026年2月15日 Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL
時間芸術たる音楽作品の数理学的構造をセリエリズムのような客観的論理に頼ることなく、直感的に構築する――例えば石井眞木の師・伊福部昭のように――その天賦の才能を持った存在としての石井だからこその、電子的に整えられた構造内での静寂と乱打轟音が際立って聴こえてきた(*)。
静寂という点では《枯れかじけて寒し》という侘び寂びの美を音楽化したような『アニメアマーレ』のハープと、それに遠景・近景で絡み合う電子音の絶妙な風情が忘れられない。乱打轟音という点では『響応』『螺旋I』内の耳を聾する響きも捨てがたいが、何より『旋転』での會田瑞樹による打楽器生演奏と電子音響の合奏が一頭抜きん出ていた。様々な打楽器の音が実に《石井眞木ならでは》の数理学的構造によって形をなして現れては電子音と合わさる、これに興奮しない人間がいようか?
伊福部楽派の中でも一種異質な存在たる石井の持ち味を存分に味わえる得難い機会となった。これからもこのシリーズ企画に期待したい。
(*)ただし石井眞木も初期作品群(あるいは今回演奏された作品も含まれる)ではセリーを用いて作曲していたことは注記しておきたい。このセリーの援用もまた石井を伊福部楽派内の異質な存在たらしめている要因である。
♪ヴォクスマーナ第55回定期演奏会 伊左治直アンコールピース全曲集II→曲目・演奏
2026年2月17日 豊洲シビックセンターホール
7時開演、20分間の休憩を挟んで9時半終演というちょっとしたオペラ並みの長丁場、ほとんど長調だけの無伴奏混声合唱曲が歌われ続けるというなかなかに無い本演奏会で、筆者は長調の音楽に《切なさ》を付加する《メゾフォルテの音楽的情緒》といったものを感じ取った。
楽譜上はどうなっているのかはわからないが、西川竜太の采配(それにしても今回の運動量の大きさはなんというものであったろうか!)による歌声は少なくとも筆者の耳にはフォルテ未満、メゾフォルテを限度とする音量で歌われているように感じた。その音量によって、ガルシア・ロルカ、新美桂子、小沼純一、寺山修司らの歌詞がこちらに《ぶつからない》で《触れてくる》。そしてそのことにより歌声に絶妙の《切なさ》が生まれる。例外的だったのはSNSなどでの昔の悪書追放運動のような異常な道徳的監視社会へのプロテストとして描いたと作曲者自身が語る『夜の楽語集』のエロティックな歌声、池辺晋一郎作詞によるひたすら駄洒落が連ねられた『ノルディック・ジョーク』の一笑を誘う歌声であり、この2作ではフォルテシモの音量が現れていた。
この《切ない》歌声の《リリシズム》こそ、伊左治の調性(さらに言えば長調)音楽を格別の音楽としているものであり、またそれをものするヴォクスマーナ・西川竜太の歌唱の卓越性を証すものであろう。極上の少女漫画を読み切ったかのような満足感に浸って家路についた。
♪オペラシアターこんにゃく座公演 『歌え!比羅夫丸』
<スタッフ>
台本:畑澤聖悟
作曲:信長貴富
演出:眞鍋卓嗣
美術:伊藤雅子
衣裳:富永美夏
照明:田中祐太
振付:白神ももこ
映像:須藤崇規
ドラマターグ:工藤千夏
舞台監督:八木清市
音楽監督:萩京子
宣伝美術 画:尾崎仁美、デザイン:片山中藏
<キャスト>
(2月8日青森組)
比羅夫丸 ほか:沖まどか
田村丸 ほか:入江茉奈
女神 ほか:齊藤路都
車運丸 ほか:鈴木裕加
翔鳳丸 ほか:佐藤敏之
蛟龍丸 ほか:金村慎太郎
会下山丸 ほか:中村響
弘済丸 ほか:島田大翼
ピアノ:榊原紀保子
♪音の始源(はじまり)を求めて 生誕90周年記念 石井眞木 電子音と伝統との往還から生まれる響き
<スタッフ>
サウンドスーパービジョン 大石 満
サウンドディレクション 日永田 広
サウンドエンジニア 磯部英彬
サポートスタッフ べんいせい
主催:大阪芸術大学音楽工学 OB有志の会
協力:株式会社スリーシェルズ
助成:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団
<曲目・演奏>
(全て石井眞木作曲)
『旋転』(電子音響と打楽器録音による)(1971)
『波紋』(1965)
『響応』(1968)
『螺旋I』(1969)
『アニメアマーレ』(1974)
『旋転』(電子音響と會田瑞樹の打楽器生演奏による)(1971)
♪ヴォクスマーナ第55回定期演奏会 伊左治直アンコールピース全曲集II
<演奏>
混声合唱:ヴォクスマーナ
指揮:西川竜太
<曲目>
全曲伊左治直(b.1968)作曲
『Lluvia 雨』(2006) 詩:ガルシア・ロルカ
『ぼくの少女は海へ行った』(2019) 詩:ガルシア・ロルカ 訳:伊左治直
『夢のための銘文』(2018) 詩:アンリ・ルソー 訳:伊左治直
『二つの日記』(2018) 詩:鈴木淳子
『彩色宇宙』(2019) 詩:新美桂子
『面影のほとりに』(2020) 詩:新美桂子
『告別』(2020) 詩:宮澤賢治
『夜の楽語集』(2021) 詩:新美桂子
『島の木』(2021) 詩:中込健太
『神秘のマリモ』(2022) 詩:新美桂子
『世界への睦言―湯浅譲二に』(2022) 詩:谷川俊太郎
『いしさがす』(2023) 詩:小沼純一
『ノルディック・ジョーク』(2023) 詩:池辺晋一郎(補作:新美桂子)
『あさのうた』(2024) 詩:小沼純一
『一ばんみじかい抒情詩 そして、てがみ』(2025) 詩:寺山修司
『優雅な犯罪』(2025) 詩:中井英夫
『五月の詩・序詞』(アンコールピース30委嘱新作・初演) 詩:寺山修司
(2026/3/15)

